山形日記 2017年3月

3月×日
 一時帰郷の期間、野暮用は続く。
 本日は会社の健康診断。
  
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やべえ、沖縄出張中にコンビニパンの食い過ぎでしょうか、身体が ↑ こうです。

3月×日
 会社から休みをいただき、実母の白内障の手術立ち会い・付き添い。
  
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 眼科って、待合室に雑誌・新聞無いんですね。今さら気がついたけど。
 あらためて実母の「老い」を思い知る。

3月×日
 北朝鮮のミサイルが降ろうと、職場でのお菓子試食は忘れません。
 親方がアメリカ南部出張から戻り、事務室のテーブルは
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 お土産のアメリカチックな甘ったるいお菓子でいっぱい。

 その中で絶賛されたのが、
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Sweet taste of Texas の、キャラメルがけのクルミ菓子。
クルミといっても揚げてあるのか、かなりクリスピーな食感でサクサク、表面のキャラメルもアメリカ菓子らしくない控えめな甘さ。
 美味い! 現地を訪れる日本人にも評判いいらしく、ネットで取り寄せる人も多いらしい。

3月11日
 朝、自宅で面倒をみていた実母を実家に送る。
 10時から息子の通院に付き添い。出張の多い身、せめて山形にいる間は子供のそばにいたい。
 とはいえ、ガイドとして某団体様より初心者向けの山域の推薦を依頼されている。
 実母を送り、10時までのわずかな間・隙間時間を利用して近所の里山のアプローチ道を偵察。
 
 息子の通院付き添いがおわった後、地図・資料を携えて山形市・天童市周辺の里山・低山3座の入山口の確認のため車で走り回る。
 いずれも登山経験のある山だが、団体様の大型バスが入れるか等々アプローチ道をあらためて確認。

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昼食を喰う時間も惜しいので、ボー・ションドブレ でホットドッグを買い、喰いながら山道を運転。
 こんな地味な作業も、ガイド業の内。

 山形市西端の山道を走っていると、

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昨晩の雪でうっすらと雪化粧した、我が故郷・山形盆地が一望できた。
ここが自分の故郷なんだなあ、と眺める。

 登山口の偵察が終わった後、沖縄でお世話になっている方々へのお土産を買いそろえるため、山形県観光物産会館へ。
 品物を物色していると、館内放送で
『東日本大震災発生の時刻が近づいて参りました。黙祷に御協力下さい。黙祷。』というアナウンス。
県外者も大勢訪れているだろう館内、アナウンスとともに皆立ち止まり、館内BGMも止まり、皆が黙祷を捧げる。

ああ、やはり東日本大震災は、人々皆の共通体験なのだ、と思う。

 買い物もおわり、自宅で10分ほど仮眠をとった後、実母、家族を連れて某回転寿司へ。
 移動途中、スマホが鳴る。
 沖縄業務の元請け担当者様から、来週の業務内容と道具についての連絡。
 某回転寿司屋、息子はラーメン、娘はエビ天ぷら、私はカレーを喰う。いったい何しに寿司屋に来ているのか?
 実母を実家に帰し、家族を自宅に帰し、私一人、夜の会社に出勤。
 さきほど電話連絡をうけ沖縄で使う予定の、追加の道具を取り出し、ようやく自宅に戻ったのが夜8時。

 さすらいの作業員、明日から再び沖縄に向かう。

今年もまた

一時帰宅。
不良社員の私に仕事など溜まっている訳もないが、会社の健康診断、会社から支給される安全靴の試着、沖縄業務での精算や総務との金銭のやりとり等々・・・やたらと野暮用が続く。

ふと気がつけばもう3月。
毎年恒例、

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4月始まりのビジネス手帳の購入。

ちょっと変化を求めて、書店の店頭に並んであるいろいろな会社の手帳・ビジネスダイアリーを閲覧する。
今年から発売されたらしい、ガントチャート・月間予定表に特化したダイゴーの『プロジェクトダイアリー』がとても魅力的だったのだが、いろいろ考えた末、やはり二ヶ月分のガントチャートが一覧できる、毎年使用している能率手帳A5版を購入。

月間カレンダーを掲載している手帳が多いが、現場作業員と山岳ガイドの時間軸を生きる私には、一目で二ヶ月分の予定が目視できる能率手帳のガントチャートが手放せない。
今年はどんな予定が書き込まれることやら。

ブナ雪原探検隊2017 2日目

朝。
いつものように、参加者よりも早く起床し、外に出て観天望気。

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気温マイナス7℃、放射冷却現象で駐車場の車は真っ白。
沖縄暮らしが続いたので、凍り付いた自分の車に一瞬戸惑う。

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 朝日少年自然の家からは、眼下に最上川・大江町の街並みが一望できるのだが、今朝は彼方の山並みまで雲海に覆われていた。
 自然の家の素晴らしいスタッフ、仲間と一緒に行動させていただき、私はあと幾度、こんな美しい景色を見ることができるのだろう。

朝食とパッキングを済ませ、バスで月山中腹・志津温泉へ移動。
本日のガイドは月山朝日ガイド協会・私のブナ林ガイドの師である横山さん。

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月山本峰は雲に隠れていたが、湯殿山がくっきり見える晴天。

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穏やかな天候の下、みんなで「一本ブナコース」を進む。

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ヤママユガの繭やウサギの糞・小便跡など「フィールドサイン」を観察したり、

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横山さんからブナ原生林の解説を聞きながら、今年も一本ブナに到着。

冷たい風が吹いているため、昼食は毎年利用しているピークではなく、少し下りた凹地に行く。
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今年も雪穴掘り。
自然の家スタッフの神保さん、サポ仲間のマロ、同じガイド仲間の細谷さんが汗だくで一生懸命掘る一方、私は上で掘られた雪ブロックを周辺に捨てる係。はっはっは。

3mまで掘り下げる。ゾンデ棒を刺してみると、積雪深は5.5m。
掘った穴は子供達に大人気。
みんなで集まる様子は、まさに昨日スライドショーで読み聞かせた『てぶくろ』そのまんま。

帰路、横山さんの指示で私がラッセルを引き受ける。
昼近くになり、好天で重くなった積雪をスノーシューで踏みつけて進む。
トレースの無い雪の斜面を進むと、一昨日までの沖縄の気候・風土を忘れ、やはり自分は雪国の人間だ、と思う。

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下山路は例年のようにキャットで圧雪されておらず、なかなか尻すべり遊びができませんでしたが、それでも斜面を見つけては滑って遊ぶ子供達。

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ブログラムも無事おわり、帰路の弓張平センターでは玉こんにゃくを振る舞ってくださいました。

玉こんにゃく食べた後の串を片付けるべく、自然の家の土屋所長が真っ先に自らビニール袋を調達してきて皆から串を集めている。ホスピタリティと行動力という点で、土屋所長にはいろいろ教えられる。

昨年の記事に書いたが、指定管理者制度が始まり従来のような活動ができるか不透明な状態だったが、良き仲間、スタッフの皆様のおかげでこうして今年も子供達と自然の中を歩くことが出来た。

『来年もまた来たい』
そんな子供達の一言が私にとって無形の報酬であり、子供達はもちろん保護者の方々にも自然の素晴らしさを体験してもらう。それが今の私にとってのガイド活動の動機付けである。

ブナ雪原探検隊2017 1日目

沖縄から戻った翌日、山形県朝日少年自然の家主催 『ブナ雪原探検隊』 にサポーター参加。

私が沖縄に行っている間、大雪に見舞われた山形だったが、3月に入るとやはり近年の暖冬であった。

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 小雨の中、スノーシューに慣れるための試し履きを兼ねて、自然の家周辺を散策。
 
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 散策後は雪を利用してアイスクリーム作り。
 
 今回私が担当する班は、宮城県から参加されたご家族(お父さん・お母さん・女の子)と、地元の男の子(小5)1名。
 男の子と同じ学校の子が他の班にいるため、班の中で彼が孤立したり他の班で遊びほうけてしまうことに気を配っていたが、ご家族参加のお母さんにも終始気を配っていただき、班としてまとまって行動できた。

 あいにくの雨、アイス製作は体育館の中で行ったが宮城からのご家族は初めての体験とのことで、女の子も大喜び。
 夜は翌日のブナ林訪問に備え、月山の四季・ブナ林のスライドショー。

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ウクライナの民話『てぶくろ』の読み聞かせから始まり、懐かしい昨年の月山夏山登山や秋のトレッキング企画が上映される。
 こうして第1日目はおわり。

 ここ数年、スタッフの寝床は広い和室をあてがわれていたが、今回は参加者と同じ、二段ベッドのある宿泊室。
 久々に自然の家の宿泊室にて横になる。
 沖縄出張の疲れもあり、懇親会も中座して眠りについた。

名護岳、再び。

日曜、快晴。
3年前の山行に続き、再び名護岳(345m)を目指す。

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名護城公園の寒緋桜も満開から散りかけ。
桜に月。

名護岳登山口になっている名護青少年の家事務室で、入山届と挨拶を済ませます。
下山したら下山届として名簿にチェックを入れるシステム。
名護青少年の家を経由しなくとも山頂にアプローチできる車道はありますが、万一の事態を考えれば青少年の家に立ち寄り入下山届を行うことをお勧めします。

2度目の登山、前回とは全く異なるコース取り、山と渓谷社分県登山ガイドにはないコースで山頂をめざします。
往路は名護岳南側・南展望台コースを登ります。

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分県登山ガイドに掲載されている「Aコース」に比べ、南展望台コースはあまり刈り払いされておらず、期待どおりワイルドな登山道が続く。

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シダと細竹が続く単調な植生の中で、突然現れた白い花。名前不明。

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リュウキュウイチゴが一輪咲いていました。

南展望台コースはポピュラーな「Aコース」に途中で合流。ここでひとやすみ。
本日の行動食は、
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沖縄の菓子「タンナファクルー」。
名称は製造元元祖の名前「玉那覇(タンナファ)」と色黒「イルクルー」からきているとか。
食感は本土の「みそパン」、味は黒糖味です。

合流点から前岳(前衛峰)を通過し、約20分ほどで頂上へ。
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木漏れ日の中、木々に囲まれた山頂稜線を歩きます。

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山頂の標識がみえてきました。
山の大小・季節を問わず、頂上間近の高揚感はいいですね。

誰もいない・誰も来ない山頂でコーヒーを飲みながら過ごします。

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前回は曇天とガスの中で登った名護岳。
今日は周囲の山と海が一望です。

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光の具合でよく映っていませんが、辺野古の海も見えます。

沖縄に住み着いて今日で一か月、基地問題だけでなく沖縄の戦跡についても考えさせられることが続きますが、これはまた改めて書きましょう。

下山路は名護岳北面に下り、やはり前回未踏の「沢コース」を下ります。

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白い花もあれば

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赤い花もあり。

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名護岳北面はトラロープがフィックスされた急傾斜。
注意しながら下り、少し車道を歩いて「沢コース」へ。
入口ではマングースが目の前を横切っていきました。

「沢コース」といっても沢を下るわけではなく、
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渓流沿いに整備された道が続き、ときおり流れを横断していきます。

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名護岳だけでなく名護城のあちこちでみかける大きな貝殻。
これはオカヤドカリの殻。残念ながら生きた中身はまだ見たことがありません。

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なんの写真かまるでわかりませんが、草に覆われた細い入口の奥は広いスペースになっています。
炭焼き場の跡。
名護岳は昔から人の手が入り木々が伐採され、その植生を大きく変えてきた歴史があります。

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「沢コース」を抜け、青少年の家に通じる遊歩道を進みます。
頭上をみれば、ヒカゲヘゴの大木に覆われてます。

青少年の家を出て帰着するまで、ちょうど2時間の山歩き。
さらに徒歩でウィークリーマンションに戻り、昼食と休憩。

午後は理髪店で髪を切り、図書館で文献を調べ、スーパーで夕食のおかずを買って帰り、部屋の掃除と洗濯。
観光目的で滞在している訳ではないので、日曜はゆっくり、やりたいこととやるべきことを済ませ、また明日から仕事です。

嘉津宇岳はシークヮーサーの香り

諸事情により月曜休工。
いろいろ頭の痛い問題を抱えつつ、気分転換に山へ。

今私が住んでいる名護市から目立つ山稜を描く、嘉津宇岳(かつうだけ 452m)を目指す。

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名護市の石灰鉱山から望む嘉津宇岳

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車で行ける最奥、登山口はグラウンドのような広さ。

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整備された石段はすぐに亜熱帯特有の密林の道になります。
多くの入山者がいるのでしょう、踏み跡は明瞭なため迷う心配はありません。

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名称不明。米粒ほどの花がたくさん枝に付いていました。

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「板根」を見ると、沖縄の山に来てるんだなあと思います。

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登山口から30分ほどで山頂到着。
強風、あまりぱっとしない曇天のため、早々に戻ります。

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山頂を彩るタチアワユキセンダングサ

登ってくるときに「え?」と思いましたが、登山道に柑橘類の皮が無数に散乱している箇所がありました。
ずいぶんマナー悪いなあ・・・と思いつつ、どうもあまりにも散乱しすぎてるなあ・・・とあたりを観察したら、

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柑橘類が自生してました。
名前がわからなかったのですが、途中の木に看板があり、シークァーサーと判明。

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早朝からの強風で落ちたのでしょう、無傷な実があったので食べてみました。
みかんの原種のような、酸味は強いけれど甘い味です。
シークァーサーといえば「すだち」のように緑色の実をイメージしていたのですが、自生していたものだからなのか、完熟するとミカン色になるようです。

食べた皮は捨てる訳にいかないので、しばらく右手に持って足場の安定したところでザックに入ったビニール袋にいれましたが、もう右手は柑橘系の香り。
単調な石灰岩の下り、時々右手のシークァーサーの香りを楽しみながら下りました。

大正時代頃までは沖縄本島最高峰と信じられていた嘉津宇岳。
山頂の展望はなるほど、そう信じてしまうような見事な眺めでしたが、私にとっては東北の山では体験できない、柑橘系の香りの山でした。

スキー&お買い物

世間様でいう三連休。
1月7日。
小学校のスキー教室を控えて足慣らしのため、息子をスキーに連れて行く。
行き先は蔵王。

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 いつも上ノ台ゲレンデを利用しているのだが、駐車場が比較的遠いのが難である。
 今回は試しに竜山ゲレンデの駐車場からアプローチすることにした。
 竜山ゲレンデから平地を少し移動し、いつもの上ノ台ゲレンデへ。

 プルークボーゲンで自由に滑れるようになった息子。
 昨年のスキー教室では、自分の実力より低い初心者クラスに編入されて不満だったらしい。
 一方で、プルークボーゲンで自由に滑れる現状に満足してしまい、1時間ほど滑ったところで「帰りたい」と言い出した。
 スキーが上達する喜び、スキー板をそろえてターンできる喜びを教えたいのだが、残念ながら私にはその能力は無い。
 足慣らしとウェア、靴の調子をみる目的は果たせたし、興味を失ったまま滑らせるのも危険と判断し、二人で駐車場に戻る。
 本日は蔵王スキー場の「子供の日」で、小学生のリフト1日券は千円。朝から息子のやる気を観察してなんとなく予感はしていたので、私も短時間のリフト券を購入していたため金額の負担感は少ないが、息子のやる気を引き出せない自分にやりきれない思い。
 私「家から車で30分で、こんな大きいスキー場に来られるなんて、凄い恵まれているんだよ」
 息子「あっ、そう」 (昭和天皇風)

 駐車場への帰り、スキー場に勤務している義兄に挨拶に行く。
 スキー指導員の資格を持つ義兄に息子のことも相談しながら、今シーズンの蔵王の様子を伺う。
 数日前(1月7日現在での話)、ようやく積雪があり蔵王スキー場全ゲレンデが滑走可能になった、と義兄も安堵の様子。
 facebookで各地のスキー場の様子を拝見していたが、ようやく私も今シーズンのスキー初め。
 
 息子のおかげでスキー場早退したおかげで、予定を前倒しして午後から老母を連れて親戚廻り。
 田舎の長男は忙しい。

 1月9日
 昨夜の尾花沢市「裸参拝」で万一体調を崩した場合を考え、9日は何も予定を入れず休養日にしていた。
 幸い、あの強風の中で冷水をかぶり里山を駆け抜けても、風邪をひくことはなかった。
 バカは風邪をひかないのである。
 
 空いた時間を利用してモンベル山形店にて
Wear
 中間着を1着購入。
 性格が暗黒なもんで明るい色にしてみました。
 今シーズンは新たな相棒と山に行きます。

一年の走は元旦にあり

市民マラソン大会。
出場を申し込むエントリー期間は、たいてい開催2ヶ月くらい前には締め切られる。

私のように直前に出張が決まる仕事の多い人間には、これがネックになる。
会社の業務にも邪魔されず、マラソン大会に出られる期間を考える。

で、でた結論が1月1日開催の『元旦マラソン』。
今回は山形県 川西町で開催される 『第41回川西町元旦マラソン』 5km部門にエントリー。

今年は時折小雨がぱらつくが、幸いにも穏やかな天候。
川西町は人口1万5000人の小さな町だ。

普通の何千人も参加するマラソン大会とは異なり、きちんと全員参加して開会式が行われる。
5km部門、○○高駅伝選手やら、もう体型がトップランナー風の若者が目立つ。
やべえ、結構ガチな大会だと今頃気がつく。

スタート。
予想通り、凄いハイペースで皆が走り出す。
なんとか大多数のランナー達の後方にくいつきながら走る。

隣のおっさんが
「いやあ、なかなか練習する機会なくて、大会は昨年の元旦マラソン以来なんだよね」
と話しながら走っている。

(おお仲間、仲間、あんまりトレーニングしてない人ここにもいるよ~)
と思いしばらく近くを走っていると、沿道に立って応援している川西町住民の皆さんが、そのおっさんにむかって

「がんばって~!」
「町長~!」

え?
よくよくそのランナーの横顔みたら、今朝の開会式でスーツ姿で挨拶していた原田俊二町長でしたw
しかも町長、足が速い。あっというまに離された_| ̄|○

なんとか5km走りきり、控え室の体育館へ。
ここで水分補給と入念にストレッチ。
レース後、実はマラソンよりこっちが本番ではないかとささやかれる、川西町元旦マラソン大会名物の「大抽選大会」が始まる。

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抽選大会の様子

この大会はぁ、全員手ぶらでは帰しません!
という競技役員の凄みあるアナウンスと共に抽選開始。
大会スポンサーである川西町各地の企業・商店、協賛スポーツメーカーから提供された物品が次々と抽選でランナー達に手渡されいく。
日本酒が多数提供されていたが、厳正なる抽選の結果、そのほとんどが小学生ランナーの手に渡る珍事が発生。
「おとうさんに渡して、お年玉いっぱいもらえな」
と、フォローが入る。

かくいう私、
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大塚製薬提供のスポーツドリンク用ボトルをゲット。
ボトルは40個用意されていたので、まあ高い確率で当たります。
自分のくじ運の無さを再認識。
右は参加賞で渡される米『つや姫』450g。

私は両足にキネシオテープ貼りまくっていたのだが、競技役員らしき女性から「冷却スプレーとか大丈夫ですか」と声を掛けられる。彼女は救急箱を持って会場各地をまわっていたようだ。
小さい大会とはいえ、しっかりした運営体制のマラソン大会。
普通のマラソン大会と異なり、誰も途中で帰ることなく抽選大会、そして閉会式が進められ、解散となる。

町長も先頭切って参加、運営体制もしっかりしており、楽しく過ごした元日でした。
何千人も参加するマラソン大会しか知らないランナーには、オススメの大会です。

ガイドとしてだけでなく、一登山者として体力はキープするだけでなく、年齢に抗って向上させていきたい。
私は蔵王もろくに登れない体力で登山を始めて今に至っているので、体力をつけることがいかに地道なことか身に染みて知っている。

体力の低下と抜けない疲労で自分の年齢を自覚し、休養の大切さを知った昨年。
今年は少しずつでも体力増強を目指していきます。

二ツ井町へ

23日。
現場が休工になったため、天候は今ひとつだが能代市・二ツ井町へ。

最高峰の権現倉(287m)をはじめ七つのピークが連なる里山、七座山(ななくらさん)を目指したのだが・・・
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JR二ツ井駅から仁鮒入山口を目指す途上、ぱらついていた霰が本格的な雪になってきた。
風も強い。
里山とはいえ、入山は控えるべきだろう。

途中のローソンでぬくぬくしようか・・・と山麓の神社で休んでいるところ、スマホに親方と仕事の相方とそれぞれから電話が入る。休日を過ごすため、ちょうど二ツ井町を通過するので車で拾おうかという。ありがたく申し出を受ける。

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風雪の中、広い県道で親方が運転してきたワゴン車に拾ってもらう。
登山は断念。まあ、こんな日もあるさ。

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3人して小坂町に足を伸ばし、かつて栄えた鉱山街の華やかさを伝える康楽館を見学。
昼は比内にて、比内鶏の親子丼を食す。

午後は山形から移動してきた作業仲間を拾い、帰宿。
私は部屋で、工事機械のパーツの修理。

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スーパーの惣菜コーナーで買った「みそたんぽ」。
秋田名物キリタンポって鍋料理として食べるんだけど、お一人様だと食べる機会を作るのが難しいんだよね。最近はキリタンポ鍋定食やってるところもでてきたけど。
昔々、東北を自転車で一人旅していたころ、金もなく鍋料理とも縁遠い生活で重宝したのがパックで売られている「みそたんぽ」。

洗濯をすませ、休日だか仕事だかわからん日が流れていく。

深山 【278m 宮城県山元町】

 『わたり復興マラソン』を走り終えた後、20分ほど車を走らせ、隣町・山元町に位置する深山(しんざん 278m)を目指す。
 
 参考サイト 深山と少年の森(日本山岳会)

 駐車場は「深山山麓少年の森」の駐車場を利用。

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深山神社が入山口となる。

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あれ?ツバキかな?

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14時、既に傾いた陽が木々の間から差し込む道。

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ツチグリ

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ん~秋の花。

などなどを眺めながら、標高278mの里山ながら、つづら折りの道は登りがいがある。

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太平洋側が開けた道にでると頂上はもうすぐ。

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山頂には東日本大震災の慰霊の鐘。なにより、太平洋の眺めが素晴らしい。

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山頂から蔵王連峰を望む。南端からの、あまりみられない角度からの蔵王連峰の眺めも素晴らしい。

10kmマラソン走った直後で脚の筋肉もエンジンがかかった状態だったので「駒がえしコース」を約40分で登りましたが、素晴らしい里山でした。

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深山山頂のあずまやで、「とうふ処 豆達人」で購入した豆乳パン(チョコパン)で遅いランチ。
穏やかな太平洋、そしてまだまだ復興途上の亘理、山元の耕作地を眺める。
マラソン大会の会場とはうってかわって、1人だけの静かな時間を過ごしました。

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