レニングラード包囲戦 クライマー秘話

第二次世界大戦、ソ連に侵攻したドイツ軍は約900日にわたりレニングラード(現・サンクトペテルブルグ)を包囲。

いわゆるレニングラード攻防戦において、重要な役割を果たした登山家達のエピソードが公開されました。

«Невидимый» Ленинград: как подвиг альпинистов помог спасти город от фашистов by Tvzvezda 2019.5.7

以下引用開始

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「見えない」レニングラード:登山家達がナチスから街を救った偉業

リナ・ダヴィドワ、タチアナ・パヴリコワ

 包囲戦の初日、ドイツ軍はレニングラードに6,000発の焼夷弾を投下した。信じられないほど正確に、密集地帯が爆撃された。その原因は、レニングラードの黄金の支配者-尖塔、ドームが敵の目標物として役立っていたのだ。登山家達は、それらを隠すように命令された。

P1_20200315230701©写真:Russian Look、Globallokopress、alpklubspb.ru

 1942年8月、有名なエーデルワイス山岳部隊(訳者注:ナチスドイツの山岳兵部隊)の兵士たちは、重大な目標であるバクー油田に接近しました。山岳部隊はエルブルス山脈の西にある最も重要な峠に迫り、アブハジアとグルジア(現・ジョージア)占領に理想的な位置にあった。このままでは、ヒトラー率いるナチスドイツ軍はバクー油田攻撃を開始することになる。

 ソ連にとってバクー油田を失うことは、敗戦を意味する。1942年8月、党本部は中央コーカサス山脈の峠を解放するために山岳狙撃部隊を編成し始めました。彼らは、各地から名狙撃手である登山家達を集めなければなりませんでした。伝説的な軍人・登山家であるミハイル・ボブロフが特別な役割を果たしました。

 1937年、15歳のミハイル・ボブロフはスキー回転競技少年の部において、レニングラード選手権を獲得した。1940年には青少年大会で同じタイトルを獲得。このため彼は、登山キャンプ参加の資格を得て、初めてエルブルス地方を訪れ、山に恋をした。
 彼は登山訓練を受け、インストラクターとして短期間働いた。両親は息子の山に対する情熱を真剣には受け止めず、工場で機械工として就職すべきだと主張していた。1941年6月に戦争が勃発、ミハイルと彼の同僚は保留されていたが、ボランティアとしてとにかく最前線に行くことを志願した。

 1941年7月1日、特殊部隊を募集していた将校の前で、ボブロフは近所の知人から学んでいたドイツ語、体力と知識を示し、2日後には若いアスリートはオフタ川の中心部に到着、破壊工作員として訓練が始まった。

 (中略)

 ボブロフと彼の仲間はドイツ軍の道を忍び寄り、国境に向かって移動した。そこにはレニングラード支援者によって作られた要塞があった。若いミハイルはドイツ軍の動きを監視し、情報を軍に送信した。より経験豊富な破壊工作員がドイツ軍にゲリラ戦を仕掛けた。ある夜、ミハイルは機関銃の音で目が覚めた。ドイツ軍は要塞に侵入し、検問を突破していたのだ。銃撃戦が始まった。113人の兵士のうち、生き残ったのは10人ほどだった。彼らは東へ行き、ノヴゴロドを通ってレニングラードに戻った。

 大規模な敗退の後、指揮官は数人の小グループで敵の最前線後方に破壊工作員を送り込み始めた。ボブロフも数回にわたり最前線を越えた。ある日、彼の部隊が作戦から戻ってきた。ソ連軍の陣地に帰着すると、兵士たちは安堵のため息をついた。しかし突然、彼らは砲撃を受け始めた。軍と特殊部隊との連携不足が原因だった。ボブロフはミハイロフスキー城で目を覚ました。戦争中は野戦病院になっていたのである。

 ある日、登山家のアロイス・ゼンバが騒々しく部屋に入ってきた。ゼンバはいわく、「国家記念物保護監督官が、国家機密の任務のために登山家を集めている」

 1941年8月30日、第18国防軍が侵攻、レニングラードと全国各地を結ぶ最後の鉄道線を切断した。9月8日、敵はシュリッセリブルク市を占領し、レニングラードとの通信が途絶した。この日から、北部の首都の包囲戦が始まる。

 包囲戦初日、ドイツ軍はレニングラードに6000発の焼夷弾を投下した。ドイツ空軍機は極めて高い精度で都市機能部を爆撃した。やがて情報がもたらされた。レニングラードの黄金の支配者が敵軍のガイドとして役立ったのだ。光きらめく尖塔、ドームが、敵の大砲にとっては優れた「案内者」だった。

P2_20200315230901©alpklubspb.ru


 それらはすぐに隠されなければならなかった。登山家達が集められました。オルガ・フィルソワ、アリア・プリゴジェバ、アロイス・ゼンバ、ミハイル・ボブロフ。

 登山家が聖イサアク大聖堂に登ることは難しいことではなかった。10日以内に灰色のドームと大聖堂の鐘楼がレニングラードの空から「消失」した。海軍本部がある黄金の尖塔は、覆い隠すことが非常に困難であることが判明した。彼らは重さ0.5トンの巨大なキャンバスカバーを縫い付けた。しかし、構造物にフックを用いることなく、上部に固定することはそれほど簡単ではなかった。アロイスは戦闘で腕を負傷しており、ミハイルはひどい脳震盪からまだ回復しきっていなかった。オルガ・フィルソワが解決策を見つけた。防空気球(訳者注:低空飛行の敵機を防ぐための飛行船・風船)の使用を提案したのだ。

P3_20200315230901©alpklubspb.ru

 気球のキャンバス地と共にオルガ達も上へと持ち上げられた。彼女たちはキャンバスの全ての合わせ目を縫い合わせる必要があった。彼女が作業を始めるとすぐ、ドイツの戦闘機が雲の後ろから飛び出し、尖塔に機銃掃射を浴びせた。弾丸はオルガの隣の布地を貫いた。しかし彼女たちは作業を終わらせた。海軍本部の尖塔はレニングラードの空と同化し、ドイツ軍はランドマークを失った。1941年10月中旬まで、彼らはミハイロフスキー城の尖塔でも同様の作業を行った。

 登山家達がペトル・パウェル大聖堂の偽装作業を始めた頃、寒さが到来した。気温は下がり強風のため、ミハイルは7回ほど登っただけだった。寒い時期には偽装用の油絵の具がうまく付着せず、凍りついて層状に落ちるため、何層も塗り直さなければならなかった。

P4_20200315231001©alpklubspb.ru

 3月までにペトル・パウェル大聖堂の尖塔とドームの偽装作業が完了した。主なランドマークは敵にとって失われた。爆撃は少なくなり、それほど狙われなくなった。市内にはまだ目立つ構造物が残っていたが、登山家達は力尽きていた。1941年11月、ミハイロフスキー城の尖塔に16時間連続してぶら下がっていたアレクサンダー・プリゴジェフは、腎臓を損傷した。オルガ・フィルソワとアロイズ・ゼンバは壊血病に苦しんでいた。ミハイル・ボブロフは受けた負傷がほとんど回復しなかった(1942年2月に母親は餓死、父親は少し遅れて死去)。そして作業は中断された。登山家達は夏までに、ミハイル・ボブロフとオルガ・フィルソワの2人だけが生き残っていた。ミハイルは工場に戻り、海軍の大砲のメンテナンスに着任した。

 (中略)

 戦後、ボブロフは軍事文化研究所を卒業し、指導を始めました。1982年以降、ボブロフはレンフィルム映画スタジオでスタントコンサルタントとして働き、1994年からサンクトペテルブルク人道大学労働組合(大学)の体育学部で教鞭をとり、彼の生涯を通じてエルブルスに10回登り、78歳で北極を訪れました。そのためギネス記録に掲載された彼は、2018年8月に95歳で亡くなりました。

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以上引用おわり

 ナチスドイツによるレニングラード包囲は完全に物資を断つ非人道的なもので、同都市内ではカニバリズムが横行するほどに悲惨な状況になっていました。

 後半(中略)としている箇所には、そんな凄惨な包囲戦を生き抜いたミハイル・ボブロフが登山の師と偶然モスクワで出会い、再び山岳部隊の士官としてコーカサス戦線に従軍、ナチスドイツを撃退するまでが記載されています。

 ロシアのクライミングサイトや登山関係サイトでは、ごく普通に大祖国戦争(第二次大戦の独ソ戦を指す)や退役軍人クライミングコンペなどの話題が出てきます。祖国防衛の英雄として。

 かたや太平洋戦争当時、日本軍に協力したとされる山岳関係者や文化人は「戦後は沈黙を守った」と日本勤労者山岳連盟関係者らによっていいように糾弾されていますが、同じ軍関係者としての勝者と敗者の違いをまざまざと感じさせられます。

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デニス・ウルブコ、コロナ予防法を語る

既にコロナウイルスによる死者が1000人を超え、医療崩壊が始まっているイタリア。

そのイタリア在住のデニス・ウルブコが「コロナウイルス予防法」を動画で公開。

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Denis Urubko : mangiate cipolla per difendervi dal Coronavirus by Monte Live 2020.3.13

デニス・ウルブコいわく、「玉ねぎを生食するとコロナウイルス予防になる」そうです・・・・・・・・

いや、日本ではコロナウイルスには花崗(途中省略)

ウルブコのFacebookには「デマ広めないで ! 」「あなたは登山家であって医師ではない! メスナーみたいにならないで!」ときちんと常識的なコメントが寄せられてますです。

イタリアの感染事情は深刻で、腎臓移植をしたばかりのクライマーを案じる記事が届いたばかり。

頼むから体調異変があったら病院行ってくれ、デニス・ウルブコ。

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キムちゃんに叱られる

今こそすべての日本国民に問います。

キム・ジャインちゃんの飼い犬の名前は、『 独 島 ( ド ク ト ) 』でした。

與 영입5호 소방관은 유명 몸짱커플···암벽여제 김자인이 부인  by 中央日報2020.1.7

以下引用開始

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 キムさんは最近インスタグラムで、政界に一歩を踏み出す夫を静かに応援する動きを見せた。夫妻は先月初め、捨て犬の里親になり「独島」と名付けて世話をしている。動物福祉を公約に掲げたムン・ジェイン大統領が捨て犬の子犬を青瓦台の「ファーストドッグ」に採用したことにならった。

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 というわけで、今、韓国の政党は来年の総選挙に向け、与野党ともに新たな人材を募っており、それが連日にわたり韓国メディアの話題になっています。

 韓国の各政党が目を付けているのは、先の「チョ・グク疑惑」で揺れに揺れている20~30代の票の行方。

 韓国与党「共に民主党」は5人目のリクルート人材として、キム・ジャインの旦那様、オ・ヨンファン氏を将来の議員候補として入党させました。

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入党記者会見での様子。左からイ・ヘチャン「共に民主党」代表、オ・ヨンファン、キム・ジャイン夫妻

 キム・ジャインの旦那様オ・ヨンファン氏、2010年から消防士(航空救難隊)として勤務、出動回数は9年間で2000回以上の出動をこなし、退職後は「防災伝道師」として広報活動を行い、著書「ある消防士の祈り」を出版するなど、防災に尽力してきた人物。

 今回の政界進出に関してキム・ジャインは、次のように支持しています。

『最近まで消防現場を仕事場としてきた夫の突然の政治家転進に、キム選手はどんな反応を見せたのだろうか。 オさんは記者会見で「勧誘について妻に意見を尋ねるとすぐ、昨年独島(ドクト)消防救助ヘリ墜落事故で出動した時のような返事が返ってきました」と答えた。 当時事故現場捜索のために出かける夫を「行かないで」と止める代わりに声援を送ったキム選手は今回も「世の中で必要と考えることに最善を尽くすことを支持して応援します」と信頼を見せた。』 by 韓国日報2020.1.7

 さて、日本でタレント議員や○○チルドレン議員の失言が話題になりましたが、オ・ヨンファン氏も早速記者会見で「チョ・グク疑惑」について記者に質問され、チョ・グク前法相の子供の進学疑惑に関して

「 当 時 の 親 の 慣 行 」

と擁護発言したことが韓国メディア、ネット上で大炎上。野党からは「共に民主党の人材は人災だ」と揶揄されてしまいました。

 ただし、オ・ヨンファン氏は「生涯を消防士の仕事に捧げたかったが、現役時代に感じた法制度と現実との乖離の解消、国民の生命と安全に関する必要な法制度、予算を成立させる必要があると考えていた」と真剣な姿勢を見せています。

 それはさておき、昨秋は五輪クライミング競技出場権獲得に伴う悩み・戸惑いをモノローグとして韓国メディアに吐露していたキム・ジャインちゃん、旦那の政界入りのドタバタに負けないでファイテン~!

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人生いろいろ

【アレックス・オノルド、婚約決める】

映画『フリーソロ』で時の人となったアレックス・オノルド。

 既にSNSでご承知のクライマーも多いと思われますが、12月26日、かねてより交際中のサンニ・マッカンドレス(Sanni McCandless )との婚約を公表しました。

 某日本テレビのバラエティ番組では「僕、もてないんですよね・・・」と草食系男子として報じられていたアレックス・オノルド、おめでとうございます!

Alex Honnold si sposa, Sanni ha detto si !  by Montagna.tv 2019.12.27

San

Sanni McCandlessのインスタより

 2人の出会いは2015年、シアトルで開催されたアレックスの著書サイン会。

 アレックスが著書にサインして手渡した際、サンニが電話番号を書いて渡したことがきっかけ。一方、アレックスの方は友人に「可愛い女の子から電話番号もらった!」とコーフンしていたとのこと。

 初めの出会いは何もありませんでしたが、三週間後、著書サイン会ツアーを終えてシアトルに戻ってきたとき、アレックスがSMSで夕食に誘い、2人の仲が急接近したとのこと。

 イタリアのMontagna.tvの報道では、アレックスから具体的なプロポーズは無く、「僕たち、このままでいいかい?」みたいな事を言ったらしい・・・

 オラオラ、「結婚はクライマーの三大北壁」とかほざいてる日本の独身アルパインクライマーもちったあ見習えよ。あ、そういう私は見合い結婚で(以下省略)

 

【ラインホルト・メスナー、離婚しました】

今年8月、スケベ爺ラインホルト・メスナーがサビーネ・シュテーレ夫人と離婚していたことが明らかになりました。

Mes

Meine Frau hat mich verlassen  by Bunte.de 2019.8.28

参考記事 で、メスナー爺さんは今なにやってんの? by 当ブログ2009.8.1

 離婚の具体的な理由は明らかにされていませんが、メスナーの「常に新しいものを追い求める」生き方と価値観に相違があったのか、奥様の方から離れていったとのメスナーの弁。

 2人は3人の子供をもうけ、娘さんが管理しているメスナー山岳博物館の運営権をサビーネ・シュテーレ夫人に譲ろうとしましたが、これも断られました。

 なお、メスナーは半年たたずして、「数十年若い」女性をパートナーにしているとのこと。

 いやいや8000m峰登頂は無理でも、こういう姿勢は真似したいですね(棒読み)

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アルメニア大地震で活躍したクライマー達

 東日本大震災で様々な山岳会はじめクライマー達が自主的にボランティアを組織・活躍していたことはご承知の事と思います。

 大災害時にクライマー達が立ち上がるのは、なにも日本だけではありません。
 ロシアのクライミングサイトに、『30年前、アルメニア』と題して、1988年に発生したアルメニア大地震で自主的に集い、救助活動にあたったクライマーたちの記録画像が掲載されています。

 この記事に際しましては、元記事の投稿者であるミハイル・シートニク氏(ロシア・スポーツマスター)から転載の許可を快諾いただきました。Большое спасибо! Михаил Ситник!

以下引用開始
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 1988年12月7日、アルメニアで現地時間11時41分に地震が発生した。
 そしてソ連全土から自発的に、自らの意志で登山者が救助に駆けつけました。

 オデッサ山岳会の自主的に集まったクライマー達が、地震発生当日にアルメニアに行くことを決めました。当局と交渉の後、私たち救助チームは軍用輸送機によってレニナカン(訳注1)に運ばれた。我々の前には、ユーゴスラビアの救助チームを載せた飛行機が墜落していた。

 夜、夕暮れ、暗闇、そして棺、棺、棺。
 最初の2日間、私たちはほとんど睡眠をとることなく作業を続けていました。その後、徐々に私たちはスケジュールを調整していきました。2交代制に分け、交互に救助作業を続けてました。
 私たちのグループは溶接技師、クレーンオペレーター、医師など様々な民間人技術者であるクライマーが集まっていました。少しずつトラッククレーンなどの機材も集められ、新年まで作業が続きました。

 私は当時の自分たちのグループを誇りに思っています。レニナカン(Leninakan)とスピタク(Spitak 訳注2)には、ソ連全土からのクライマーが集まりました。友人達よ、記憶して下さい。

以下は、救助チームの一員、スポーツマスターであるパベル・セレレンコフによる写真です。

※訳注1 レニナカンとは、アルメニア北西部にある都市である現・ギュムリの旧名。アルメニア大地震で死者17000人といわれ、特に顕著な被害が生じたことで知られる。
※※訳注2 スピタクとは、アルメニア大地震の震源地として知られる都市で甚大な被害を被った。

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以上引用おわり

 画像を拝見するに、非常に絶望的なまでに崩壊した建築物のまっただ中で、民間人として専門技術を持つクライマー達が危険な状態ながら解体・救助作業に奔走していたことがうかがえます。

 国は違えども被災地で活躍したクライマー達に敬意を。
 大地震で亡くなった方々、被害を被った方々に哀悼の意を表します。

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メルケル首相が飲むワインは、

 今秋ドイツにおいて、「ワインがいかに外交と政治史に影響を与えたか」をテーマにした本『Mit Wein Staat machen』が出版されました。

Was Wein und Politik miteinander zu tun haben by BR24 2018.10.20

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1951年10月、カールスルーエで開催されたCDU(ドイツキリスト教民主同盟)会議でワインと共にジャーナリストと語るアデナウアー首相

 記事は「なぜアデナウアー(筆者注:西ドイツの初代首相でソ連との国交を開いた)はソ連にワインを送ったのか?」という興味をそそるタイトルで始まります。
 アデナウアー首相は意図的に各種ワインを食事会の演出に用い、歴史的なソ連訪問時では大量の各種ワインを持ち込み、ソ連側から大歓迎されたとのこと。
 ソ連側もグルジア(現ジョージア)産ワインで歓迎し、その見返りとしてドイツ大使から外交上のアドバイスを受けるなど、まさに「酒は人間関係の潤滑油」とはよく言ったものです。

 著者のKnut Bergmann氏は連邦大統領府に勤務、その経験を生かして今回の著書が世に送り出されました。

 ちなみに記事でも紹介されてますが、現メルケル首相は親しいラインホルト・メスナーとの夕食で赤ワインを好むとか。
 日本のメディアでは選挙の惨敗続きで苦境が伝えられ、メルケル首相の暗い表情ばかりが報道されていますが、心から美酒を楽しめる穏やかな日はいつになるのでしょうか。

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コークとモモの街、カトマンズ

 ネパール全土で、コカコーラ社が有名レストランと提携、ネパール料理「モモ」とコーラを結びつけたPR活動を展開しています。

 Coca-Cola Mo:Motsav by The Himalayan Times 2018.1.31

 このキャンペーン、ここ数年続いているらしく、今年のPR動画がこちらです↓

 昨年はこちら。
 モモと、コークと、バレンタインを結びつけ、ネパールの有名女優であるPriyanka Karkiさんが恋と料理の指南役をつとめています。

 もうネパールもご無沙汰ですが、砂ホコリ巻き上がるタメル地区しか記憶にない私も時代に取り残されてるんですかね。動画ではカトマンズもすっかりおしゃれな街角です。

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『シュイナードは現実逃避しているのか?』

 既にアウトドア愛好家の皆様はご存じの通り、去る12月5日、パタゴニア社は公式サイトにて黒地に白文字で「The President Stole Your Land.」(大統領は我々の土地を盗んだ)というキャンペーンを開始しました。

Pata1

 トランプ政権がユタ州内の国定公園指定保護地域を大幅に縮小する決定を下したことに対する、パタゴニア社そして創業者イヴォン・シュイナードの抗議の意を示すものです。

 日本のツイッター等ではパタゴニア社の動きのみがとりあげられ、熱狂的なファンからマンセー状態ですが、トランプ政権・共和党側が黙っているわけもなく、現在はユタ州の下院議員ロブ・ビシッョプとイヴォン・シュイナードとの論争が展開されています。
 ロブ・ビショップ氏とは、ユタ州出身の下院議員でアメリカ下院議会天然資源委員会委員長を務める人物。
 ビショップ氏はシュイナード氏に対して天然資源委員会への出席要請を伝えましたが断られ、そのためにパタゴニア社のそれを真似たロゴをツイートしたものが下記画像のツイート。

N1

ここでシュイナードと相対する側の意見もみてみましょう。アメリカの世論が決して一枚岩ではないことがわかります。

Is Chouinard living in a bubble? (シュイナードは現実逃避しているのか?) by Snewsnet.com 2018.1.9

以下引用開始
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シュイナードは現実逃避しているのか?ロブ・ビショップ議員はそう考える。

パタゴニアと共和党ロブ・ビショップ下院議員との論争が続いている。

金曜日、ビショップはパタゴニア社のツイッターを模した画像を投稿しました。これは「パタゴニアは隠れている」と「パタゴニアは嘘をついている」とに置き換えたものです。 このツィートは、ビショップ氏からシュイナード氏へのメールにもリンクし、彼の意見をシェアしています。

N1
@NatResources 残念ながらパタゴニアは自らの嘘を護るため公の場にでることを拒んだ。

ビショップ氏はそれだけにとどまらず、シュイナード氏は異なる意見の人間と会うことをしようとしない、政治的に現実逃避者だと主張している。 ビショップ氏は、反対陣営と機会を共にしてシュイナード氏の説明を聞く機会を得られないことに失望していると語った。

ビショップ氏のメールによれば、パタゴニアが一般市民に誤解をあたえていることに失望を表明、全ての土地が公的に、厳しい環境審査を受けていることを指摘している。
「不正確で誤解を招く言葉を示し、知名度の高い企業市民がアメリカの顧客や一般市民に不利益を与えている」と綴る。

「大規模な連邦財産を管理する最も効果的で有益な方法については、幅広い意見が存在する。あなたの意見と違い、私の意見は常に公的な精査の対象となります。私は毎日のように、強力に提唱される反論に直面している。政治的な反対意見に強く反論したとしても、それらを尊重し、常に彼らとの対話に参加する意思がある」

シュイナード氏は、委員会がパタゴニアに対して不誠実な態度をとっていると考えており、以前に出席要請を断っている。シュイナード氏はビショップ氏宛メールで「この出席要請によって、誠意をもって働きかけているという見込みはない。」
「私たちのポジションは明確かつ公的なものであり、あなたがメールを読むことをお勧めします。」

先月下旬、パタゴニアの行動に賛同していないアウトドア業界専門家の見解を本紙で紹介しました。
「イヴォンがこの土地を愛するというのなら、彼はこの土地で事業を展開するだろう」
スリー・セインツ・アウトドアのオーナーであるジョン・ドロリンガー氏は語る。モアブ・ギア・トレーダーのオーナー、マーシャル・ドボルザーク氏は、「多くのお客様がパタゴニア製品をボイコットしている」と話した。

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以上引用おわり

引用記事のように、日本のツイッターにみられる頭お花畑なパタゴニア賛美者ばかりではなく、アメリカの世論も分かれています。
特に擁護的な記事が目立つのが、The kaplan herald紙。

Rob Bishop Continues His Taxpayer-Funded Feud With Patagonia by The kaplan herald2018.1.11

記事の結びは、
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While it’s true that the collective 2 million acres that the Trump administration has stripped from the two Utah monuments remain public and under federal control, withdrawing monument status opens the door for drilling, mining and other development.

Bishop hasn’t been alone in the fight against Patagonia.

 トランプ政権が2箇所のユタ州国定公園指定を撤廃した200万エーカーの公有地は、公的に連邦政府の管理下にあり、国定公園指定を撤廃することは、掘削、鉱業その他開発の扉を開くことは事実です。

パタゴニアとの戦いにおいてビショップ氏は独りではない。
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などと書かれています。

このThe kaplan herald紙、ずいぶんあからさまにトランプ政権寄りだなあと調べてみると、ルイジアナ州の地方紙ですね。賢明な方はお察しの通り、ルイジアナ州はいわゆるアメリカの「デーィプサウス」、保守的な土地柄で共和党の支持層厚い州です。

今回のパタゴニア社、イヴォン・シュイナード氏VSロブ・ビショップ氏の論争も、政治的な思惑をはらんだメディアによって今もなおアメリカのメディアが報道しています。
ソルトレーク・トリビューン紙のように、「ロブ・ビショップのような議会の人間が、一市民・企業家であるシュイナード氏に対して議会ではなくSNSという場で反論・攻撃する倫理性」について是非を問うメディアも現れています。

オバマ政権下の内務省長官サリー・ジュエルならもっとマシだったのですが、現在の内務省長官ライアン・ジンキはもちろん、ロブ・ビショップ氏の擁護にまわってました。あーあ。

トランプ政権下の閣僚・議員を相手にしているイヴォン・シュイナード氏の闘争は、トランプ政権誕生時のフレーズ「国民の分断」のとおり、世論もアウトドア業界も一枚岩ではないことを如実に示しているといえるでしょう。

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スタバは無いけど岩場はある

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アメリカ・ヨセミテ国立公園内にスターバックスが進出を計画、反対署名活動が展開されています。

Yosemite supporters create petition to keep Starbucks out of the park by KTVU San Francisco 2018.1.7

地元紙「The Fresno Bee」によれば、アメリカ大手企業アラマーク社傘下でヨセミテ国立公園内にて事業を展開しているYosemite Hospitalityが、ヨセミテバレーロッジ内にて店舗を開こうとスターバックス社と協議中とのこと。

この動きに対して、
「この進出計画が承認されれば、ウォルマートや登山用品店がスポンサーとなって、食料品店やREIのサテライト店舗(訳者注:支店より小規模な店舗)につながるのではないかと懸念している」などの声が寄せられています。

スターバックス進出反対に関するインターネット署名はこちら↓

change.org Stop Starbucks in Yosemite

上記反対署名運動の説明によれば、国立公園内へのスタバ社進出という計画に伴い、情報公開・パブリックコメントなど一切行われていないことへに不信感もあるようです。

6日の報道では6500名の署名が集まっていると報道されていますが、8日現在、署名は8200名に達しています。

日本でも意識高い系勘違いクソババ・・・もとい、女性を中心に根強い人気のあるスターバックス社。
ちなみにアメリカCBSのニュースキャスター Ken Malloy氏が自身のFBでアンケートをとったところ、回答者数600名でスタバ進出に関してYESが37%、NOが63%という結果が公表されています。

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『第2回蔚州世界山岳映画祭』 の不都合な真実

去る9月21日から5日間にわたり韓国・蔚州郡で開催された『第2回蔚州世界山岳映画祭』。

各韓国メディアは国際イベントとして無難に報道していましたが、韓国の時事ジャーナル紙が痛いところを突いた報道を展開しています。

朴槿恵・前政権時から韓国各地の山岳地で問題になっているケーブルカー建設問題に関して、ゲストとして招かれたリック・リッジウェイもガツンと物申したようです。

「自然と共存」問いただすことになった蔚州世界山岳映画祭の課題 by 時事ジャーナル(韓国)2017.9.27

以下飲用開始
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「自然と共存」問いただすことになった蔚州世界山岳映画祭の課題
9月25日に閉幕・・・上映作品増大など、見た目拡大にも運営システムの粗雑

チェ・ジェホ 記者

 国内最初で最大の山岳映画祭として注目を集めた、第2回蔚州世界山岳映画祭が9月21日に開幕され、5日間にわたって21カ国97編の上映スケジュールを終えて幕を閉じた。

 昨年第1回の時よりも上映作品が19編増え、出品作品も78編(第1回は40カ国182編 → 第2回は31カ国260編)に増加するなど、世界的な山岳映画祭として発展する可能性を確認できた点で、主催者である蔚州映画祭事務局は舞い上がっている雰囲気だ。
 しかし、25億ウォンの予算をかけた国際イベントとしては貧弱な付帯行事プログラムに加え、映画祭の最も重要な上映館チケットに関連した粗雑な運営システムは、昨年第1回の時とあまり変わりなかったという指摘を受けている。
 蔚州世界山岳映画祭が、主催側が掲げるようにイタリア「トロント」、カナダ「バンフ」とともに世界3大山岳映画祭に成長するために解決すべき課題は何だろうか。

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去る9月21日、UMFF開会式の様子 蔚州世界山岳映画祭事務局提供

「このまま世界3大山岳映画祭に成長できるか」

 第1回蔚州世界山岳映画祭が開かれた昨年9月30日、キム・ギヒョン蔚山市長は当日午前中まで開幕式に参加しないつもりだった。市役所で当日朝に発送する日程表に、キム市長の代わりに行政副市長が開幕式に出席として名簿に記載されていた。キム市長は最終的にこの日の夕方の開幕式に出席し、会場で持前の明るい表情を維持したが、当日の朝は副市長を代わりに国際イベントに出席させようと決心するほど不満を持っていたものと思われる。

 キム市長の当日不参加のハプニングは、映画祭の名前をめぐって蔚山​​市と蔚州郡が神経戦を繰り広げたことから始まった。蔚山市は予算10億ウォンを支援する条件で映画祭の名称に「嶺南アルプス」や「蔚山」を用いることを要求したが、蔚州郡は最後まで地域名を譲らなかった。

 蔚州郡がこのような独自の路線を進んで失ったのは、10億ウォンの予算だけではない。蔚山市は今年広域市昇格20周年を記念する「蔚山訪問の年」と銘打って巨大な広報マーケティング戦略を繰り広げたが、蔚州世界山岳映画祭の広報は、蔚州郡の役割だった。

 5日間の蔚州映画祭に集まった観衆は約6万人と映画祭事務局は推定した。昨年の第1回で事務局が明らかにした観衆は、5万3000人だった。しかし、イベント期間中に会場を往来した周辺関係者は、昨年に比べて会場が広く感じられるほど訪問者が少ないと口をそろえる。

 野花漫画フェスティバル、ツリークライミング、全国スポーツクライミング大会、ガンウォルジェで開かれた山上音楽祭「蔚州オデッセイ」など、家族単位やスポーツ愛好家が参加するプログラム会場は参加者でにぎわった。しかしながら映画祭の中心であるべき「映画上映館」周辺は寂しいほどで、映画祭は全国の映画ファンを集めるには限界を表わした。

 このような寂しい上映館の雰囲気は、無料で行われている映画チケットのずさんな運営システムと無関係ではなかった。当初映画祭事務局は、オンライン予約以外に観覧席の20%を現場で発券すると約束したが、開幕翌日になって突然上映日に関係なく事前予約することができるように方針を変え混乱を招いた。

 週末の上映時間に間に合うよう当日券を入手しようとしていた観光客は「売り切れ」という案内に失望して引き返した。臨時上映館3棟も含め4箇所の上映館では、「売り切れ」という案内とは異なり前売券をストックしておいて、会場が見つからない団体のために主催者側は冷や汗を流したという裏話もある。

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去る9月23日、蔚州世界山岳映画祭会場で特別講演をおこなうリック・リッジウェイ氏の様子。 蔚州世界山岳映画祭事務局提供

蔚州推進・神仏山ケーブルカー - 山岳映画祭との共存方法は・・・

 今回の映画祭で主催側が精魂込めたプログラムの中で欠かせないのは、今年初めて制定された「蔚州世界山岳文化賞」だった。受賞者は、7大陸最高峰を世界で初めて登頂した記録を保持し「地球の息子」という敬称を持っているアメリカのリック・リッジウェイ氏である。彼は会場で特別講演と特別展示会をおこない、蔚州地域「嶺南アルプス」と縁を結んだ。

しかし、登山家であり環境活動家に変身した彼には、蔚州郡が推進する「神仏山ケーブルカー」が不満だった。

 リック・リッジウェイ氏は記者会見で「山は野生そのままに保存しなければならない。そしてケーブルカーには反対する」と表明し、映画祭関係者たちを困惑させた。 彼は「山に登った時、野生が与える魔法を感じることができて自然から安らぎを受けることができる」 として 「車に乗って、駐車場に駐車をして、ケーブルカーに乗って展望台まで上がって、再びケーブルカーに乗って降りてくるのは優れた人間の姿ではない」と批判した。

 映画祭発足を先頭に立って主導してきた蔚州郡は、今後は映画祭運営主催を法人にして世界的山岳映画祭として発足させていくという立場だ。
 蔚州郡の方針通りならば、来年9月には第3回蔚州世界山岳映画祭は神仏山の頂上と連結されたケーブルカー駐車場の真下で開かれることになる。

 「自然との共存」をスローガンに掲げた蔚州世界山岳映画祭が、映画祭の存在理由と現実の環境の間で、どんなスタンスを取るかにより今後、名実共に世界山岳映画祭に発展するかどうかを分けるものと見られる。

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以上引用おわり

なにかと「世界的」なタイトル好きな韓国ですが、この蔚州世界山岳映画祭に賭ける意気込みはものすごいものがあります。
昨年の第1回のゲストとして韓国に招かれたのがラインホルト・メスナー、そして欧米ではその名が知られている山岳ジャーナリストBernadette Macdonaldを招いたところに私は韓国山岳界の「本気」を感じた次第。

チケットの問題は「ケンチャナヨ」な韓国社会ではまあご愛敬として、神仏山のケーブルカー問題は痛いところを突かれました。

 あの雪岳山でも経済効果を期待してロープウェイ建設計画が浮上、計画に反対する自然保護・登山関係者に逮捕者がでるほど反対運動が白熱していました。
 朴槿恵政権が終末を迎えたことによりロープウェイ建設も白紙に戻されましたが、最近になってゾンビのように再浮上しているようです。
 当該記事の神仏山ケーブルカー計画のように、経済効果を期待する賛成派と自然保護を訴える反対派との対立が続いているところもあります。計画はかなり推進されているようですが、各関係省庁の対立もあり、ケーブルカー建設が実現するかはまだ予断を許さない状況、といったところです。

第3回蔚州世界山岳映画祭が韓国のみならず世界的な山岳イベントとなりうるか、ケーブルカー建設計画という環境問題の行方にも注目したいと思います。

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