立谷川の芝桜 2024

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連休初日、老母を立谷川の芝桜見物に連れていく。

山形市ではちょっとした観光スポットになり毎年ニュースでも取り上げられるのだが、認知症の母には昨年の記憶はもう無いようだった。

昨年の猛暑、また芝桜そのものの寿命なのか植え替えが必要と言われ、今年は咲き具合が今一つと言われているのだが、母に楽しんでもらうには十分な光景だ。

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今年は黄砂の影響がひどく、快晴にもかかわらず、雪を被った月山がかろうじて見える。

老母に喜んでもらった後、自宅で会社仕事。緊急に決裁印が必要になったため急ぎ用件を片付けるが、横のつながりに欠ける勤務先、「決裁順が違う」とクレームが入り、上司のK君に急ぎ確認等々、会社対応で休日の午後を過ごす。

午後の残った時間で、滞っていた山岳書の読み込み。

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花 見

Kajo14月14日、快晴。

いつも決まったコースしか散歩していない老母を、桜が満開の霞城(かじょう)公園に連れていく。

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桜の木の本数以上に凄い人出。

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山形市主催の野点に老母を連れていく。干菓子は十一屋製。

所用で日曜・休みは潰れているため、たまには老母を行楽地に連れていきたい。

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立谷川の芝桜 2023

連休初日、老母を連れて立谷川の芝桜見学。

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青空に月山、そして芝桜のピンク。

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今年は異様に速い春の訪れ、ここ立谷川の芝桜も昨年に比べ花のピークは連休前だった。

とはいえ、まだ見事に咲き誇っている。

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ソメイヨシノはほぼ散っていたが、八重桜はまだまだ見ごろ。

日頃出張の多い生活ゆえ、認知症の母には美しい風景を見てもらいたい。

昨年とは異なり、駐車場として利用させてもらっている「べにばな霊園」には綿飴やお好み焼きなど露天も幾つか並んでいる。

「コロナ禍以後」に少しずつ動いていることを実感。

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母の家

少年自然の家行事から戻り一晩休養。

翌日は実母の住む実家の掃除をカミさんと二人で敢行。

認知症の母は細かい掃除ができなくなっているので、不定期に掃除に入る。

掃除の度、「あれだけしっかりしていた母が・・・」という思いにとらわれるのだが、仏壇の陰に溜まったイエネズミの残留物を片付けながら現実を知る。

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掃除を終え、パンパンに膨らんだ燃えるゴミの袋を抱えて駐車場に行く。駐車場の傍らには多くのオオイヌノフグリが花開いていた。

昨日までの月山の雪模様が嘘のよう。東北・山形の下界は早春に差し掛かっている。

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高齢化社会

日曜。

午後を費やし、老母の住む実家のある町内を巡る。

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来年、町内会の「区長」の役割が母に廻って来るのだが、現実的に老母は高齢のため無理。

本人は「まわってきたときに断るはー」と気楽に構えているのだが、当番がまわってきた際に突然断るのも無理な話である。

私が町内会で別の方にお願いすべく、根回しのため奔走する。

奔走するつもりでお隣のおばさんに相談に行く。実家の隣家のおばさん、母とそう変わらない年齢なのだが、かなりしっかりされているので町内会の「重鎮」。

親切にも町内会の主要メンバーから区長候補者の家に至るまで、おばさんが廻ってくれ、私はひたすら付いて行って頭を下げまくる役割。

寒い夕暮れの下、町内会の主要メンバーが集い、ああでもないこうでもないと少し議論を重ね、私の母の代理者を絞り込み、さらに挨拶に至るまで同行していただいた。

隣家のおばさんには本当に頭が上がらない。と同時に、私が生まれ育った当時は同い年の子供に溢れていた町内も、今現在は高齢者の1人暮らしが進んでるんだなあ・・という思い。

全ての交渉を済ませ、自宅に戻ってきたときの私の様子↓

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娘からも「お父さん、なんか顔が疲れてるんだけど。」と言われる。

父の葬儀を経験して、地元町内会皆様とのつながりの大事なことは身を持って知ってることは知ってるんだけど、人付き合いの苦手な私には、なかなかハードでございまする。

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三五郎小屋

昨秋は神奈川赴任で連れていけなかったので、休日を利用して老母を紅葉見物に連れていく。

今年は蔵王ロープウェイからの紅葉の眺めが全国2位に選ばれたためか、蔵王温泉の人出が物凄い。

蔵王中央ロープウェイは運休、蔵王ロープウェイは駐車場は満杯、大型観光バスから観光客が続々降りてロープウェイ駅は行列。

ロープウェイは諦め、老母の好きなコーヒーをのんびり飲める所として三五郎小屋を目指す。

三五郎小屋に続く細い車道、普段なら静かな道なのだが今日は頻繁に対向車とすれ違う。

神経をすり減らしながら細い道を走り抜けると、そこは別世界のような三五郎小屋。

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暖炉と薪ストーブの薪の香り、温もりの中、母とコーヒーを飲んで過ごす。

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あと何回、老母に美しい光景をみせてやることができるのだろうか。

今日は三五郎小屋(標高1300m)で気温4度、蔵王温泉街(標高900m)で気温9度、山形市街は気温15度。秋山の気候の厳しさをあらためて自戒する。

蔵王の稜線はかなり冷えただろう。寒そうな登山者たちが、ガスがかった上の方から下山してくるのを目にする。

コーヒーを飲み終え、もう紅葉も盛りを過ぎたスキー場ゲレンデを幾度も横断する車道を辿り、山形市街を目指した。

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掃 除

日曜。

好天が予想されていたが、前夜は会社の飲み会。酒の弱い私は二日酔い必至とわかっていたため山の予定は入れず。

老母の住む実家に立ち寄り、カミさんと2人で茶の間の掃除。

仏間に置かれたテレビ台を動かすと、そこはネズミの巣になっていた。

ネズミが集めたらしい大量のビニール・紙屑、そして大量の糞を掃き集め、ゴミ袋にまとめる。

あらかじめ仕掛けておいたネズミ駆除用の罠には、原型を留めてない死骸を確認。駆除用罠ごと包んでゴミ袋へ。

気丈でしっかり者だった母も、老いには勝てない。臭いのする駆除用罠を片付けながら、認知症の現実を突きつけられる。

カミさんと2人で掃除しながら、「自分達が老齢になった時、娘と息子は世話してくれるだろうか?」と話し合う。

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SNSには各地の山からの画像が送られてくる休日、カミさんと二人で掃除した結果のゴミ袋。

認知症の母の面倒をみながら、晴天の休日は終わる。

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クライマー、脳卒中に挑む

勤め先でも山仲間でも、老いと病(やまい)に悩まされることを意識する年代になってきました。

ここに、脳卒中に挑むクライマーが一人。

Life after a stroke: a mountaineer's guide to his biggest challenge yet by The Guardian 2021.4.4

以下記事引用開始

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脳卒中後の人生:あるクライマーの最大の挑戦

イギリス人クライマーであるマルコム・バスが、自身を支え、人々に必要とされる精神療法について語る

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ケアンゴーム山、ベイン・ア・ブイアードでのマルコム・バス。写真 コールドハウス・コレクティヴ

エドワード・ダグラス執筆記事

 昨年8月のある朝、イギリスを代表するクライマー、マルコム・バスは、何かおかしいと感じながらも、それが何なのかわからないまま朝を迎えた。「コンタクトレンズを入れ、服を着て、朝食のために台所に行くという一連の動作に苦労していたのは覚えています」56歳のバスは言う。「その一連の動作が普段と違い、とても複雑に思えました。」

 その前日、彼は親友のサイモン・イヤーズリーとケアンゴームでクライミングをしていたが、今、彼はパースシャーにあるイヤーズリーの自宅の床に横たわっていることに気がついた。どうしてこんなことになったのか、見当もつかない。サイモンの妻サラが降りてきて、「大丈夫、マルコム?」と言った。痛みもなかった。時間が経てば大丈夫だと思ったんだ。次に覚えているのは、ストレッチャーに乗せられて救急車に乗ったことだ」

 その時バスは知らなかったが、彼は毎年10万人以上いる脳卒中患者の一人になっていたのだ。頸動脈の内壁が自然に破れて血栓が発生、それが脳に流れて右頭頂葉への血液供給を絶ち、左側の運動をつかさどる神経ネットワークが病魔に侵されていたのだ。

 パートナーのドナ・ジェームズは、ノース・ヨークシャーの自宅から病院に駆け付けたとき、バスにはすでに血栓の治療薬が投与されていたが、彼女はまだ何かがおかしいことに気が付いた。脳梗塞で脳が腫れていることがすぐにわかり、急いで頭蓋骨の一部を切除、脳にかかる圧力を和らげる頭蓋切除の手術が行われ、死の間際だった。手術しても助からないかもしれない、と告げられた。

募金活動「#MoveMountainsForMalcolm」のために制作されたビデオをご覧ください。

 彼の親しい友人達やクライミング・コミュニティにとって、このニュースは衝撃的だった。アラスカからヒマラヤまで、世界中を巡ったハードなクライミングで尊敬を集めていたバスは、危険なスポーツがもたらす個人的な代償とその心理的影響について率直に語っていたのだから。30年間、臨床心理士として訓練を受け、実践してきた彼は、自分の選んだ人生がなぜそれほどやりがいのあるものなのか、その代償についてオープンに語らなかったことを後悔していた。

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頭蓋骨を切除した頭部を保護するためにヘルメットをかぶるバス。

 3年前の2018年6月、バスはインドヒマラヤにあるジャンフコット (訳者注 : Janhukot 6805m )という困難な未踏峰を初登していた。世界各国の登山隊が30年前からこのピークに挑戦していた。バス自身は過去に2回挑戦しており、そのうちの1回はイヤーズリーと共に挑戦していた。今回は、4日間かけて仲間のポール・フィグ、ガイ・バッキンガムとともに標高6805メートルの頂上に到達した。

 低温、睡眠不足、ハードなクライミング、多くの危険、試練に満ちた登山だった。しかし、バッキンガムが撮ったバスとフィグが山頂で抱き合っている写真には、バスが山に持ち込んだ哲学の一端が写っている。「登山、特にアルパインクライミングが私に教えてくれた心理学の教訓は、『人間の意志の絶大な力』と、その『完全な無力さ』についてだ」と彼は書いている。長年、彼は悪天候に直面して敗退したことを「恥」と感じ、「自分がもっと強ければ成功しただろう」と思っていた。「しかし今は、世界の大きな力は、私たち人間よりもはるかに強力であることを理解しています」

 車いすに座り、キッチンのテーブルに向かったバスは、登山で得た教訓を今の自分に生かすという安易な言葉には抵抗を覚える。「それは、私にとっては大きくもなく明確でもない」と、彼は皮肉を込めた口調で言った。脳卒中を患った人の3分の2には障害が残る。バスは半身に麻痺が残り、聴覚麻痺、視覚麻痺、言語障害が残った。しかし彼のユーモアのセンスは、どうにか残っているようだ。「はっきりしているのは、大きな山を登る大変さです。一度に全部を見渡すと、頭が真っ白になってしまう。少しずつステップを踏んでいくしかないんだ」

 脳卒中を患った人の多くは、自分の感情が不安定になる。医学用語で「情緒不安定」というが、バスも重度のうつ病に悩まされてきた。「ショックでした」と彼は言う。「悲しみに襲われるんだ。1日に50回はね。昔の自分、つまり肉体的な自分を失ってしまったという悲しみ。登山をやれるという意味ではなく、道を歩くことができるという意味でです」。

 バスは、現在の家の近く、ノースヨーク・ムーアズの端に位置する、探検家キャプテン・クックの故郷でもあるグレート・エイトン村で育った。母親は歯科医、父親は地元の開業医だった。「フライフィッシングを父と一緒にやっていた。マス釣りのシーズンが始まろうとしている。父にとっては悲しいことだし、私も父の悲しみを感じている。脳卒中後のうつ病というのがあるが、それが脳卒中による神経障害のせいなのか、それとも人生を変えるような傷を負った人間はうつ病になりやすいという事実が関係しているのか、わからない。」

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2018年、Janhukotに遠征中のマルコム・バス。

 病院ではうつ病がさらに悪化し、そんな時にバスはイヤーズリーに「幽霊が見える」とメールを送っていた。それはバスが誰かに話す必要があるほどに、押しつぶされそうな精神的苦痛を表すサインだった。「これは暗号のようなもんです」とバスは言う。「助けが必要だという意味です。病院で絶望的な時間を過ごしたこともあった。サイモンに幽霊が見えるとメールしたこともありました。すると、彼が電話をかけてきたんです。毎回ね。どんなに忙しくてもね。本当に感謝しています」

 このフレーズは、20年前にアラスカの氷河で出会った2人の間で、半ば本気で交わされたジョークだった。登山を終えて飛行機を待っていたバスは、カナダのメティス族に生まれたクライマー、バリー・ブランチャードと出会った。ブランチャードは山頂にはたどり着けず、敗退して困難な登山を終えたところだった。バスは「どうだった?」と聞くと「あまりよくないな。早く降りてきたんだ。幽霊を見たんだ」。バスは少し笑った。「バリーはメティス族の出身からして、文字通りの意味で言ったんだと思う。」

 3ヵ月後、ドナ・ジェームズはついにバスを病院から自宅に連れ帰ることができた。彼は「だいぶ慣れてきた」と言う。「ストレスや怒りに対処する能力が大幅に向上したんです。対処する術(すべ)を身につけたということかもしれません」。頭蓋骨を切り取った部分は、ヘルメットをかぶって頭を保護しなければならなかった。

 臨床心理学者として、バスは自殺願望や自傷行為のある人々を治療してきた。今は、彼自身が地元の脳卒中サークルの心理士に診てもらっている。「とても助かっています。良い心理治療が不可欠であると確信しました。心理療法は、人々にとって非常に効果的な治療法であることが分かっています。一般の人々もそれを好んで受けていることを知っています。心理療法には、あまり副作用がないことも知っています。しかし、人々が心理療法を利用するのは難しく、また利用できる機会もそれほど多くはありません。NHS(訳者注:イギリスの国民保健サービス)には訓練を受けた心理療法士があまりおらず、それが大きな問題なんです」。

 バスが今目指しているのは、6月の職場復帰である。その一方で、彼は食べること、彼とパートナーを支援するためにクラウドファンディングキャンペーン「#MoveMountainsForMalcolm」を立ち上げた友人達のサポートに、喜びを感じている。しかし彼が語るのは、悪夢としか言いようのない状況の中で、彼女が彼に与えた愛とサポートについてである。「ドナの負担を考えると、とても心配です。彼女がどれだけ我慢してきたか。実際に自分が弱くなるまで、わからないものですね」

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この記事の最後の一文、「実際に自分が弱くなるまで、わからないものですね」 (原文『 How much she’s put aside. Until you’re actually that vulnerable you don’t know, do you? 』) 

 私はマルコム・バスのような強力なクライマーではありませんが、彼が最後に語るその言葉に、昨夏カミさんが入院して右往左往した自分自身を思い浮かべた次第。

 健康には気を付けましょうね、とはいっても、突然病魔に襲われたとき、やはり周囲に支えられて人は生きていくものなんですね。

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1月お仕事&読書日記

1月14日。
大寒波がやってきた翌日。
小正月の民俗行事を見学しようと目論んでいたが、実家の老母から「水道凍った」という連絡。
業者に任せるより自分がやった方が早い。
実家の窓から隣家との隙間に入り込み、上水道に巻かれた保温材の撤去、解凍、さらに再凍結しないように保温材の設置。
部材が無いので開店時間早々にホームセンターに行くと、前日からもう凍結が進んでいたのか、保温テープ(スポンジ状のテープ)だけが完全売り切れ。
業者向けの店を廻り、ようやく入手。
それから実家にもどり、上水道管に凍結防止の措置をとる。
こうして休日はおわる。

1月某日
現場作業でトラブル多発、PCもアクセスせずに寝る日々が続く。

1月某日
現場が一段落したところで読書再開。
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番組ば視聴できなかったが、中国共産党の犬NHKの『100分de名著 ソラリス スタニスワフ・レム』をゆっくり読む。
タルコフスキーの映画も好きなのだが、浅学な私の知らない解釈を知ることが出来た。

1月某日
世間では新版「広辞苑」のニュース。
私が所有している広辞苑は1976年発行の第二版補訂版。
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通っていた小学校に「長岡賞」という、スポーツまたは学業・生徒会でそれなりに活躍した者に贈られる賞があった。
私は小学校の生徒会で役員をしていたため、ちゃっかり長岡賞をもらうことができた。その副賞が「広辞苑」だったのだ。みたこともない巨大な国語辞典に、当時小学生だった私は日本語の奥深さを知ることになる。

とはいえ、普段使っていたのは角川のハンディな国語辞典。最近はネットに頼り切りだ。
広辞苑を使った機会といえば、池田常道氏によるラインホルト・メスナーの解説において不必要に使う難解な哲学用語を調べるのに使ったくらいか。

最近の「広辞苑に◎◎が載りました」という報道の在り方には疑問を抱いている。
流行廃りのある言葉などはそれこそネットに任せればよい。
国語辞典はやはり、日本語の奥深さを知るきっかけであってほしい。

1月某日。
JR東日本の電車内で、妊婦さんが無事出産されたというニュース。
我が家でもカミさん、娘とともにニュース番組をみながら「看護助手さん隣に載ってたんだって~」と盛り上がる。

そこで私の蔵書を探る。
私が持っているアメリカの救急法の訳書『イラスト救急処置マニュアル』(原題{「First Aid Manual」 大塚敏文訳 南江堂 94年出版)という本。
この本、日本の救急法の書籍と異なり、なんと「緊急出産」の解説までイラスト付きで載っている。
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素人が分娩という医療行為に関わることは危険きわまりないだろうし、実際にそんな場面に出くわした場合は医療機関への迅速な連絡が最優先されるべきなのだろうが、出産のやり方まで掲載されていることに、日本とアメリカの救急法の違いをみる思い。

東日本大震災クラスの災害で、やはり妊婦さんが産気づいて・・・というエピソードは聞きますので、今回のニュースを見てあらためて同書を読み直してみた次第。

1月某日。
会員として所属している日本野外教育学会から、会員向けに書籍が送られてきた。
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『野外教育学研究法』

野外教育に関する論文・研究を進めるうえでのノウハウ・考え方をまとめた書籍である。
類書として、1998年にやはり日本野外教育学会が出版した『自然体験活動の報告書レポート・論文のまとめ方』という本も持っているのだが、こちらの内容は「報告書・論文・レポートの違い、まとめ方」から始まる、どちらかというと学部生向けの内容。この本の内容をさらに進化させたのが、今回の『野外教育学研究法』といえる。

野外教育学研究でネックになるのが、野外教育・野外活動の成果を調査するにあたって、目に見えない・数値化しにくい子供達の「心」、「成長」をなんらかの形にして調査しなければならないという点。
さらに、研究成果において「自然体験は教育的にとても良い」という結果が導かれるが、野外教育の「何が」「なぜ」効果をあらわすのか明らかにされず結果だけが重視される傾向にあり、意外にも人文科学系アプローチがまだ不十分であるという。 私のような末端で活動する者に何ができて何が得られるのか、今一度考えたい。

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介護日記 ~2013年11月

【食事前後の方はこの記事飛ばして下さい】

10月×日、夜
 仙台で現場作業を終え、爺の病室へ。
 ちょうど紙おむつを交換中。
 もともと便秘気味だったこともあり、下剤を使用したところ、液状の便が頻発するらしい。
 まだ「塊」が腸内にあるようで、男性・女性の看護士ペアで対処。
 男性看護士はビニール手袋をはめ、指で「それ」をかきだす。
 老いた爺の現実を突きつけられる。

 老人介護の現実は、我が家にとって2度目の事である。
 初めての介護は私が小学生の時、祖父が痴呆の症状を示し始めた頃。主に母が対処した。
 正直な告白をすれば、下の世話を目の当たりにして戸惑う自分がいる。
 一方、「仕事ですから」と、笑顔で対処する男性看護士。
 
 親子の情って、なんだろう。

 
10月×日、現場作業休みの日
 平日は母・姉に付き添いしてもらっているので、それ以外の日(私の山行日を除く)はなるべく私が付き添いを担う。 
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 病室から見えるのは、曇り空。

10月×日、休日
 本日は昼に姉と交代。
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 帰路、実家に立ち寄る。
 近所のシロシキブを眺める。最近は花を愛でる余裕も無いことに、今さらながら気が付く。

11月×日、連休前
 週末、本日も仙台の現場作業を終えてから病院直行。
 数日前まで私の顔を見るなり「お前、さぶろうだべ?」と息子の存在も認識できない様子だったが、ようやく家族の顔は認識できるようになる。ただし、コミュニケーションには程遠い状態。
 ここ数日、なにやらよくしゃべる。
 「ひとりでやまさいぐなよっ!」
 (共通語訳:1人で山に行くんじゃないよっ!)

 けっ、つまんねえことは意識が正常になるらしい。


11月×日、文化の日連休
 病院からの帰路、実家に立ち寄る。
 実家周辺の家屋が次々と取り壊されている。
 私が幼かった頃の風景が少しずつ消えていく。

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 山形市営グラウンドの今。
 いつのまにか、解体工事が始まっている。
 小学生の頃、携帯ゲーム機なんて無かった頃。
 このグラウンドは誰でも出入り自由だった。冬は学校帰りの小学生たちが、プラスチック製の安価な「ミニスキー」(長靴に装着する、短身のスキー)で滑る遊び場だった。
 人間も、建物も、老いて消えていく。

11月×日、息子と朝日少年自然の家行事参加
 朝、車に荷物を積み込む。
 フロントガラスが、
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 しっかり凍っている。
 冬は近い。
 自然の家行事から帰り、疲れ切った息子を家に運び、私も仮眠をとってから病院へ。

11月×日、公休
 公休を取り、平日の病院。
 朝っぱらから、実母から「干し柿吊し」を頼まれる。
 しかも農業用コンテナ3箱分。
 セックスと金欲に彩られた大都会・東京に住むアウトドアライター君にはご理解できないでしょうが、地方都市に住む「長男」はこき使われる。
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 晩秋の情緒に浸る心の余裕も無く、さっさと吊し終え、それから車のタイヤ交換。
 「乾いた道路でのスタッドレスタイヤ走行は避けましょう」とか、どこのおぼっちゃんが書いているか知りませんが、ここ雪国では峠越えの機会がある仕事や生活の必要上、早めのタイヤ交換が必要。
 しかも私の性格なみに暗い雲が漂い、雪が降るのは時間の問題。
 冬タイヤに替え、GSでタイヤの空気圧チェックとエア充填を済ませ、病院へ。

 本日は市役所から担当者が来て「介護認定」の予定。
 定刻、担当者である綺麗なお姉さんが来訪。
 爺の会話能力、日常生活の支障程度、病歴などを確認、私と実母から爺の現状について聞き取り。それで「介護認定」作業終了。
 爺の介護生活も、新たなステージに進む・・・・かどうか。
 所用のため、午後は実母に爺を任せ病院を出る。

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 山下達郎の曲ではないが、激しい雨は雪に変わっていた。

 午後は自宅の固定電話で保険屋さんに電話かけまくり。所属するガイド団体の会員と保険談義になり、私自身も勉強のため、不明点を確認。こういうのは、やはり平日休みでないとできない。
 iphoneを買い換え、LTEにしてしまったおかげで無料通話分が無くなり、時間のかかる「問い合わせ」にはiphoneは電話代が気になり使いづらい。音声通話料が安い某社に寝返ろうか画策中。

 夕方、体調管理も兼ねている心療内科で
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 今年は早めにインフル予防接種を済ませる。
 身体が資本の土木作業員&山岳ガイド、予防接種は毎年必須。
 そして夜、実母を迎えに病院へ。

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