東日本大震災から4年

 被災者・仮設住宅のインフラ工事のため、まだ御遺体捜索が続く瓦礫の中で寝泊まりしていた、私たち。
 瓦礫の中での車中泊。
 重苦しい心を解きほぐすように、安物のMP3プレイヤーで何度も何度も聴いていたのが、この曲でした。

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東日本大震災から2年。

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Photo by Jenny (America)

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莫文蔚&伍佰 『堅強的理由』

台灣和大陸的朋友、大家好!!

唱莫文蔚、
『我現在需要 安静的角落 我再也没有 堅強的理由』

一人的人弱的存在
可是日本人必定從大震災復興。

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この曲は大昔、台北に滞在していた時に台湾MTVで何度も聴いたお気に入り。
当時テレビで放映されていたMVは上記動画の映像とは異なりカレン・モク(莫文蔚)とウーパイ(伍佰)老師のライブ映像で構成され、曲を聴いて涙ぐんでいる観客の女の子のアップ映像が印象的でした。

タイトルは『堅強的理由』ですが、詩は「愛する人と別れてもう強くいられる理由はない」という意味合いです。

ちまたでは「がんばろう」が連呼されてますが、鬱々な私にはもうこれ以上どう頑張ればいいの?というのが正直なところ。

人間は、弱いものですよ。

東北の人間は、静かに地道に、立ち上がるのだと思う。

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ぜひ読んでください。

医療スタッフとして被災地へ赴かれた方の手記です。
メディアには出てこない、被災地の現実がありました。
ぜひご覧下さい。

JKTS 被災地へ医療スタッフとして行ってきました。

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地震日記3/25 アウトドア義援隊

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ガソリン残り少ない車を駆って、天童市へ。
モンベルエコセンが主催しているアウトドア義援隊の支援物資集積所にて、作業に従事。

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私が倉庫に到着した時、ちょうど支援物資を満載したトラックが到着、挨拶も作業説明もそこそこに、荷下ろし作業に加わる。

しばらくして月山エコプロ、月山朝日ガイド協会の面々も到着、一気に人手が増え、にぎやかになる。

義援隊全体はモンベルの方がマネジメントされていたが、ボランティア参加者のコーディネートは以前所属していた東北山岳ガイド協会の八木文明ガイド。(八木ガイドのブログには、支援状況がよく掲載されております。参加希望の方、是非一度ご覧下さい)
 その柔らかい物腰と、わかりやすい話し方、コーディネーターとしての態度は見ていて勉強になる。

午前中、トラックからの積み卸し、被災地に向かうトラックへの積み込み、支援物資の仕分けなどを一通り経験する。

 アウトドア義援隊参加希望の方に、次の点を記しておきます。

 1.冷暖房もない工場を利用した倉庫のため、動きやすい服装の他に防寒はしっかりとしておいで下さい。また荷物の取り扱いなど運動量も激しい時がありますので、着替えなど汗対策もしっかりとして風邪などひかないように。

 2.周辺には売店などありませんので、弁当・おやつ・飲み物持参で。

 3.モンベルのウェブサイトには「現地本部ではボランティア受付してない」旨の掲載がありましたが、実際は現地倉庫に備え付けのノートに氏名・連絡先などを書いて、飛び入り参加も可能なようです(予定が未定の現場土木作業員には助かるのよこれが)


 また、これから支援物資を送ろうとする方に対して、これはあくまでも私個人の感想ですが、

 初心者でも簡単に使えるアウトドア用品を送るようにしましょう。

 登山の知識があるということで、志ある皆様からお送り頂いた登山用品の仕分けに途中から参加したのですが、なにやらバーナーを囲んで幾人かが首をかしげているので近寄ってみると、
「これって何ですか?」
と見せられたのが、MSRのタンク分離型のガソリンバーナー。
燃料タンクが無いまま送られてきたので、最近のガスバーナーしか知らない若い方はタンク・本体分離型のガソリンバーナーはわからなかったようだ。

 その他、プレヒートが必要なガソリンバーナーなど多数。
 被災地にいる方は皆が皆アウトドアに詳しいというわけではない。複雑な操作が必要なバーナーなどはどうしようか、と議論になった。
 
 これからアウトドア用品を送ろうと考えている皆様、アウトドア初心者でもすぐ使えるギアを、どうぞお送り下さい。

 送られてきた他品物には、韓国のKOVEAとか、超レアなバーナーもあったり・・・自分の山道具オタクとしての知識が、世のため人のために役に立つのは、おそらく今回が最初で最後だろう・・・とつくづく思う。

 物資はだいぶ集まっています。
 被災地からの知らせでは、爪切り、コンタクト洗浄水、女性の化粧水、クシなど、細かいニーズに対応できなくて苦慮しているようです。
 これから物資を送ろうと考えている方は、被災地で今何が必要になっているかご確認の上、お送りいただいた方がよいかと思います。

 午前の作業はおわり、トラックも来ず、皆手持ちぶさたになった頃合いを見計らい、八木さんの呼びかけで11時45分、昼休みとなる。
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 八木さんはじめ、専属スタッフは倉庫に泊まり込みのため自炊。
 福岡から来たという若者は「これが昼食です」と言い、スチロールの丼いっぱいの白飯を持ってきた。
 ええっ白飯だけっ?
 それじゃ「空手バカ一代」の芦原英幸そのまんまじゃんっ!?
 とビックリしていたところに、もう一人の若者がふりかけ持ってきて、二人仲良くふりかけ丼飯を食べていた。

 いや~、私も若い衆が丼飯喰っている所を見ると嬉しい年齢になってしまいました。

 さあ午後も一働き、というところで、ガイドの師匠から特命指令が入り、やむなくアウトドア義援隊の倉庫を後にする。
 午後は山形空港にて、人混みの中でJMGA支援隊の各種手配に奔走。

アウトドア義援隊活動の様子はこちら↓
参考記事:月山エコプロ 正会員のページ

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地震日記3/22、23、24 お呼びでない(植木等 調)

3月22日
 平日公休。
 図書館にて資料検索。
 今回の震災に際して、あちこちで「登山は不謹慎」という雰囲気が生成されているようだが、こちら地元東北の観光業・ガイド業にたずさわる者にとっては死活問題である。
 お世話になっている旅行社の年間プログラムは知らされているため、予定山域における震災の影響をさぐるべく、震災地域と山域との照合作業など、やることは多数ある。
 それから阪神大震災の記録、個性と我の強い左翼系市民団体やボランティアの手記は避け、シンポジウムなどの記録集を集め、速攻で目を通す。

 山形県は甚大な被害を受けた宮城・福島に隣接しながら、実害はあまりない。それでも食料欠乏、石油不足に悩まされる。行政は無能ぶりをさらしている。そして、経済的な面では中長期的にみれば大打撃はまぬがれないだろう。
 山形県人は被災地の人々とも、関東あたりの都会の人々とも異なる視点と方向性が求められるのではないか。ヒントを得るため、無作為に過去の震災の記録を漁る。 

 いつもは車で通う図書館、ガソリン不足のため本日は徒歩で通う。
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 途中、通り過ぎる馬見ヶ崎(まみがさき)川。
 土手に一番早く咲いていたのは、オランダミミナグサ。
 何万人もの人々が死傷・行方不明となった春も、変わらず花は咲き始める。


3月23日
 公休明け、出勤してみると、会社から被災地支援隊の第2次隊派遣が突然決まる。
 最初、私の名前も入っていたらしいが、もろもろの事情でベテラン精鋭社員と交代。


3月24日
 私が行くことになっていた月末の出張業務も中止。
 社内失業決定。

 JMGAの災害支援隊参加 → 身分証発行の関係でダメ
 会社の被災地支援隊参加 → 諸般の事情でダメ

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お 呼 び で な い 。by 植木等

 というところで、正会員としてお世話になっている月山エコプロの白田さんから「支援物資をまとめる”アウトドア義援隊"どうですか?」とお声がかかる。

 急遽、25日に公休をとり、モンベルエコセンの「アウトドア義援隊」参加を決める。

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地震日記3/18 お断りの電話 【3/19加筆】

 被災地に赴く医療チームの支援として日本山岳ガイド協会が動く。
 「その拠点となる宿をさがしてくれ」と、既に医師団と共に先発として現地入りしているガイドの師匠から連絡が入り、夜の23時半まで電話をかけまくる。
 
 岩手・宮城県境付近はもともと宿泊施設も少ない田舎。
 ネットで民宿・旅館をリストアップし、電話につぐ電話。

 電話といっても、被災地に近い場所、

 「宿はもうやっていません」

 という返事もあれば、復興関係だろう、

 「業者さんでいっぱいです」

 という返事もあれば、機械的な女性の声で

 「災害地のためかかりません」

 などのアナウンスが聞こえてきたりする。

 返答があるのはまだいい。
 発信音が続いたり、もう電話線がズタズタなのだろう、反応が無いところもある。
 やはり被害は甚大なのだ。

 被災地支援チームの宿なので、被災地に近いことが条件、しかし被災地に近いところは電話も通じない。宿もやってない。少し離れたところは震災復興関連の業者、避難者でいっぱいなのだろう、どこも満室。

 もう何軒に電話かけたろう。
 (あ~師匠、こんな時期こんな地域で宿なんか空いてるわけねーよ)
 と思いつつ、まだ電話してないビジネスホテルに電話する。

 満室という回答だった。
 電話を切る際、ホテルのフロントマン(男性)は 

 「どうもすみません、すみません、すみません」

 と何度も何度も、泣き声に近いようなか細い声で「すみません」を繰り返していた。

 そこで、はっと気が付いた。
 恥ずかしいことだが、ようやく気が付いたのだ。

 そのホテルのフロントマンは、私が電話をかける以前に、もう何人もの避難者の宿泊申し込みを断ってきたのだろう。

 本日中の宿の手配は断念。
 あのフロントマンはじめ、皆が安らかに眠れる夜は、いつ来るのだろう。

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 コメント欄にご指摘がありましたので、加筆いたします。
 文中の「ガイドの師匠」は医師チームと共に被災地視察を行っており移動が多く、通信事情の悪い現地に滞在中のため、各種手配のバックアップを臨時に私が個人的に担っていたものです。

 日本山岳ガイド協会では医療チーム支援を目的に活動を開始するため、医療に必要な「水」を常時入手できる宿泊施設=活動拠点を求めていた次第でした。

 支援活動に参加するガイドは自炊は当然のこと、被災地現地に負担をかけない「自己完結」を旨とした装備で参加しております。(今回の宿探しも素泊まり前提として探しておりました)
 この点につきましては私の書き方が足りず、多くの方に誤解を招いた点、お詫び申し上げます。

 これから展開される山岳関係の医師団による医療支援、日本山岳ガイド協会の支援活動に御理解いただきたく、お願い申し上げます。

 なお3月19日現在、岩手県内の旅館の御理解を得て、医師団および日本山岳ガイド協会支援チームの活動拠点が決まりましたことを記しておきます。

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【支援】ボルダリングジムKeyStoneの支援活動

山形県酒田市にあるボルダリングジムKeyStoneで、下記のような支援活動を立ち上げております。

復興支援 ボルダリングジムKeyStone 2011年3月19日

寄付金・支援金および支援物資の募集を行っております。

支援物資に関しましては、酒田市近辺の方でご協力できる方おられましたら、ぜひご協力ください。

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