2020年1月上旬日記

1月某日

 いつものようにヨレヨレになって会社から帰宅すると、 P2_20200113192601

 食卓には納豆汁。七草の日、我が山形では粥ではなく納豆汁が伝統である。

 下界には雪の全く無い冬、食卓が季節の移ろいを教えてくれる。

 

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 小正月。

 久しく飾ったことのない「団子木」が自宅に飾られる。

 義母から、息子と娘が「今年は厄年でない?」とアドバイスがあった由。

 私の実家では団子木は毎年飾るものだったが、カミさんの実家(上山市)では厄年に関連づけて飾るらしい。

 小正月の風習も、地域が違えば全く異なることを実感。

 

1月某日

 月山へ。 P1_20200113195301

  ウチの預貯金なみに、今年の月山は雪が無い。例年ならば雪に埋もれている車道標識も、今年は遙か頭上。

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 歩いていると、ヤママユガの繭。

 春先、少年自然の家の子供達とブナ林を歩く頃にはスカスカになって、メッシュ状の繭になっている。

 

 帰路、国道112号を走りながらNHKラジオのロシア語講座を聴く。

 今日はシベリア鉄道の話題。ハバロフスクからモスクワまで、6泊7日を要する。

 先生がネイティブの講師に尋ねる。『この長大な鉄道、寝台列車での生活で必要なものは何ですか?』

 運転しながら「暇つぶしの、分厚い小説か本かな??」と予想するが、ロシア人講師の答えは、こうだった。

 『 楽 し い 仲 間 』

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惟見長江天際流

正月、地方都市の長男は忙しい。

2日、私の家系の親戚廻り。父と母の実家、兄弟筋を私と老母の2人でまわる。

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 こういった「親戚廻りが面倒」というお悩みがネット上にあふれているし、私も若い頃は親に任せて海外一人旅や北海道の冬山単独行に傾倒していた。

 極道な山登りをしている方には親戚つき合いに無頓着な方もおられるが、私の場合、父の葬儀を経験してから180度考えを改めた。盆正月の挨拶まわりはもちろん、不幸があった際には、仕事の都合が付く限り母の代理として積極的に顔を出すようにしている。

 今シーズン、親戚の方から「高齢なので、これからはお互い訪問して挨拶は無しにすっべはあ~(無しにしましょう)」と申し入れがある。

 もう一件の親戚宅では、かつて元気なおじさんが、認知症が進行し慌ただしい状況になっており、仏壇にお参りしてお茶も飲まずに帰る。

 「世代の移り変わり」を実感させられた、今年の正月。

 嵐のような親戚廻りから帰宅し休憩をとり、夕方から私の登山の原点である山形南高校山岳部、一年上の先輩方の飲み会に参加させていただく。

 思うところあり高校同窓会の郵便物など開封せずにゴミ箱に叩き込む私だが、御縁があって山岳部の一学年上の皆さんの飲み会にお誘いいただいている。お会いできて楽しい方々と飲めてリラックスできるひととき。

 

【山形南高校山岳部の思い出】

 私が登山を始めた山形南高校山岳部は様々な伝統ルールがあった。少し紹介すると、

 

 ○雪が降るまで、いくら気温が低下しようともシャツは常に腕まくりしていなければならない。

 ○1年生はシュラフカバーで寝なければならない。市販のシュラフは禁止。春・秋季に使えるのは自作のシュラフ(みんな古毛布を二つ折りして縫い合わせた自作シュラフを使用)

 ○校内マラソン(10km)で100位以下の者は、罰として順位から100引いた数だけスクワットをこなさなければならない。

 ○三年時に部長に選ばれた者は、山交ビル(※)一階を自転車で走り抜けなければならない。

 ※山形駅前にあるバス発着場も同居した大型ビル。当時はダイエーが入っており、一階は下着売り場など普通のデパートである。

 などなど、

Oto

『魁!!男塾』なんかチョロいんじゃね?という高校生活である。

 中でも伝説なのは、後に小樽商科大に進学し、小樽・赤岩のクライミングルート開拓に尽力された高田岳人OB。高田OBは現役時代、後輩に「水くれよ」と頼んだ際、後輩が差し出した灯油ポリタンの灯油を「わざと」飲み干してみせた人物。後にアラビア石油に就職されたという逸話付きである。

 山南高校山岳部OBの足跡はインドヒマラヤ・ヌン東稜(明治学院大隊)、Z1峰・ブラマーⅠ峰(獨協大学隊)、ヤラシャンポ峰(山形県山岳連盟隊)、シシャパンマ北東稜、チョモランマ北稜(立正大隊)など各地に及ぶ。そればかりではなく、私のガイドネタでもあるのだが山形県内の生物調査に尽力されている沢和浩OBのような方もおられる。

 沢OBには、私が高校生の頃、「西高東低って、高気圧がきてるのにどうして天気悪くなるんですか?」というアホな質問にも優しく「それはね、日本海があるからなんだよ」とご指導いただいた記憶がある。

 そんな方々に見守られ、私たちは高校生活を送った。

 

 三次会はY先輩ご夫妻と3人で、ウイスキー専門バーを訪れる。

 カラオケの喧噪も無く、シンとした静けさの中でバーテンがグラスを磨いている。

 注文では、私の「いつかベンネビスを登りたい」という目標をこめてスコットランドのウイスキーをお願いしたところ、「初めての方なら教科書的に、まずこれだけは押さえておきたいスコッチウイスキーはこれですね」と、ザ・グレンリベット(The Glenlivet)12年物をお勧めいただき、これを注文。

Night

 スコッチウイスキーをストレートで飲みながら、静かな正月の夜を過ごす。

 今年も嵐の一年になるだろう。Y先輩ご夫妻との楽しい語らいの中で、今年も頑張ろう、と誓いをたてる。

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2020年 謹賀新年

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新年あけましておめでとうございます。

今年もぼつぼつテキトーにブログ更新していきます。

毎年書いていますが、当ブログは山岳部の飲み会で語る感覚で書いてますので、今年もバカ話と登山家ゴシップネタ満載でまいります。

今年も私含め皆様が安全にアウトドア、登山を楽しめますように。

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さよなら2019年

今年も多くの方々にブログをご覧いただき、ありがとうございました。

皆様にとって、今年はどんな年だったでしょうか。

私にとっては山あり谷ありの一年間、来年は嵐の予感。

そんな色々あった今年、会社からの帰宅途中によく聴いていた、イスラエルの Yair Albeg Wein による曲『Chasing Inspiration』をアップして、今年のブログの締めにしたいと思います。

私も含め、皆様が良い年末年始を迎えられますように。

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メンタルの弱さ、強さ

10月某日。

諸般の事情で詳細は書けないが、運転していた車両が横転。

そこは立正大学体育会山岳部のターミネーター(自称)たる私、外傷は全く無く済んだのだが、周囲の勧めで整形外科で検査した結果、

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背骨の横に飛び出ている「横突起」が3箇所折れていた。(画像右は事故直後、左は約2週間後のレントゲン画像)

身体よりも精神的ダメージの方が大きい。

普段、若い社員に「運転気をつけてね~」と言ってるのに、メンツ丸つぶれである。

職場では若手社員の皆から「身体大丈夫ですか?」と言われるが、親方だけは報告の電話からして

「おい、気をしっかり持て!」

「家帰っても、カミさんと子供には普通に接するんだぞ!」

と、精神面の叱咤激励の嵐。

数日経過すると

「大滝、気分転換に山でも行ってこいよ」

と、メンタルの弱さが親方にはバレバレである。

 

医師からは骨がつながるのに要する3ヶ月は安静に、と言われているが、現場作業員なもんでバリバリ鉄骨解体作業にでて気を紛らわす。

寝る前には『魁!!男塾』を読んで寝る。そのためか(たぶん)、痛みも一週間ほどで消えた。

 

1979年、当時未踏峰だったリンクサールに遠征した山岳部の大先輩から、「リンクサール峰の頂上の写真って無い?」と問い合わせをいただく。

そういえば、Rock and Ice誌やClimbing誌、世界各国のクライミングサイトを閲覧しても、登攀ルートは公表されているが山頂のショットはみたことが無い。

リンクサール峰を初登したアメリカ隊のGraham Zimmerman氏に連絡したところ、山頂に立った時の動画を保存しているファイル共有サイトのURLを紹介してくれた。Zimmerman氏いわく「カメラが凍りつき、ピントがぼけているので公開していなかった」という動画を拝見する。

それは、狭い山頂で歓喜の声を上げるクライマー達の姿だった。わずか20秒のピントが合っていない動画は、その登山の厳しさを物語るものだった。

幾度も繰り返し動画を視て、山頂で喜ぶクライマー達のテンションの高さに「彼らはどんなに過酷なクライミングを経て頂きに立ったんだろう」と直感する。その趣旨でZimmerman氏に御礼のメールを送る。

その動画をご覧になった大先輩は、私とは異なった感想を伝えてきた。

技術も装備もあらゆるモノが進化したけど「最後は気持ちの強さ」と感じたとおっしゃる。

「気持ちの強さ」。

実際にリンクサール峰を経験した大先輩が語る「気持ちの強さ」という言葉が、頭から離れない。

背骨がまだ治ってない身体をかかえ、なんとなく気力も低下していた。今冬から来年にかけて実現したいと思っていたことも、カネや身体を言い訳に次々と考えるのも止めていた。

山岳部の大先輩からのメール、Graham Zimmerman氏からのメール・動画を幾度も見直す。

さて、まずは明日の仕事を頑張ろう。

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神田神保町 ろしあ亭 

平日に公休取得、セックスと暴力に彩られた街・東京へ。

午前中に野暮用を済ませ、午後からは所属するガイド協会の会議。

その前に神田神保町でランチ。

Ru1ランチセットのボルシチと、

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白いビーフストロガノフでエネルギー充填。丸いのはライスではなく蕎麦の実。

 中学生の頃からオストロフスキー『鋼鉄は如何に鍛えられたか』やレルモントフ『現代の英雄』に親しんでいた私は、社会人になって東京に行く機会の度、ロシア料理店に通った。

 でも、パミール高原で高所登山の経験があるTさんいわく、「ロシアの黒パンは最低だ。あれだけは二度と喰いたくない。」と私の夢をぶちこわしてくれた(笑)。

 そのTさんもK2登頂を夢見ながら病に倒れ、世を去った。

 東京のロシア料理で腹ごしらえしてから、重たい課題が待ち受ける午後の会合へ出発。

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ヤマガタダイカイギュウと化石掘り 2019

山形県朝日少年自然の家の企画事業『ヤマガタダイカイギュウと化石掘り』にサポーター参加。

Dsc00823 今年も山形県朝日町のヤマガタダイカイギュウ発掘現場の見学から始まる。

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山形県立博物館の小林先生をお迎えして、珪化木の解説。この後、子供たち皆でチゼルハンマーで珪化木を叩いてみました。

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周辺の地質状況解説の間も、「化石掘りまだ?」と待ちきれない子供たち。小林先生から安全面の注意を受け、露頭に移動。さあ、子供たちのお待ちかねの時間。でも毎年思いますが、子供たちより親子参加のお母さん方が化石採掘に夢中になってます。

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 掘り出した化石は小林先生にその場で鑑定してもらいます。軍手も外し、子供たちの手(右)は泥だらけ。小林先生はどんな化石でも、たとえそれが化石ではない、火砕流に巻き込まれた岩石でも、掘り出した石の意義・意味を解説してくれるので小さな子供たちも保護者の方も喜ばれていたようです。

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 私の掘り出した化石の一つ。二枚貝の稚貝が多かったです。所員の工藤さんはハマグリ級の大物二枚貝をゲット。たとえ一部でも、巻貝の化石は子供たちも大喜び。

Dsc00833 化石掘り終了後は、参加者の皆さん親子同士で弁当昼食。

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 昼食会場の一本松公園からの椹平の棚田を望む。亡き人をめぐる出来事が多すぎた今月、久々に子供たちを相手にして精神的に生き返る思い。化石もまた、死んだ生物の「生痕」なのだが、まあ難しいコトを考えるのはよそう。曇りがちの空から差し込む日差しの下で、私達は穏やかな時間を過ごした。

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  例年、朝日少年自然の家でも最も人気のある企画事業の「化石掘り」。今年は受付開始直後から自然の家の電話が鳴りやまなかったとのこと。申し込み希望の方は受付開始後に速攻で電話するのが吉です。

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生者と死者の間

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19日、大雨・暴風の中、田沢湖へ。

JMGA加入以来、18年組織を共にしたガイド仲間が山で亡くなる。

兼業ガイドの悲しさ、捜索にも葬儀にも駆けつけられず、ようやく今日、弔問。

 今月は高校山岳部の先輩のお父様が亡くなり、さらに亡父の七回忌を迎え、法要は家族だけで済ませるべく、父方の親戚への根回し、寺の法要手配等々。メディアでは台風19号で亡くなった遺族の話題が連日続く。

 その一方で、娘は進学に備えて美術系予備校の講習会に通うため、私が毎晩迎えに車を走らせる。

 逝く命、見送る死者と、開かれた未来がある世代の間を、私はウロウロするだけの1ヶ月。

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【レビュー】ストームゴージュアルパインパンツ

ファイントラック社のストームゴージュアルパインパンツを購入。

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左が従来愛用してきたストームゴージュパンツ、右がストームゴージュアルパインパンツ

 FT社のストームゴージュアルパインパンツを購入。
 以前はフランスのアイダー社のパンツを登山用だけでなく普段着としても着用していた。アイダー社製品が日本から撤退、入手できなくなり、生地もゴムも劣化してしまった。

 アイダーのパンツにとって代わったのがFT社のストームゴージュパンツである。生地がゴワゴワするという方もおられるが、私は登山用だけでなく普段着としても利用している。さすがに傷みが目立ってきたので、今回はストームゴージュアルパインパンツを新たに購入。

 早速、悪天下の古寺鉱泉~大朝日岳往復で使用してみた。

 驚かされたのが、生地の撥水能力。

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 登山口から歩き始めて6時間後のパンツ生地をマクロ撮影したもの。天候は小雨~霧雨の繰り返し。風が吹いていたため、常に雨粒が身体に吹き付ける状態だった。

 新品ということもあろうが、雨粒を一切通さない撥水能力を保つ。

 私は登山において、よほど強い雨でないかぎり雨具のズボンは着用しない。ガイド山行ではお客様から「ガイドさん、下履かないんですか」と心配されるほどだ。理由は単純、汗かきな私は雨具のズボンを着用しても結局身体が発する汗でずぶ濡れになること、足回りがブカブカするのが嫌だということに由来する。

 これだけの撥水能力があれば、雨具の下を履かない私には大変便利なパンツとなる。

 さらに特筆すべきは、ストームゴージュパンツに比較して太股のベンチレーターが大型な点である。

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左がストームゴージュパンツのベンチレーター(FT社の用語ではリンクベント)、右がアルパインパンツのベンチレーター

大型ベンチレーターの効果だろう、風を受けると太股・膝周りの空気が動いていることを実感する。

これらの撥水能力、ベンチレーターのおかげで、先日の大朝日岳往復は一日中、雨具のズボンを着用せず、かつ快適に歩くことが出来た。

難点を挙げるとすれば、

Ft5 ベンチレーターが大型になったため、脚を曲げた際にシルエットが乗馬ズボン並みに横に広がってしまう。私は格好に無頓着な方なもんでさほど気にしないが、人によっては好みが分かれるところだろう。

 所有しての課題は、今後は幾度もラフに洗濯するわけで、どうやって新品同様の撥水能力を保持するか、になるだろう。

Ft2_20191002090601上がストームゴージュパンツ、下がアルパインパンツのバックル

 今後はこのパンツを存分に使い倒したいと思います。

※当初、記事中で別モデルの「ストームゴージュパンツ」を「旧モデル」と誤って表記しておりましたので修正しました。(2019.10.1)

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さよなら、古寺鉱泉・朝陽館

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今シーズン限りで営業を終える古寺鉱泉・朝陽館に泊まる。営業最後の年のためか、週末はツアー等で予約いっぱいのところ、空いている日曜宿泊で予約成功。明日は古寺鉱泉から会社に出勤である。

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2階の部屋に案内され、宿帳に名前と住所を記入。ご主人から、

「あれ、山形市の○○に住んでるの?おれ近くの△△出身なんだけど」

同じ学区の出身ということで話が盛り上がる。

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同じ学区出身ということで?にこやかに宿の説明をしていただく。窓に置いてある布テープは「カメムシ君」(ご主人談)対策。カメムシがでてきたら、手に触れないようにしてテープに貼り付け、備え付けの袋に入れる。

「まず入浴して汗流しましょう!」

ご主人に勧められ、入浴。

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源泉は7.3℃の含二酸化炭素ーナトリウム・カルシウムー塩化物・炭酸水素泉冷鉱泉。それを沸かしたお湯が幾人もの登山者を癒やしてきた。

一風呂浴びて、夕食までの2時間、のんびり過ごす。

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窓からの光景。古寺川の流れる音。

初めて朝陽館に泊まったのはだいぶ以前、ツアー登山がまだ盛んだった頃。

大朝日岳の日帰りツアーから下山し、朝陽館の前に到着した時のこと。登頂できて涙を流すお客様をみて、山岳ガイドという仕事の素晴らしさを知った。

宿泊しなかったものの、ガイド山行で前を通り過ぎる時、これから山頂を目指す緊張感、下山した時の安堵感。

昭和12年築造の朝陽館にいつも見守られてきた。

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1階廊下の様子

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2階の階段から玄関を望む

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黒光りする木造の階段、手すり

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2階廊下の様子

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部屋を仕切る戸は障子です

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アルミサッシの内側、元の木戸の鍵はネジ式

「ちょっと早いですが・・・」

と、ご主人の声がかかり、1階の広間で夕食。

本日の宿泊客は私の他に、ご高齢の夫婦とトレイルランやっているという元気そうな息子さんの親子一組。

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ご主人から料理の説明。左下から時計回りに、山ウドの煮付け、大根の山葡萄漬、ワラビおひたし、だし(山盛の中に豆腐)、キクラゲのポン酢あえ、ゼンマイ煮付け、ブナハリタケ煮付け、岩魚塩焼、キノコ味噌汁(すんませんキノコ名前忘れた)、御飯は山形のブランド米つや姫。

 お隣の親子連れは横浜からいらっしゃったとのことで感激しきり。山形県人の私にとってはなじみの食材だが、県外から訪れる山岳部の先輩後輩、お客様には、こういう料理食べさせたかったなあ・・・と後悔の思い。

 夕食を食べていると、女将さんがわざわざ私のところにやってきて、

「大滝さん、山形市から来て十分帰れるのに、お泊まりになるのは、営業最後とかお聞きになったからですか?」

と核心を突かれる質問をいただく。

月山山頂小屋ではガイドとして御厚意をありがたく戴いているが、普段はあまり「山岳ガイド」という身分を振り回したくない。今回も普通の登山者として泊まっていたのだが、話の成り行きで昔ガイド山行でお世話になったことを話す。

女将さん「ガイドですってー!」

ご主人「なんだよー、それ早く言えよー!」

それからはガイド業、ツアー登山を巡る旅行業、朝陽館の今後、新設される登山センターの話で盛り上がる。ご主人の話から、横浜からいらっしゃった親子の方のお話から、いろんなお話。

朝陽館の夕食には、人との出会いがありました。

夕食後は部屋に戻る。

朝陽館の電話は衛星通信電話だ。電波の届かない楽天モバイルのwifiルーター、ガラケー、iphoneはポーチにしまう。気象情報を得るためのラジオも入りが悪い。普段はiphoneに録音しているエピック音楽を聴くのだが、それもここではやめる。

古寺川の水音、かすかに薪を焚く香り。通信手段から閉ざされた、静かな山の宿で、現代メディアの評論書を熟読。

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自家発電が止まる夜間、階段をほんのり照らすランプ

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しっかり睡眠をとった翌朝、布団をたたみ、ご主人らが朝飯の用意をする前に宿を退出。

さあ、これから会社。今週も現場作業に頑張ろう。

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早朝の玄関。さよなら、古寺鉱泉・朝陽館。

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