休息

5月某日。

高気圧の影響で、山形市内ではポカポカ陽気といわれていた頃・・・

私は某連峰の山中で、冷たい雨と風にさらされていた。
ほんの数メートル先も見えない濃いガスの中、たっぷりの積雪に埋もれた樹林帯の中で、登山ルートを探しまわっていた。
マイナーな山域であることにくわえ、甚大な被害を引き起こした、先日の台風並みの低気圧のおかげで、倒木があちこち道をふさいでいた。そこに今年の大雪による残雪である。

夏道をイメージし、ぐるりと残雪のまわりを周回し、踏み跡を探し続ける。
ようやく夏道をみつけ、前進。
そしてまた、たっぷりの残雪につきあたる。
コンパスと、地図と、夏道の記憶、そして勘も総動員してルートを見つけ出す。

ガイド山行の下見は、私にとっては『仕事』の一つである。
なんの感慨も無く頂を踏み、下降路を確かめながら下山。

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下山途中、ガスに包まれたブナの若木の樹林帯に、少し心休まる一時を過ごす。


5月某日。
前回の山行とはうってかわって快晴。
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東北の山の上はまだ雪の世界なれど、アプローチの林道は初夏。
カエルも恋の季節か、婚活の仁義無き戦いの世界か。

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清渓川(チョンゲチョン) 新生「河川」の現実

 先の社員旅行で訪れたソウルで、知人との再会とともに狙っていたのが、ソウル中心部を流れる清渓川(チョンゲチョン)の視察。
 
 清渓川は1950年代から暗渠化がほどこされ、韓国の経済成長にともない1970年代には高架の高速道路の下を流れるドブ川と化した。メタンガスが発生するほどに水質は悪化、現実に爆発事故が起こり、当時の在韓米軍は清渓川を渡る橋を通過しないよう指示を出していたほどである。

 2002年。
 ソウル市長選挙において2人の有力候補が登場した。
 清渓川「復元事業」は必然であり、それがソウル都心の経済発展につながると主張するイ・ミョンバク。
 復元事業で高速道路を撤去すれば流通および周辺地域での経済損失が大であり、復元事業の予算を教育・育児・他の汚染問題に配分すべきと主張するキム・ミンソク。
 そして市民はイ・ミョンバク、後の韓国大統領であるその人を選んだ。

 清渓川「復元」事業の最大の特徴は、既存の高速道路を撤去して新たな親水河川公園が開発されたという点にある。
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左より施工前の清渓川高速道、施工中、そして右側画像が施工後の清渓川

 逸話はさておき、私が今回実際に目にした清渓川の様子を紹介したい。
 清渓川は延長6km、その設計思想において上流から「歴史・文化空間」、「遊び・教育空間」、「自然・生態空間」の3パートに分けられる。
 今回は社員旅行の明洞フリータイムを利用して、上流部の「歴史・文化空間」を歩いてみた。

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広通橋(カンドンギョ)付近から望む清渓川

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 清渓川の「源流部」。
 本来の清渓川は季節により水無川となる河川であったが、親水公園として日量12万トンの水が流下するよう設計されている。
 水源は漢江(ハンガン)の水を清渓川専用の浄水場からポンプアップして流下する9万8千トン、さらにソウル市内を走る地下鉄駅の湧水2万2千トンによってまかなわれている。

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湾曲した8種類の石を組み合わせた「八石潭」。
朝鮮半島統一を祈願して南北合わせた8地域をモチーフにした空間である。
植生については後述するが、清渓川上流部は高層ビルも多く日照不良のため草木は少なく完全な水路状である。

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橋桁脇を通るトンネルに設けられた光源。
壁に斜線の切り込みを入れ、その中に照明を埋め込んだデザイン。

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暗渠が取り壊されて発掘・復活した、広通橋の橋脚。

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 この清渓川「復元」に関しては、特に日本のダム反対派など自然保護関係者に大きな関心を呼び起こしたが、誤解されている点もある。
 それは清渓川は、古くから人の手が加えられてマネジメントされてきた河川ということだ。
 清渓川の本質を知るためにはソウルという都市の成り立ちから理解する必要があるのだが、ここでは詳細は省く。
 ソウルはもともと人口約10万人を収容できる都市として14世紀末に建設された計画都市である。そこに無秩序に人口流入が続き、清渓川沿いは貧民層の居住地となり、都市の排水溝としての役割を果たしてきた。1411年には既に河川改修が行われた記録があり、1760年には全面的な浚渫作業が、河川沿いの家屋の多くを撤去して実施された。
 上記画像の「庚辰」とはその1760年を指す。「庚辰地平」とあり下のラインが示しているのは、当時浚渫された河床位置である。

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広通橋の橋脚に残る神将の彫刻。
 石橋として広通橋を建立した当時の権力者が、王位継承を争ったライバルの墓陵の石材を流用し、人々の足で踏まれるようにした、と言い伝えられている。
 今回写真に納めることは出来なかったが、故意に逆さに積み上げた神将の石材もある。
 権力者達の人間関係がかいま見える場所でもある。

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橋桁下部の空間は写真ギャラリーとして有効活用されている。

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再生された清渓川は、周辺の地下水との涵養・供給が全く無い、完全な水路である。
そのような河川で生態系はどうなっているのか?
上流部では意外にも多くの魚影がみられた。資料ではフナ・ハヤが生息、産卵場所にも配慮されているという。

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草木に乏しい清渓川上流部に咲いていた花。名称不明。

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同じく清渓川上流部に生えるネコヤナギ。
設計・建設段階において、ツルヨシ、オギ、ネコヤナギが大量に植栽された。

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河川中に設置されたネット。植生保持を目的としたものと思われる。
実際に清渓川のほとりを歩いて気が付くことだが、河床の段差から生じる水の流れの音は、適度に車の騒音を消してくれる。

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前述のように清渓川は完全に密閉された水路であるため、水辺に降りるには階段を利用する。
洪水時を想定してステップ間に空間が設けられているが、設置当初はここから女性のスカートが覗かれるとして問題視され、踏み板の配置に改良が加えられたという。


◎清渓川の問題点
 日本のマスコミや「公共事業憎し」一色の盲信的な自然保護団体関係者からは大歓迎された清渓川の再開発事業であるが、問題点もある。
 それは河川の水質が不安定なことだ。
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 画像の滝のような施設は、正式名称「ウォーター・スクリーン」である。毎時500トンの水が流されている。
 この施設の設置目的は、下水道からの「悪臭防止」だ。
 私がこの付近にさしかかると、悪臭とまではいわないが、デパートで清掃したばかりのトイレのような、少々鼻を突く臭いがする。
 洪水発生時には、ここから排水が排出される仕組みになっている。

 ソウル市内の下水道はその約9割が「合流方式」、すなわち単一の管路で汚水と雨水を流す方式がとられている。イニシャルコストが低いというメリットがある反面、局地的な豪雨など大量の雨水が流入した場合、水質処理されていない汚水が他の水系に流出する欠点がある。
 (ちなみに日本では昭和40年代以降、汚水と雨水は別に流す分流方式が採用されている)
 再開発された清渓川の地下には、これら汚水対策として周辺地域の計画時間最大汚水量の三倍(具体的には日量195万トン)を処理できる暗渠が埋設されている。
 しかし下水管系統に問題があるとされ、昨年(2011年)、当局の水質検査で清渓川において水質基準の20~50倍を超す大腸菌群が検出され、市議会で問題となった。


 今回私が訪れたのは清渓川でも都心に位置する上流部である。特に植生に富む下流の「自然・生態空間」は残念ながら見学できなかったが、貧弱な植生と生態系から、まだ自然河川と呼ぶにはほど遠いという評価もある。

 私は土木作業員なので、むしろ公共事業の一例として非常に興味深く清渓川を拝見した。
 この再開発にあたっては、当時の清渓川沿いで商売していた1000軒以上といわれる露天商や事業者の大反対にあうこととなる。
 これに対してイ・ミョンバク率いる行政側は東大門の陸上競技場・サッカー場をまるまる駐車場・商業スペースとして提供するという「離れ業」を実行した。さらに地権者対応チームを一日に何度も清渓川に巡回させ、地権者と顔見知りになり説得を進め、再開発地でのシャトルバス運行、金融支援、果ては事業者の子供への奨学金など細かい対応で再開発事業を進めていく。

 この再開発に対してはイ・ミョンバクの政争の道具に利用されたとの批判もあるが、そういった方には休日の清渓川を実際に見ていただきたい。多くの家族連れや人々が憩う姿に、親水公園としての存在を否定することはできないはずである。
 現実として数々の問題点を抱える再開発ではあるが、多くの人々が水に親しむ光景に、「公共の利益」とはなにか、を考えさせられる。

 日本から韓国を訪れるクライマー、登山者は年々増えている。
 インスボン登って焼き肉喰って、買い物楽しんで帰国するのもおおいに結構だ。
 もし時間に少し余裕があれば、明洞からほど近い清渓川もぜひ訪れて欲しい。
 山という自然を愛する人であれば、暗渠の中から新生した河川もぜひ見ていただきたい。
 それが無機質な人工河川と見えるか、これから生まれ変わる再生の河川とみえるかは人それぞれであろう。
 高速道路の撤去そして河川の整備という、日本には未だ無い人と自然との関わりの形態として、注目すべきモデルケースであると私は思う。


参考文献
 都市史研究会 編著 「年報都市史研究9」 山川出版社
 朴 賛弼 著 「ソウル清渓川 再生 歴史と環境都市への挑戦」 鹿島出版会
 谷口真人・吉越昭久・金子慎治編著 「アジアの都市と水環境」 古今書院 

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顔合わせ

山形県朝日少年自然の家の『サポーターの集い』(PDFファイル)に日帰り参加。

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「ワンウェイ・コミュニケーション」の演習。
ある図形の組み合わせを言葉だけで説明し、その説明をもとに皆が図形を描いていく。
最初は質問は一切ナシ、任意に選ばれたメンバーの説明を聞くだけで、図形を描かなければならない。

続いて、質問・確認ありで、おなじく言葉だけの説明で図形を描いていく。

図形の説明役は、自然の家研修担当の前任者である「しゅうちゃん」なのだが、さすが教職員だけあって説明が巧い。
私はいずれも設定された図形とほぼ同じ形を描けたが、それは私の洞察力はまったく関係なく、「しゅうちゃん」の説明の巧さによる。
 本来は「質問・確認する」→一方通行ではなくお互いに言葉をやりとりしながら物事を進めていくことの重要性を認識する演習なのだが、私にとっては言葉で説明することの可能性と誤解を招く危険をより感じた演習でした。
 その他、講義事項は私のおべんきょうなので、ひ・み・つ。

 今年の野外実習は燻製作り。
 山辺町の樋口さんの御指導のもと、一人1尾、ニジマスをあずけられ、さばいて燻製作りにチャレンジ。
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自然の家のある大江町、日陰にはまだ残雪がいっぱい。

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敷地の片隅には、イワナシがひっそりと咲いていました。

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本来はもっと時間をかけるところなのですが、扇風機&電熱器によりスピード作成。
いい色に仕上がりました。

さて、今年は子供達とどんな出会いがあるでしょうか。

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再 会

 今回のソウル行は完全な社員旅行なわけだが、フリータイムはもちろん山友達との再会に利用する。
 出発前、お世話になっている申さんに電話を入れてみると、その週は出張で来日中だという。

 あちゃ~と思っていると、「大滝が韓国に来るなら帰国早める」とおっしゃる。
 私はそこまでの人間ではないわけで、電話口で再会を躊躇していると、
 「せっかくですから、会いましょうよ。」という申さんの声に背中を押され、ソウルでの再会を約束。

 ソウル到着二日目の夜。
 会社のみんなは何やら名物らしいカニ料理を求めてソウルの街中に消え、私は単独行動をとらせてもらう。
 待ち合わせは私の滞在ホテル前。
 ソウルの南、水原(スウォン)から来るはずの申さん、いつものコンパクトカーで来るのかと思いきや、なんとタクシーで到着。
 え~スウォンからタクシーっていくらかかるの~!
 とビックリしていると、タクシーの運転席から降りてきたのは、インスボンで申さん、私と一緒に登った高所クライマーのユーさん。
 申さん、そしてユーさんと、久しぶりの再会。

 時間は遅いけれど、どこか行きたい所ありますか?と聞かれたので遠慮無く清渓川(チョンゲチョン)、そして韓国ブランドの登山用品店に行きたいと答える。
 すっかり日が暮れた夜の清渓川をちょっと見学し、それからユーさんに連れられて登山用品店が連なる東大門の通りへ行く。
 それから、道の中央に屋台がずらーっと並ぶことで知られる広蔵市場に直行。

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 日本人観光客は南大門、東大門に集中するのだろう、広蔵市場は日本語表記も少なく、韓国に来た実感が沸く。人混みの中、申さん、ユーさんに連れられ、細い路地の食堂へ。
 この狭さ、この人の多さ、火事で焼ける前の新宿「しょんべん横町」を思い出す。

 日本では食べられない、ユッケとユッケビビンバを御馳走になる。
 酒は、韓国では「とりあえずビール」などという準備運動は無い。最初から焼酎をストレートで飲むのが韓国式。
 申さんは店のおばちゃんが持ってきた焼酎の瓶を振り、瓶の底をポンと肘で叩く。
 私の熱い視線に気が付いたのか、申さんいわく、
 「あ、これは焼酎のコマーシャルでやってるんです。」
 そして焼酎瓶に貼ってある女性モデルのシールを丁寧にはがし、焼酎で濡らして、
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私のグラスの底に貼って差し出してくれた。
 ユーさん曰く(高所クライマーで遠征経験のあるユーさんとは英語で話す)、
 「She is korean sexy singer.」

 sexy が気になったのでyoutubeで探すと、なるほど、焼酎の瓶振ってますね。
 sexy singerは、韓国芸能界で登山好きとして有名なイ・ヒョリ。

 ここで飯をすませ、再び広蔵市場の大通りへ。
 タクシー運転業務のあるユーさんとはここでお別れ。
 引き続き、広蔵市場名物の屋台村で申さんと飲むことにする。

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ちょっと空いたテーブルに座り、スンデを食べながら飲む。

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スンデ。豚の腸に豚の血、餅米を入れて蒸したもの。こってりしていて旨い。

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こんな濃厚な光景を前に、二人で飲み、話す。

 申さんは大きな山岳団体の役職を離れ、クライミングのインストラクターの資格を取得した。
 韓国でのクライミング・インストラクターの資格は2種類あり、クライミングのナショナルチームに関わるような高度な指導者、健康維持など生活密着型・レクレーションとしてのクライミングをフォローする指導者があるらしいのだが、申さんはどちらも取得したという。
 本人曰く、「運動生理学などを学びたかった」とのこと。
 私がかつて放送大学大学院で学んだような内容らしいが、マークシート試験で済む放大の試験とは異なり、申さんは一回りも年齢が若い体育系大学の学生らにまじり、口頭試問も突破して資格を取得したという。控えめな物言いの申さんが「とても大変でした」というからには、相当過酷な取得過程なのだろう。

 申さんがどこかに電話をかけている。
 久しぶりにソウルに来たので、後輩を呼んだという。
 5.14を目指し、二ヶ月スペインに遠征していたクライマーらしい。
 少し遅れて、申さんの後輩到着。
 5.14目指すだけあって精悍な顔つきの彼は、残念ながらスペインでの二ヶ月間、5.14を登ることができなかったのだという。韓国の山岳雑誌・月刊「山」の表紙を飾ったこともあるそうだ。

 広蔵市場から、少し離れたドイツビール専門店に3人で移動。
 ここでビールを飲みながら、クライミング話。
 寡黙な彼の話は、申さんが時折通訳してくれる。40歳前に5.14は登りたい。今年こそは必ず登る、とはにかんだような表情をあまり変えず、淡々と語る。
 真摯に日本でクライミングをやっている方には申し訳ないが、私にとって韓国のクライミングといえば「キム・ジャインちゃんかわゆいheart」くらいの知識しかない。なぜ遠征先にスペインを選んだのか尋ねたところ、韓国国内の高難度グレードの岩場を登ってもなかなか認めてもらえない、グレードが確立している海外の岩場に照準をあてたらしい。
 申さんも後輩と積もる話があるだろう、二人の邪魔をせず、私はビールのグラスをあけた。

 5.14を目指す彼に「ファイテン」と言葉をかけ、別れる。
 申さんとタクシーを拾い、私の宿があるイテウォン(梨泰院)に帰る。
 タクシーの中で、しきりに申さんは「もっと彼を支援できれば良かったんですが」と語る。大きな山岳組織の中で、やりたい事、やり残した事があったのだろうか。申さんの言葉に、後進の指導という切実な問題を、自分の身に置き換えて考えてみる。

 私の宿のある街、イテウォンは各国大使館や米軍基地があることから、非常に外国人が多い街だ。
 街の中心部は、夜になれば外国人の多い歓楽街となる。 
 アメリカンバーで申さんともう一杯ひっかけることにする。

 やかましいアメリカンロック、蔓延するタバコの煙、煙の向こうにビリヤード台があり、白人のおっさんと、胸を強調するピチピチTシャツ着た韓国人のおねえさんが勝負している。
 そんなバーの片隅で、申さんとまたまたビールを飲み、昔話。
 「お互い白髪増えましたねー」というおっさん話から、雪岳山一緒に登った時もビール飲んでましたね、というバカ話まで。それから申さんが初めて日本を訪れたときのエピソード。
 
 週末の夜、ソウルのタクシーは大忙しだ。
 遠いスウォンまで申さんを運んでくれるタクシーはなかなか見つからなかった。 
 日付が変わる頃、十数台にシカトされた末、ようやくタクシーをつかまえ、申さんとお別れ。

 申さんを送ってきてくれたユーさんは、タクシードライバーをしながら今度はアラスカの山を目指している。
 申さんの後輩氏は、建設関係の仕事をしながら今年こそ5.14を登る、と真剣なまなざしで語っていた。
 そして申さんは、相変わらず日本出張が多い企業で要職にありながら、コンペ開催などにたずさわり、後進の指導に力を入れている。

 私が出会ったクライマーたちは、プロ・アマというカテゴライズなど関係なく、人生の一部としてクライミングを続け、目標に向けて邁進している。
 山に登らずして、得るものの多い出会いだった。

 山に登らずして、とはいうものの、申さんからは「今度はシューズにハーネス持って、韓国来て下さいね」と4回くらい言われた(笑)。もちろん、韓国で登りたい山のめどはつけてある。また近いうちに、この熱いクライマー達が住む国を訪れることになろう。

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阿武隈山地、岩岳にて。

総会の翌日、国民宿舎あぶくま荘からほど近い岩岳にて研修。

登山口から、春まだ浅い山道を歩く。
「今シーズン初めて、土の上を歩くよなあ」
月山でお世話になっているガイドのMさんはしみじみと言う。
つい先日も月山にはごっそり降雪があったそうな。
春が待ち遠しい、我々東北人の実感がこもった言葉だ。

岩岳特有だろうか、あちこちに岩が露出し、まだ若芽も成長しきらぬ林は日光がよく差し込む。
阿武隈山地はなにより、私が住む東北の日本海側に比べ、天候に恵まれている。

研修内容はショートロープ、ロープのフィックス。
将来有望な若手新人会員を迎え、ガイド検定をなぞりながらの研修内容となる。
下手くそなロープ操作に自分でも嫌になりながら、岩岳山頂を越える。
登山道からの景観は、冷たい風に吹かれる苦痛を補って余りある素晴らしさだ。

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普段から単独行動の多い私、ガイド仲間と一緒に歩いているだけで、なんとなくほっとする。
ガイド中は、たとえお客様が十何人いようと、「ガイドの孤独」を感じることがある。

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下山した登山口わきを流れる沢。
その水面に反射する日の光に、とてもいやされる。

放射線量という目をそらしてはならない現実がある一方、その現実を一瞬忘れさせてくれる、岩岳の短くも素晴らしい山容だった。

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人は見た目によらない

4月7日、宮城県丸森町の国民宿舎あぶくま荘にて、所属ガイド団体の総会。
議事もおわり、宴会場で食事&飲み会。

トイレのため中座。
廊下の曲がり角のテーブルで談笑しているおじさん3人組のそばを通り過ぎ、トイレへ行き、会場に戻る。
入れ替わりに、続けてトイレに行って帰ってきた、事務局の仙道さんから、

「さっきロビーにいた3人組のおじさんから、「なんの団体ですか?」って聞かれたんだけどね、なんか
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が出てきたからって言われたんだけど、それって大滝君のことだよね?」

いやそりゃ普段はVシネの竹内力みたいな態度で山歩いているけどさ、イノシシに勝てる自信はありません。

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福島県の山開き 会津朝日岳と浅草岳は豪雨被害により中止

 南会津で人気の高い会津朝日岳、浅草岳ですが、昨夏の豪雨被害により登山口への道路復旧が間に合わず、今年の山開き中止が決まりました。

豪雨災害で山開き見送りへ 会津朝日岳と浅草岳 by 福島民報2012.4.1

険しい山容で知られる蒲生岳は6月に山開き開催予定とのことです。

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福島県の山開き~放射線量の影響について

そろそろ「山開き」というキーワードで当ブログを訪問くださる方が多い季節となりました。

先の原発事故に伴う放射線量から、福島県内では山開き行事を中止にする山があります。
なお 登 山 を 規 制 す る も の で は な い ということにご留意ください。

山開き断念相次ぐ 県内、高線量理由に by 福島民報 2012.4.6

以下一部記事引用開始
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■登山は規制せず

 放射線量を理由に山開きイベントを中止したのは、鬼ケ城山、羽山の他、二本松、田村、川俣、浪江、葛尾5市町村にまたがる日山、伊達市の霊山、川俣町の長寿山・太郎坊山と福沢羽山、花塚山、口太山、高太石山、桑折町の半田山。
 鬼ケ城山は、麓の駐車場や登山口付近などは高圧洗浄機を使い除染したが、登山道の大部分は手付かずで、高い地点では毎時1.5マイクロシーベルトあるという。家族連れの登山客が多いことを考慮し中止した。登山自体は規制しておらず、管理する「いわきの里鬼ケ城」の担当者は「登山客から問い合わせがあれば、放射線量の測定結果を伝えたい」と話す。
 日山は原発事故に伴う避難区域にまたがることから山開きを断念した。
 県内ではこの他、震災や水害で被害を受けた山林などの復旧が完了していないことから山開きイベントをしない所もある。

■試金石

 15日に山開きイベントを実施する川俣町の女神山では、地元有志でつくる「女神山を愛する会」のメンバーが登山道の草木の刈り払いなどをしてハイカーを待っている。今年はいつもの作業に放射線量測定が加わり、雪解け前から数回に分け、登山道5、6カ所で測定した。
 数値が高い所でも、毎時0.5マイクロシーベルトほどだが、例年、登山客に配っている登山マップに放射線量を記載する予定。蓮沼昇会長(78)は「山林内の放射線量が高いのではないかと心配する声が登山客から寄せられている。実際の数値を知り、安心して登山してほしい」と話す。
 県北地方と比べて放射線量が低い会津地方でも測定の動きが広がっている。檜枝岐村は、田代山・帝釈山の登山口や、会津駒ケ岳の登山道で毎日、空間放射線量を測定して結果をホームページで公表する取り組みを今月中にも始める。担当者は「県外から見れば同じ福島県。昨年は関西地方からの客足がほとんど途絶えた」と嘆く。
 天栄村の二岐山でも線量を測定する計画だ。山開きを担当する村生涯学習課の根本容作係長(50)は「春には観光シーズンが本格化する。どう風評被害を払拭(ふっしょく)して登山客の入り込みを確保するかが、村の観光の今後を占う試金石になる。山開きを観光客の呼び水にしたい」と言葉に力を込めた。
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以上引用おわり

福島・宮城にまたがる阿武隈山地やいわき地方には、魅力的な山々が連なっています。
東北マウンテンガイドネットワークでお世話になっている佐藤一夫ガイドが同山域を中心に、登山ルートにおける積極的な放射線量調査を行っています。
同山域におでかけをお考えの方、ご参考にして下さい。

参考サイト
登山ガイド事務所「とうほくトレッキング」BLOG

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ある日突然、自然公園指導員。

金沢から帰ってみると、環境省から分厚い大型封筒が届いていた。

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今シーズンから、自然公園指導員やれという通知。(無報酬のボラです)

自然公園指導員って、高山植物つみ取ってるババアとかデジカメかかえて道外れて草原に踏み入るジジイとかを

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ハリー・キャラハンみたいにぶちのめしたり、

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飛葉ちゃんみたいに蜂の巣にしたり、

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仕事人みたいに斬り捨てたりはできないらしい。

任務はあくまでも、「指導と助言」。

でも最近、山で注意すると逆ギレするキチガイとかいるんだよね(経験者語る)
おだやかーにやんわりと、大人の対応しながら、勤めたいと思います。

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ふるさとは遠きにありて思ふもの

ふるさとは遠きにありて思ふもの (室生犀星)

かつて現役学生時代、共に8000m峰に赴いた三人組。
今。
8000m14座を目指す登山家、8000m峰にクライアントを導き活躍中の国際ガイド、そして下っ端土木作業員の私。

国際ガイドとして活躍中の平岡君のブログを拝読して、はっとさせられた。

蔵王は、すごいです。山は雄大だし、雪は軽いし、キャットも使えるし、温泉も良いし、良いことばっかりです。

彼がお世辞を言うような人間でないことはよく知っている。
なにより、クライマーとしてガイドとして、日本国内はもちろん、世界の山々を登ってきた彼が蔵王を「雄大」と形容していることに考えさせられた。

地元に住んでいる私はガイドを名乗りながら、実は蔵王の真の魅力に気が付いていないのではないか?

山形に戻ったら、もっと蔵王に通ってみよう。

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