名号峰、花崗岩の山

峩々温泉から蔵王連峰・名号峰を目指す。

蔵王といえば「御釜」。

それほどに火山の代名詞でもあるが、その最高峰・熊野岳すぐ南側のピーク、名号峰は基盤岩である花崗岩で形成された峰である。

あの庭園のような花崗岩を久しぶりに目にしたい、と名号峰を目指す。

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今夏の猛暑のせいだろうか、9月中旬だというのに木々は緑色。

キノコが多く、その紅色が目立つ。

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登りつめるにつれ、リンドウが多くなる。色褪せたリンドウも多いが、冷たい空気の中で蒼い花に秋を感じる。

P4_20200920215901蔵王の主稜線が近いのだろう、それまでの火山灰質の土壌から、石英の多い岩が目立つようになる。

P5_20200920220001冷たい風の中、名号峰の山頂に立つ。

北方には南雁戸、北雁戸の山並み。

P6_20200920220101山頂にて休憩中、足元の岩を接写。

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同じく山頂から、中央蔵王である熊野岳、刈田岳を望む。手前の花崗岩の地表と熊野岳の荒々しい火山岩のコントラスト。

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山頂にて。風化して細粒化した石英が古寺の庭園のように美しい。

山頂で休憩後、のんびり下山。

P10_20200920220701ナナカマドがうっすらと紅葉し始めている。本格的な紅葉はまだ先のようです。

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以心電信

8月12日午後、朝日連峰・鳥原小屋へ。

目的は小屋管理人の鈴木正典氏に会い、山の話をして過ごすこと。

毎夏、日帰りで訪れていたのだが、昨年は

「日帰りはもういいから、来年は絶対泊まりに来て!」とおっしゃって下さった。

 人付き合いが苦手で山仲間もさほどいない私に、「泊まりにきて」と誘ってくださるのもありがたい話である。今夏の盆休みは雑事が多く、日中の時間があまりとれない。午後に入山して鳥原小屋に一泊し、翌朝早く下山は願ったり叶ったりだ。

 よく拝読している長井の八木先生のブログでも、既に正典さんは鳥原小屋に入っている様子。

 今年も事前連絡無しに、押しかけ訪問することにする。

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 古寺口から入山。

 10分も歩かないうちに、全身汗まみれになる高湿な空気。さらに断続的に激しい雨。

 メジャーな山岳雑誌は、朝日連峰といえば、せいぜい『花の山』か『紅葉の山』特集でしかとりあげない。

 歩いてまもなく全身汗まみれになるような、高湿な真夏の東北の山は記事にならない。

 しかしこれが、真夏の東北地方、樹林帯の山の現実である。ゴアテックスの提灯記事書くのに懸命なライターは記事にすることもないだろう。

  ジーン・ケリー並みのハイテンションで雨の中を2時間半かけて歩く。

 古寺から鳥原小屋にたどる道筋の最大の魅力は、高層湿原にたどり着く瞬間にある。

 灌木に覆われ鬱蒼とした道が続き、突然視界が開け、目の前に大空と湿原が広がる。何度訪れても、この瞬間がたまらない。

 「あ~久しぶりに正典さんと会うな~」と鳥原小屋に入ってみると、

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 小屋内にも生活感は無い。正典さんがこの時期に入山していないところをみると、なんらかの事情があるのだろう。

 せっかく来たし、外は大雨に強い風も吹いてきた。今夜は一人、鳥原小屋で静かな夜を過ごすことにする。

 性格が暗い私は、避難小屋で一人で過ごすことは全く苦にならない。

 P2_20200813151601いつも変わらず綺麗な小屋を、今夜は独り占め。

 簡単な夕食を済ませ、会社の仕事、ガイドの事、自分のやりたい「山」のことなど、色々考えながら眠りにつく。

 一晩中、外は激しい雨と風だった。

 

 翌日、夜明け前から日の出を待つ。

 東の空が明るくなる頃から、一斉にウグイスが大合唱を始める。

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今日の日の出は、暦では4時52分。やる気満々の雨雲が空を覆い、東の空にも厚い雲。

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5時00分、厚い雲間からの日の出。仕事仲間、ガイド仲間、家族、ブログご覧の皆様の安全と健康、その他欲張りな願い事。

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 本日13日は、下界で野暮用が多数待っている。朝6時前に下山開始。

 鳥原小屋前の湿原、例年だとチシマゼキショウが沢山咲いているのだが、今年は数えるほど。

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キンコウカが出始めていました。

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歩きながら撮影したためブレましたが、登山道はオクモミジハグマで彩られていました。

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山ぶどうはまだまだ青い。

 小屋を出て間もなく、ザックに入れていたスマホが鳴る。アラームの切り忘れだった。

 スマホを確認すると、不在着信のSMSが届いている。

 確認すると、昨夜に正典さんからの不在着信だった。

 え゛え゛~! 留守の鳥原小屋に入った時点、このタイミングで正典さんから携帯に着信とは・・・

 私と正典さんは

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アムロとシャア並みに繋がっているのか!?

いやいや、どうせ繋がるんなら年上の素敵なお姉さまの方がいいんだよな~と思いつつ、早く正典さんに連絡をとらなければと考えるが、古寺鉱泉付近は一切の携帯電話が通じないエリアなので、西川町の大井沢集落に出るしかない。

古寺方面に向かう登山道は粘土質で枯れ葉も多く、雨の直後で滑りやすく、時間も稼げない。

8時前、古寺口に下山。古寺登山センターに顔を出したかったが、正典さんへの連絡を優先し着替えもそこそこに駐車場を発つ。

西川町の国道に出たところで、車のハンズフリー画面に着信。正典さんから再びの電話だった。

私が鳥原小屋に一泊して下山直後であることを伝えると

「いや、留守していてゴメン!」とおっしゃるが、毎年連絡も無く勝手に押し掛けるのは私なので、「こちらこそ連絡もせず出向いてすみません~」と、お互い「すみません、すみません」を繰り返す。何かアメリカあたりのテレビCMで放映されている「典型的日本人」みたいな会話になる。

 挨拶も済み、少し山の情報を交わして「また次の機会に」ということで電話を切る。

 正典さんとも少し話したし、久々に山小屋にも泊ったし、今日から盆の雑事に突入するに十分なリフレッシュタイムの二日間だった。

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月山湖上のプライド

8月11日、山形県朝日少年自然の家チャレンジキャンプ2020 のイカダ体験の日。

本来ならば子供たちが最上川をイカダで下るのだが、先日の豪雨被害で最上川は危険な状態となっており、寒河江ダム・月山湖でのイカダ漕ぎとなった。

P1_20200813141101豪雨の影響で月山湖はアマゾン川なみの濁り

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午前中の活動地、四谷沢川の河口めざして子供たちのイカダは進む。

 当初は、私はゴムボートに乗りサポートする予定だった。

 元職員の服部さんから、「四谷沢川河口の様子を見に行くんで、大滝さんにも見てもらいたいんですが・・・」

 と声がかかる。結果、カヤックに乗り込み単身、湖上に乗り出す。

 子供たちのイカダより先回りして、カヤックで四谷沢川河口にたどり着く。滝口支配人はじめ所の皆さんと共に四谷沢川の流れ、水遊びできる箇所を確認。

 それから引き返し、子供たちのイカダを迎えに行く。

 イカダは左右に子供が3人ずつ、班付サポーターと呼ばれる高校生リーダー1名が乗り、オールで漕いでいく。

 左右の3人が息を合せて漕がないと、イカダは迷走する。

 ぴったり息が合いグングン進むイカダもあれば、個性的な子がそろい喧嘩が始まり先に進まないイカダもある。

 

 一番遅い班のイカダをサポートすべく、私は後方のイカダに伴走する。

 男の子と女の子の間で口論が始まり、なかなか前に進まない。

 「よし、7馬力だ ! 」

 私はカヌーの舳先をイカダ後方に押し付け、力を入れて漕ぐ。私が7人目の漕ぎ手となるのだ。

 「らくちんだ!」 イカダ上の男の子が叫ぶ。

 まもなく女の子から、

 「やめてよ!やめてってば!」

 と怒られてしまった。

 自分達の力で漕ぎ進みたいらしい。

 「ごめんなさーい!」素直に私はカヤックをバックさせ、イカダから離れる。

 近くで見ていた元職員で現・学校教員の工藤さんに

 「怒られました・・・子供には子供のプライドがあるんですね」と打ち明けながら反省。

P7_20200813142801 四谷沢川岸辺に上陸した子供たち、ほっといても自分達で遊びを考える。

 女の子たちはダム作りに夢中。

 自然保護論者の大人たちはダムを目の敵にするが、子供たちは誰に教わるでもなく、ダムを作り、そこに喜びを感じている。

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 四谷沢川河口から戻り、午後からは桟橋にて水遊び。

 水の濁りも気にせず、子供たちは喜々として水に飛び込む。高価な玩具も器具も不要、水辺にいることが楽しいのだ。

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遊びの後は、イカダ解体が待っている。皆での共同作業も、チャレンジキャンプの大事な行事。

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所に戻った後は、子供たちは入浴、その間に所員・サポーター総出で機材の洗浄。

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この光景を目にするとき、私たちの「夏」の終わりを感じる。

 イカダ関連機材の洗浄が終わり、所員の皆様に挨拶して退所。

 今年も貴重な体験をさせていただきました。山形県朝日少年自然の家関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

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Lost But Won

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強雨の中、月山ブナの森を歩いた子供たちの雨具が連なる。山形県朝日少年自然の家にて

 

今年も 山形県朝日少年自然の家チャレンジキャンプ2020 の月山登山引率のご依頼をいただく。

今シーズンは思うところあり、旅行社のガイド業務は自分から志願すまいと決めていた。

コロナ緊急事態宣言明けから、自然の家の月山登山1本に絞り準備を進めていく。

今年はコロナ禍による県内小中学校の夏休み短縮のあおりを受け、例年と異なり日曜に登山日が決まっていた。

コロナ禍の中、日曜の登山者動向を確かめるべく、6月から週末は足しげく月山姥沢ルートに通う。その結果、県外からの登山者も例年と変わりなく多く、登山予定日の8月9日も混雑が予想された。

混雑と共に頭が痛いのが天候だった。

10日程前から停滞前線による悪天、加えて台風4号が発生、8月9日の東北地方に荒天をもたらすことが予想された。

悪天の予想に加えて、今年はコロナ感染のリスクを負うことになる。

5、6、7月と不安と葛藤の中、情報を収集するが、ふと、「コロナ禍の今、山岳地で大人数を引率する行為」に有利な情報だけを集めている自分に気が付く。不安は不安のままに、あらゆる情報を受け入れようと考え直す。

 

会社が盆休みに突入した8月8日。

公休を取得していたが、取引先からの電話に対応したり、先日までの現場のデータを職場の仲間から引き継いだりとテレワークしながら自宅でパッキング。

夜、自然の家に入所。私にとってチャレンジキャンプ月山登山は、必ず前夜に参加し、子供たちの様子を確認することから始まる。

その後、所長室にスタッフの皆さんと集まり、月山登山の可否と代替プログラムについて話し合う。

2014年の葛藤の再来を覚悟していたが、板垣所長はじめ皆さん月山登山中止の方向で動いてくださった。代替プログラムとして山形県自然博物園のブナ森探検を第一候補とする。

それから所員の皆さんは手分けして、明日参加予定のサポートスタッフに月山登山中止の連絡。私は伊藤ガイドに連絡。急募しておきながら、快くキャンセルに応じてくださった伊藤ガイドには頭の下がる思い。

 

当日、子供たちを2班に分けて山形県自然博物園に移動。

1、2、4班を私が引率、3,5班は真鍋ガイドが担当してくれることとなった。

止まない雨の中、ブナの森に入る。

意外にも、ブナの木の幹を流れる雨水「樹幹流」が子供たちから「冷たくて気持ちがいい」と好評。

道はドロドロにぬかるみ、ブナの葉と土でブヨブヨになった道は足首まで沈むところもある。

「泥沼のワナにひっかかるなよー」と子供たちに声をかける。職員の小野さんがやはり学校の教員らしく「泥沼のワナに引っかかった人ー」と子供たちに声をかけ、子供たちも「はーい !」と元気よく反応、場を盛り上げてくれる。

「ブナ林広場」に出て、子供たちに休憩をとらせる。そこから先の階段は強雨のため、雨水が滝のように流れていた。子供たちの様子を注視、「寒い・・」と口にする子供のつぶやきをとらえ、私の判断で引き返すことを決めた。

通常の博物園散策であれば、復路は石跳川に通じる道を下る。

今日は何かが違う。山上の散策路をあるきながら「タッキー、あれ何の音?」と子供たちから尋ねられる。この位置から石跳川の様子は見えないが、それは明らかに石跳川が増水した川の音だった。

子供たちの渡渉は絶対に避けようと考え、石跳川方面には下りず、復路は登ってきた道をたどり下山。

博物園では倉本ガイド、近田ガイドが迎えてくれ、1階フロアを荷物置き場として、2階部屋を着替え室として開放して下さった。

 

折しも、月山登山ツアーの代替プログラムとして立ち寄っていた大先輩の佐藤攻ガイド、我がガイド協会のエース田中ガイドも博物園に詰めていた。今日ここにはいない伊藤ガイドはじめ、多くのガイド仲間に支えられて今日をのりきったことを実感する。

 

 子供たちの反応も様々だ。

 「濡れて楽しい」という子もいれば「濡れたくなーい」という子もいる。

 同行してくださった前所長の土屋常義氏からは、

「タッキー、いや、子供たちには後から「こんな天気に行ったっけな」という経験として残る。実際に行ってみた経験って絶対大事なんだよ」と熱く激励をいただく。

 ブナ森探検で一番問題だった「子供たちが長靴を持ちあわせていない」ことも、自然の家担当の山口さん、小野さん、柏倉さんの見事な連携プレーでビニール袋とマリンシューズを巧く利用し、解決していただいた。

 こうして私の「夏山」は終わる。今シーズン前半は月山・姥沢ルートに通い詰めだった。

 今度は近くの里山でも登ろう。

 所用のため夕食をいただいた後、スタッフの皆さんに挨拶してから退所。

 Hans Zimmer のLost But Wonを聴きながら、雨の国道112号を自宅に向かった。

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夏山の始まり

18日は休養を取り、19日、予約のあったガイド山行。

クライアントは若い男女ペア。といいつつ、実は私の甥と彼女の2名。

どんよりと朝から分厚い雲に覆われている月山。

姥沢から登り始め、稜線でも冷たい風に吹かれていたが、山頂で昼食をとる頃に青空がひろがる。

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 今日の庄内側は厚い雲で何も見えないが、一昨日は雲海で見えなかった村山盆地が見え始め、昼食をとっていた大勢の登山者たちが一斉にスマホを向け始める。

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 私たちが昼食を取り終える頃、青空が見え始めて30分もたたないうちにあっという間に暗いガスに覆われ、大粒の雨。

 「女心と山の天気は・・」と、どこかで聞いたようなフレーズがあちこちから聞こえる、昼の月山山頂。

 鍛冶月光を1/3降りたころには、再び暑い日差しが照り付ける。

 周囲の空には積乱雲。長い雨の日々を過ごして、ようやく夏山の始まりを感じる。

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雲と雲の間

17日、朝日少年自然の家所員の皆様を引率して月山・姥沢ルートへ。

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 どんよりした曇天だったが、登ってみれば雲海だった。

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頭上は高層雲、下界は厚い雲に覆われ、雲と雲の間を登った感じ。

梅雨の大雨が大気中の塵を洗い流したためだろうか、牛首から上り詰めた稜線からは粟島、佐渡島まで眺めることができた。

セカンドを歩く板垣所長が両膝にサポーターを装着した状態のため、なるべく段差の少ない歩みができるよう、コースどりに気を遣う。

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山行を終え、自然の家に戻ってミーティング後、解散。

自然の家駐車場でネジバナを眺める。

今手掛けている作業現場の敷地内も、ネジバナの盛り。

同じネジバナでも、今日は安堵感の中で眺めるネジバナだった。

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雨の中

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蝦夷アジサイが咲き乱れる、雨の月山へ雪渓の偵察。

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リフトを下りたところで、「タッキー!」と声をかけられる。

 バラエティ番組『それスノーマンにやらせてください』で無謀な若手タレントを一喝しつつも、親切に月山湧水地に案内、ツイッター世界トレンド2位を記録した今やレジェンドな真鍋ガイドに声をかけられる。今日は山形県自然博物園の企画事業、清掃登山とのこと。

 なりゆきで、若手ホープ伊藤ガイドと共に姥ヶ岳雪渓のカッティング作業に加わる。姥ヶ岳の雪渓も融解して2箇所になっていた。

 姥ヶ岳で皆さんと別れ、私は牛首へ。

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雨天ならではの、美しい光景もある。まだチングルマがたくさん。

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コロナ禍の影響で今年は東北の山を目指そうという初心者山ガールの皆様、月山では可憐なアオノツガザクラが皆様をお待ちしております。

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今年は月山でも行ってみようかという元・山ガールの皆様、有毒植物のコバイケイソウが皆様をお待ちしております。

牛首到着11時。下から登ってくる登山者もおられましたが、私は風と雨の様子をみて牛首から下山。

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 金姥~牛首の稜線にて。

 左側に明瞭な踏み跡がみられますが、ここは登山道ではありません。植生保護のためにも、雪渓をお進みください。

 (正規の登山道は石畳で雪の下です。)

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最近の悪天で雨水が雪渓下を流れて雪渓を溶かし、雪渓末端が非常に薄くなっています。

雪渓の入り口・出口での踏み抜きにご注意下さい。

(バスンと音をたてて巨大な雪塊と共に体が沈んだりと、本日は私も数回踏み抜きました)

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姥沢の駐車場に下山、帰路はツルアジサイ、蝦夷アジサイを眺めながら帰る。

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今日、浄土を見た

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7月1日の山開きを控えて、月山・姥沢ルートへ。

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姥ヶ岳一帯はチングルマが絶賛大公開中。

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月山山頂にて、クロユリと対面。昨年、一昨年と数が減少していたが、今年は比較的多くみられるようだ。

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山頂小屋前の細道に入り、クロユリの群生を確認。

梅雨模様で気象予報の情報も安定しない。

午前中は大雨の予報を承知の上で、着古した雨具をいつでも出せるようにパッキングしてきたが、結局降られずに済んだ。

山頂の花畑で強風にあおられる。

ふと上を見上げると、

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ガスが風で飛ばされ、うっすらと青い空、一面ハクサンイチゲが咲いている向こうに月山神社が姿を現す。

突然、「浄土って、こんな景色かな」という思いが頭をめぐる。

豊富な残雪を利用して下山。

今日は花の咲き具合を観察しながら登ったので、下りは残雪を利用して速攻下山。

速く下りないと、手作り茶屋だんご かたくらの団子が売り切れる!!

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浄土を見た後は団子だよね(意味不明) 本日は直球勝負であんことぬた。

 

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月山残雪情報 2020年6月28日現在

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 姥が岳の斜面は大部分が雪渓に覆われています。中腹部は勾配のきつい斜面が続きます。慣れない方(雪上歩行の経験のない方)はアイゼン必携です。

 姥ヶ岳~金姥の間の雪渓は消失しました。

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 牛首は完全に残雪に埋もれています。(画像中央の黒点は牛首の道標の頭) 一部登山道が露出していますが、鍛冶月光(月山山頂直下の急坂)下部まで雪渓が続いています。画面上部の赤線は、鍛冶月光にむかう登山ルートです。視界不良時のためのロープは張られていますが、道案内のロープのため体重はかけないでください。

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鍛冶月光下部に至る雪渓 雪上歩行になれない方はアイゼン着用推奨します。

牛首から四谷沢コース(谷筋を行くコース)の下りも大部分が雪に覆われており、中間部に急斜面があり、過去に幾度も滑落事故が発生しています。アイゼン着用を推奨します。本日の私は鍛冶月光下部の雪渓はキックステップで降り、牛首からはアイゼン着用で下降しました。

ここまで「アイゼン」と表記してきましたが、山開きはじめの時期は軽アイゼンではなく、8本爪以上のアイゼンでの行動をお勧めします。

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四谷沢コースからリフト上駅に至る登山道は、いくつもの雪渓で覆われています。(赤線は登山ルート)

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上記画像のように、沢筋に雪渓が残っています。これからの雪解け時期、薄い雪渓の踏み抜きによる負傷にご注意ください。

※当記事の雪渓に関する情報は筆者の個人見解であり、月山朝日ガイド協会の公式見解ではありません。雪渓の状況は気温、降水により日々変化します。現地の最新情報を参考にして登山を楽しんでください。

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葉山、死者を見送り生者を見守る山

13日、寒河江市の葉山市民荘から「畑コース」たどって葉山山頂を往復。

林道歩きを過ぎ、雑木林を抜けるとブナ林に入る。

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 登山口の蒸し暑さから、少し気温が下がり気持ちの良いブナ林歩きが続く。

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ブナ林の中は、エゾハルゼミの大合唱BGM付。

緩急織り交ざった登山道を登りつめ、稜線へ。

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 あまり見慣れない西側からの山形盆地の光景を眺める。天童の里山、出羽の三森(みつもり)と呼ばれる舞鶴山、八幡山、腰王山が離れ小島のように浮かんで見える。

P2_20200613233701稜線出だしの木道沿いはツマトリソウの大群落。花言葉は「純真」。私には無縁の言葉である。

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さらに稜線を進むと、登山道の両側をアカモノの花が埋め尽くしている。他の登山者とすれ違うときには足の置き場に困るほどだ。

P4_20200613233901稜線全般を彩るゴゼンタチバナ。花言葉は「移り気」。好きですゴゼンタチバナ。

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曇天ながら、彼方に鳥海山がくっきり見える。爆裂火口跡の葉山東面の光景と相まって見とれてしまう。

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何より驚いたのが、シラネアオイの大群落。(畑コースを往復するのは10年ぶり位) 蕾もありましたので、来週くらいはまだ楽しめそうです。

P7_20200613234401小僧森~大僧森の稜線を彩るツバメオモト。 バラエティに富んだ稜線の花々に、あらためて葉山の魅力を実感。

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稜線を歩いて突然ひろがる月山東面の風景。この角度からの眺めは、平地だと葉山の陰になってしまう。登ってきた者が楽しめる光景。

山頂は虫がパニック映画なみに飛来してくるため、行動食を齧り水分補給して即下山。

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登山口の葉山市民荘で買い求めた、葉山オリジナルシェラカップ。(1個¥1,500で販売中。私はオリジナルグッズに弱い) 早速買ったカップで長命水(葉山市民荘前の水場)で一息つく。

 

 数年前、父方の叔父の葬儀に参列したときのこと。

 叔父は葉山を間近に眺められる、村山市の高台に住んでいた。

 自宅での法要を済ませ、葬儀場に行くマイクロバスに乗り込んだ。バスは葬儀場のある村山市内へと降りていく。

 その日は晴天、車窓には葉山の東面が大きく見えていた。

 御遺骨を抱いた娘さんが、つぶやいた。

 「じいちゃん、今日はお山がはっきり見えているよ。」

 叔父は日々、葉山を眺めていたのだ。

 以前に葉山に登った際、湿原に供えられていた蝋燭を思い出す。葉山信仰は、現代に生き続けている。

 

 死者を見送り、生者を見守る山。それが私にとっての葉山である。

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追悼 服部克久氏

彼女もいない、21歳の寂しい夏、私は初めての8000m峰登山に赴いた。

当時は「中国登山」というくくりで、北京、成都で共産党幹部らと交流会と称する中国酒の飲み会をくぐりぬけて、ようやくチベット自治区ラサに入るという行程だった。

ラサから車で3日間走り続け、ようやくベースキャンプに到着。

その3日間、専属の中国人ドライバーが運転するランドクルーザーに乗りながら、暇つぶしは音楽を聴くことだった。

休憩地点で、高橋OBから

「大滝ぃ~、なんかテープ貸してよ」

「え、高橋さん、喜多朗のシルクロード聴いてたんじゃないすか? 」

「うーん、音楽が周りの風景に負けちゃうんだよね」

こんなやりとりの後、私が持ち込んだテープ(当時はカセットテープ全盛)からTBSの紀行番組「新世界紀行」のアルバム版を貸してあげた。

服部克久氏作曲の「自由の大地」は結構好評だったと記憶している。

哀愁を帯びた旋律から始まり、希望に溢れるメロディへと変わる曲調が素晴らしい。

 

私のチベット行きをさかのぼる2年前、東崑崙山脈最高峰ウルグ・ムスターグ峰に立正大WV部登山隊が第2登、外国人初登を果たし、その登山隊の記録はTBS「新世界紀行」で2週にわたり放映された。

 

部室が無かった山岳部員の私は、WV部部室に居候という立場で出入りさせてもらっていた。顔見知りの仲間たちが崑崙山脈で活躍するのを視聴しながら、「いつかは俺も・・・」と思ったことは言うまでもない。

 

そして番組の最後に流れる「自由の大地」。
この曲を聴きながら、幾度も見知らぬ土地への憧れを掻き立てられた。

 

服部克久氏のご冥福をお祈りいたします。

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