名護岳、再び。

日曜、快晴。
3年前の山行に続き、再び名護岳(345m)を目指す。

Moon
名護城公園の寒緋桜も満開から散りかけ。
桜に月。

名護岳登山口になっている名護青少年の家事務室で、入山届と挨拶を済ませます。
下山したら下山届として名簿にチェックを入れるシステム。
名護青少年の家を経由しなくとも山頂にアプローチできる車道はありますが、万一の事態を考えれば青少年の家に立ち寄り入下山届を行うことをお勧めします。

2度目の登山、前回とは全く異なるコース取り、山と渓谷社分県登山ガイドにはないコースで山頂をめざします。
往路は名護岳南側・南展望台コースを登ります。

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分県登山ガイドに掲載されている「Aコース」に比べ、南展望台コースはあまり刈り払いされておらず、期待どおりワイルドな登山道が続く。

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シダと細竹が続く単調な植生の中で、突然現れた白い花。名前不明。

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リュウキュウイチゴが一輪咲いていました。

南展望台コースはポピュラーな「Aコース」に途中で合流。ここでひとやすみ。
本日の行動食は、
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沖縄の菓子「タンナファクルー」。
名称は製造元元祖の名前「玉那覇(タンナファ)」と色黒「イルクルー」からきているとか。
食感は本土の「みそパン」、味は黒糖味です。

合流点から前岳(前衛峰)を通過し、約20分ほどで頂上へ。
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木漏れ日の中、木々に囲まれた山頂稜線を歩きます。

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山頂の標識がみえてきました。
山の大小・季節を問わず、頂上間近の高揚感はいいですね。

誰もいない・誰も来ない山頂でコーヒーを飲みながら過ごします。

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前回は曇天とガスの中で登った名護岳。
今日は周囲の山と海が一望です。

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光の具合でよく映っていませんが、辺野古の海も見えます。

沖縄に住み着いて今日で一か月、基地問題だけでなく沖縄の戦跡についても考えさせられることが続きますが、これはまた改めて書きましょう。

下山路は名護岳北面に下り、やはり前回未踏の「沢コース」を下ります。

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白い花もあれば

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赤い花もあり。

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名護岳北面はトラロープがフィックスされた急傾斜。
注意しながら下り、少し車道を歩いて「沢コース」へ。
入口ではマングースが目の前を横切っていきました。

「沢コース」といっても沢を下るわけではなく、
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渓流沿いに整備された道が続き、ときおり流れを横断していきます。

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名護岳だけでなく名護城のあちこちでみかける大きな貝殻。
これはオカヤドカリの殻。残念ながら生きた中身はまだ見たことがありません。

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なんの写真かまるでわかりませんが、草に覆われた細い入口の奥は広いスペースになっています。
炭焼き場の跡。
名護岳は昔から人の手が入り木々が伐採され、その植生を大きく変えてきた歴史があります。

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「沢コース」を抜け、青少年の家に通じる遊歩道を進みます。
頭上をみれば、ヒカゲヘゴの大木に覆われてます。

青少年の家を出て帰着するまで、ちょうど2時間の山歩き。
さらに徒歩でウィークリーマンションに戻り、昼食と休憩。

午後は理髪店で髪を切り、図書館で文献を調べ、スーパーで夕食のおかずを買って帰り、部屋の掃除と洗濯。
観光目的で滞在している訳ではないので、日曜はゆっくり、やりたいこととやるべきことを済ませ、また明日から仕事です。

嘉津宇岳はシークヮーサーの香り

諸事情により月曜休工。
いろいろ頭の痛い問題を抱えつつ、気分転換に山へ。

今私が住んでいる名護市から目立つ山稜を描く、嘉津宇岳(かつうだけ 452m)を目指す。

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名護市の石灰鉱山から望む嘉津宇岳

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車で行ける最奥、登山口はグラウンドのような広さ。

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整備された石段はすぐに亜熱帯特有の密林の道になります。
多くの入山者がいるのでしょう、踏み跡は明瞭なため迷う心配はありません。

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名称不明。米粒ほどの花がたくさん枝に付いていました。

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「板根」を見ると、沖縄の山に来てるんだなあと思います。

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登山口から30分ほどで山頂到着。
強風、あまりぱっとしない曇天のため、早々に戻ります。

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山頂を彩るタチアワユキセンダングサ

登ってくるときに「え?」と思いましたが、登山道に柑橘類の皮が無数に散乱している箇所がありました。
ずいぶんマナー悪いなあ・・・と思いつつ、どうもあまりにも散乱しすぎてるなあ・・・とあたりを観察したら、

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柑橘類が自生してました。
名前がわからなかったのですが、途中の木に看板があり、シークァーサーと判明。

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早朝からの強風で落ちたのでしょう、無傷な実があったので食べてみました。
みかんの原種のような、酸味は強いけれど甘い味です。
シークァーサーといえば「すだち」のように緑色の実をイメージしていたのですが、自生していたものだからなのか、完熟するとミカン色になるようです。

食べた皮は捨てる訳にいかないので、しばらく右手に持って足場の安定したところでザックに入ったビニール袋にいれましたが、もう右手は柑橘系の香り。
単調な石灰岩の下り、時々右手のシークァーサーの香りを楽しみながら下りました。

大正時代頃までは沖縄本島最高峰と信じられていた嘉津宇岳。
山頂の展望はなるほど、そう信じてしまうような見事な眺めでしたが、私にとっては東北の山では体験できない、柑橘系の香りの山でした。

スキー&お買い物

世間様でいう三連休。
1月7日。
小学校のスキー教室を控えて足慣らしのため、息子をスキーに連れて行く。
行き先は蔵王。

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 いつも上ノ台ゲレンデを利用しているのだが、駐車場が比較的遠いのが難である。
 今回は試しに竜山ゲレンデの駐車場からアプローチすることにした。
 竜山ゲレンデから平地を少し移動し、いつもの上ノ台ゲレンデへ。

 プルークボーゲンで自由に滑れるようになった息子。
 昨年のスキー教室では、自分の実力より低い初心者クラスに編入されて不満だったらしい。
 一方で、プルークボーゲンで自由に滑れる現状に満足してしまい、1時間ほど滑ったところで「帰りたい」と言い出した。
 スキーが上達する喜び、スキー板をそろえてターンできる喜びを教えたいのだが、残念ながら私にはその能力は無い。
 足慣らしとウェア、靴の調子をみる目的は果たせたし、興味を失ったまま滑らせるのも危険と判断し、二人で駐車場に戻る。
 本日は蔵王スキー場の「子供の日」で、小学生のリフト1日券は千円。朝から息子のやる気を観察してなんとなく予感はしていたので、私も短時間のリフト券を購入していたため金額の負担感は少ないが、息子のやる気を引き出せない自分にやりきれない思い。
 私「家から車で30分で、こんな大きいスキー場に来られるなんて、凄い恵まれているんだよ」
 息子「あっ、そう」 (昭和天皇風)

 駐車場への帰り、スキー場に勤務している義兄に挨拶に行く。
 スキー指導員の資格を持つ義兄に息子のことも相談しながら、今シーズンの蔵王の様子を伺う。
 数日前(1月7日現在での話)、ようやく積雪があり蔵王スキー場全ゲレンデが滑走可能になった、と義兄も安堵の様子。
 facebookで各地のスキー場の様子を拝見していたが、ようやく私も今シーズンのスキー初め。
 
 息子のおかげでスキー場早退したおかげで、予定を前倒しして午後から老母を連れて親戚廻り。
 田舎の長男は忙しい。

 1月9日
 昨夜の尾花沢市「裸参拝」で万一体調を崩した場合を考え、9日は何も予定を入れず休養日にしていた。
 幸い、あの強風の中で冷水をかぶり里山を駆け抜けても、風邪をひくことはなかった。
 バカは風邪をひかないのである。
 
 空いた時間を利用してモンベル山形店にて
Wear
 中間着を1着購入。
 性格が暗黒なもんで明るい色にしてみました。
 今シーズンは新たな相棒と山に行きます。

一年の走は元旦にあり

市民マラソン大会。
出場を申し込むエントリー期間は、たいてい開催2ヶ月くらい前には締め切られる。

私のように直前に出張が決まる仕事の多い人間には、これがネックになる。
会社の業務にも邪魔されず、マラソン大会に出られる期間を考える。

で、でた結論が1月1日開催の『元旦マラソン』。
今回は山形県 川西町で開催される 『第41回川西町元旦マラソン』 5km部門にエントリー。

今年は時折小雨がぱらつくが、幸いにも穏やかな天候。
川西町は人口1万5000人の小さな町だ。

普通の何千人も参加するマラソン大会とは異なり、きちんと全員参加して開会式が行われる。
5km部門、○○高駅伝選手やら、もう体型がトップランナー風の若者が目立つ。
やべえ、結構ガチな大会だと今頃気がつく。

スタート。
予想通り、凄いハイペースで皆が走り出す。
なんとか大多数のランナー達の後方にくいつきながら走る。

隣のおっさんが
「いやあ、なかなか練習する機会なくて、大会は昨年の元旦マラソン以来なんだよね」
と話しながら走っている。

(おお仲間、仲間、あんまりトレーニングしてない人ここにもいるよ~)
と思いしばらく近くを走っていると、沿道に立って応援している川西町住民の皆さんが、そのおっさんにむかって

「がんばって~!」
「町長~!」

え?
よくよくそのランナーの横顔みたら、今朝の開会式でスーツ姿で挨拶していた原田俊二町長でしたw
しかも町長、足が速い。あっというまに離された_| ̄|○

なんとか5km走りきり、控え室の体育館へ。
ここで水分補給と入念にストレッチ。
レース後、実はマラソンよりこっちが本番ではないかとささやかれる、川西町元旦マラソン大会名物の「大抽選大会」が始まる。

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抽選大会の様子

この大会はぁ、全員手ぶらでは帰しません!
という競技役員の凄みあるアナウンスと共に抽選開始。
大会スポンサーである川西町各地の企業・商店、協賛スポーツメーカーから提供された物品が次々と抽選でランナー達に手渡されいく。
日本酒が多数提供されていたが、厳正なる抽選の結果、そのほとんどが小学生ランナーの手に渡る珍事が発生。
「おとうさんに渡して、お年玉いっぱいもらえな」
と、フォローが入る。

かくいう私、
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大塚製薬提供のスポーツドリンク用ボトルをゲット。
ボトルは40個用意されていたので、まあ高い確率で当たります。
自分のくじ運の無さを再認識。
右は参加賞で渡される米『つや姫』450g。

私は両足にキネシオテープ貼りまくっていたのだが、競技役員らしき女性から「冷却スプレーとか大丈夫ですか」と声を掛けられる。彼女は救急箱を持って会場各地をまわっていたようだ。
小さい大会とはいえ、しっかりした運営体制のマラソン大会。
普通のマラソン大会と異なり、誰も途中で帰ることなく抽選大会、そして閉会式が進められ、解散となる。

町長も先頭切って参加、運営体制もしっかりしており、楽しく過ごした元日でした。
何千人も参加するマラソン大会しか知らないランナーには、オススメの大会です。

ガイドとしてだけでなく、一登山者として体力はキープするだけでなく、年齢に抗って向上させていきたい。
私は蔵王もろくに登れない体力で登山を始めて今に至っているので、体力をつけることがいかに地道なことか身に染みて知っている。

体力の低下と抜けない疲労で自分の年齢を自覚し、休養の大切さを知った昨年。
今年は少しずつでも体力増強を目指していきます。

二ツ井町へ

23日。
現場が休工になったため、天候は今ひとつだが能代市・二ツ井町へ。

最高峰の権現倉(287m)をはじめ七つのピークが連なる里山、七座山(ななくらさん)を目指したのだが・・・
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JR二ツ井駅から仁鮒入山口を目指す途上、ぱらついていた霰が本格的な雪になってきた。
風も強い。
里山とはいえ、入山は控えるべきだろう。

途中のローソンでぬくぬくしようか・・・と山麓の神社で休んでいるところ、スマホに親方と仕事の相方とそれぞれから電話が入る。休日を過ごすため、ちょうど二ツ井町を通過するので車で拾おうかという。ありがたく申し出を受ける。

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風雪の中、広い県道で親方が運転してきたワゴン車に拾ってもらう。
登山は断念。まあ、こんな日もあるさ。

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3人して小坂町に足を伸ばし、かつて栄えた鉱山街の華やかさを伝える康楽館を見学。
昼は比内にて、比内鶏の親子丼を食す。

午後は山形から移動してきた作業仲間を拾い、帰宿。
私は部屋で、工事機械のパーツの修理。

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スーパーの惣菜コーナーで買った「みそたんぽ」。
秋田名物キリタンポって鍋料理として食べるんだけど、お一人様だと食べる機会を作るのが難しいんだよね。最近はキリタンポ鍋定食やってるところもでてきたけど。
昔々、東北を自転車で一人旅していたころ、金もなく鍋料理とも縁遠い生活で重宝したのがパックで売られている「みそたんぽ」。

洗濯をすませ、休日だか仕事だかわからん日が流れていく。

深山 【278m 宮城県山元町】

 『わたり復興マラソン』を走り終えた後、20分ほど車を走らせ、隣町・山元町に位置する深山(しんざん 278m)を目指す。
 
 参考サイト 深山と少年の森(日本山岳会)

 駐車場は「深山山麓少年の森」の駐車場を利用。

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深山神社が入山口となる。

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あれ?ツバキかな?

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14時、既に傾いた陽が木々の間から差し込む道。

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ツチグリ

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ん~秋の花。

などなどを眺めながら、標高278mの里山ながら、つづら折りの道は登りがいがある。

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太平洋側が開けた道にでると頂上はもうすぐ。

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山頂には東日本大震災の慰霊の鐘。なにより、太平洋の眺めが素晴らしい。

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山頂から蔵王連峰を望む。南端からの、あまりみられない角度からの蔵王連峰の眺めも素晴らしい。

10kmマラソン走った直後で脚の筋肉もエンジンがかかった状態だったので「駒がえしコース」を約40分で登りましたが、素晴らしい里山でした。

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深山山頂のあずまやで、「とうふ処 豆達人」で購入した豆乳パン(チョコパン)で遅いランチ。
穏やかな太平洋、そしてまだまだ復興途上の亘理、山元の耕作地を眺める。
マラソン大会の会場とはうってかわって、1人だけの静かな時間を過ごしました。

浜と食欲と私

13日、日曜日。

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宮城県亘理町で開催される『わたり復興マラソン大会』10kmに出場。

 汚染土のフレコン記念撮影してグダグダ語るアウトドアライターと違い、福島・宮城・岩手の被災地で汗を流して仕事をしてきた。
 いつかプライベートで、この地を訪れたい。
 そんな土地の一つが、亘理町だ。
 誤解されたくないので明記しておくが、私はアスリートなどではない。休日は山よりも図書館にこもって郷土資料を漁っているほうがいい。
 しかし図書館通いや、少年自然の家で子供達を相手に野外活動を続けているだけだと、登山の厳しい場面で要求される、自分自身に対する闘志、他人に対する闘争心のようなものが衰弱していくような気がする。
 年にいっぺん、自分に喝を入れるためにマラソン大会出場を決めている。

なーんてマジメなこと考えてるよりも、
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参加賞の「はらこめし」に目がくらんだワタクシでした。
10km走った後の「はらこめし」、激ウマでした。

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この『わたり復興マラソン』、やはり参加賞として配布される豚汁はおかわり可能という太っ腹。

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快晴の下、「はらこめし」と豚汁で一息いれました。

なお『わたり復興マラソン』出場予定の方へのアドバイス。

 ・2016年の大会では通常のマラソン大会で用意されている選手控え室(たいてい体育館)がありません。会場となる民間企業のグラウンドの芝生に銀マットを敷いて、屋外でストレッチする参加者も多いのですが、事情を知る地元の参加者の多くが「パッと開く」ポップアップテントを用意して参加されていました。
 私はたまたま車に積んでいたモンベルのムーンライトⅢとサーマレストマットで「個室」を確保、スタート前までリラックスして過ごしました。

 会場で少し休養した後、亘理町の商店街へ。
 行き先は、とうふ処 豆達人 へ。

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目的はもちろん、

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豆乳ソフトクリームです。
続々と入るお客さん達も皆、ソフトクリームを手にして店から出てきましたw
他にもドーナツやパンも置いてあり、亘理町を訪れる際はぜひどうぞ。

800万年の光沢

 山形県朝日少年自然の家の毎秋恒例行事 『地球の歴史探検隊!~ヤマガタダイカイギュウと化石掘り~』 にサポーターとして参加。
 自然の家主催行事でも高い人気を誇るこの行事、今年は午前、午後の二部に別れて催行するという。
 伺った話では募集開始と同時、各学校に配布したチラシが行き渡る前に定員40名が瞬時に埋まってしまったため、募集枠を倍増して二部開催にしたとのこと。
 
 今回は私も班付サポーターとして、午前・午後いずれも幼稚園児を含む年少者の多い親子連れをフォローする。

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 午前の部。ヤマガタダイカイギュウ発掘現場を見学。
 山形県立博物館の石黒先生からレクチャーを受けます。

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 その後、山形県朝日町某所で砂岩層・泥岩層の違いなどレクチャーを受けた後、古びた林道の斜面で化石発掘開始。

 初めての方はなかなか化石発掘のやり方がイメージできません。
 最初に私が速攻で掘り出し、

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 こんな風に貝がでてきますよ~、と実物を見せてあげる。
 今回は私が担当する班に自力で掘り出すことができない年少者がいるため、化石がチラリと見える程度に掘り出し、 「ほら、これ化石じゃないかな~」と差し出してみる。 保護者の方も子供達も「こんな感じででてくるんですか」 「もっと出てくるかも」とやる気を出してくれた。 

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 掘り出した化石の鑑定をしてくださる山形県立博物館の伊藤先生。
 鑑定を待つ間の子供達の表情から、ドキドキ感が伝わってきます。

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 自然の家の土屋所長が掘り出した大型の巻き貝。
 今年はウニの化石を掘り出す子供達が続出、ウニ化石の当たり年でした。

 現地での昼食をはさみ、午後の部の参加者たちと合流。
 わずかな時間を利用して近くの公衆トイレへ。
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 今年もこの景色に出会えました。山形県朝日町、椹平の棚田。

 午後に担当した1年生の女の子は、私が最初にサンプルとして見せた二枚貝の化石がツボにはまったらしく、「この石ほってみて~」となついてくれた。
 砂岩の塊に耳をあて、 「なにか音がきこえるよ」 「化石がいびきをかいてねているよ」 と言う。
 採取時間がおわり、駐車場に帰る際に露頭を指さし「ここにまだ化石がねむってるの?」と聞かれる。
 「そうだよ、来年化石掘りにくるお友達のために、まだいっぱい化石眠ってるんだよ」と答えてあげる。

 今日は自分の化石採取は考えず、参加者たちの様子を巡回しながら一日がおわりそう・・・午後の採取時間もまもなくという時、足下に砂岩のフレークが落ちていたので何気なく拾ってみた。
 何かキラリと光る部分が露出している。
 貝の殻かと思ったが、この露頭で採取される貝化石はほぼ石化しているはずである。
 植物の根かと思ったが、光沢が明らかに違う。
 ハンマーで慎重に砂岩を崩すと、

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 サメの歯の化石でした。伊藤先生によればムカシアオザメの歯と鑑定いただきました。 
 化石といっていいのだろうか。エナメル質の光沢も美しく、内部は空洞になっている。
 自然の家でサポーター(ボランティアスタッフ)を始めて10年以上になるが、今までの化石掘りで貝、ウニ、魚の骨はでてきたがサメの歯は聞いたことがない。
 この地層は約800万年前に形成された層。化石掘りの記事で毎回書いているが、現在の学説ではアフリカあたりで類人猿が人間になりかけの時代である。
 800万年もの間、地中の闇の中でこの光沢を保ち続けてきたサメの歯に、感動せずにはいられませんでした。

 化石採取という活動を通じ、子供達や保護者の皆様にも驚きと感動を味わってもらえたこと。
 コミュニケーション下手、氷雪や岩に秀でている訳でもない、ガイドとしての自分に行き詰まりを感じていたが、自分のささやかな行動で子供達に自然の素晴らしさを味わってもらえる。
 少しずつでも、野外教育の現場で経験を積み重ねていこう、という想いを新たにする。

芋煮の秋 【Autumn of Taro stew party】

10月1日、土曜日。
息子の通う小学校の学年行事として芋煮会。

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河原で芋煮なんて、何億年ぶりだろう。

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会場脇の橋脚は、次に場所をとるための予約予告の貼り紙でいっぱい。


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芋煮って子供達が作るのかと思いきや、子供達は河原のゴミ拾いやレクレーションゲームに専念、お母さん方が気合いいれて作ってました。

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In the autumn, we have Imoni-kai (Taro stew party) on the bank of the river. It's the popular among both children and adults, and sunny days and holiday there are many people that it's hard to find a space.

Imoni (Taro stew ), for seasoning we use soy sauce, japanese sake and suger. When the Satoimo (Taro) gets soft then we put in slice of beef and leeks go in last.

 But, anything cooked and eaten under the blue sky with a lot of people like this tastes good.

Source: Nice to meet YAMAGATA (Association for international relations in Yamagata )
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「あらこれ結構いい肉使ってるわよねぇ~」とお母さん方の会話も弾む一方、マキが足りなくなり、カミさんが役員をしている関係で私が近所のスーパーに買い出しに走る。

この季節、山形ではスーパーに鍋、簡易かまどが貸し出し、マキが販売されているのが風物詩。
今日は山形市内に用事があるため、私は芋煮二杯喰ったあと、途中退場。
快晴の下、芋煮日よりでした。

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10月2日、日曜。
本日は山形南高校山岳部OB会主催の芋煮会。
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おわりかけでしたが、ヒガンバナが見事に咲いてました。

以前にも書きましたが、私は高校の同窓会などには関わりたくないので、同窓会関連の郵便物は開封することなくゴミ箱に投げ捨てている。
 まあ私もいいかげん歳なもんで、高校山岳部の近い年代の面々とは年いっぺんくらい飲みにいく程度に気持ちは氷解したんですが、それでも公の山岳部OB会からは遠ざかっていたのですが・・・
 
 山形県朝日少年自然の家の登山関連プログラムで私は登山講師という形で参加させていただいているのだが、数年前から、山形県庁から視察目的に派遣されていたのが県文化財・生涯学習課のTさん。
 よくよく聞けばTさん、私より三年下の山形南高山岳部OBだったりする。あーなんて世界は狭いんだ・・・
 先日の月山登山にもTさんに同行していただき、高体連登山部仕込みのきっちりした山登りで私の至らぬ点をサポートしてくれました。
 その帰りのバス、Tさんの隣の席に座っていた際に、「10月2日、山岳部OB会の芋煮会、二口(ふたくち)橋でありますんで、ぜひ来て下さいっ」とお誘いを受ける。
 一言だけだったけど、なんか熱いお誘いだったので2日に予定を入れる。

10月2日、二口橋、という二つのキーワードしか聞いてない(笑)にもかかわらず、まあ芋煮やるなら昼だよなと豊洲移転を監督する東京都庁ほどでないけどアバウトな考えで現地を訪問。

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 山形南高校山岳部OB会の芋煮会、趣旨は「OBが芋煮を作り、現役部員にふるまう」というもので、私も会場到着後、数秒後にはなぜかお玉を手にして調理係になっている。 

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 来週の大会に向け、月山から下山し会場に直行してくれた現役部員たちと共に。
 現役部員の多くが一年生ということで、ちょっぴり安心。
 
 山形南高山岳部OB会の皆様、現役部員の皆様、顧問の先生方、楽しい時間をありがとうございました。

 と、解散して遠方の駐車場に停めていた私の車に戻り、車道を走っていると、河原沿いをとぼとぼ歩く3人組の姿が見える。
 あれ?
 もしかして来週大会にでる3人組でわざわざ歩いて会場に来た現役部員じゃね?
 (他の下級生は自転車で会場に来て、帰って行った)

 車で近づいて話を聞くと、歩いて高校まで戻るという。
 え~ここから3km以上あるよ~山から下りてきたばかりでしょ~
 この『魁!男塾』みたいなノリまだ残ってんのかよ~
 3人を拾い、高校まで私の車で送っていく。

 車中で部活の様子をたずねる。私が現役だった頃にくらべ、山形市内で3校ちかく、山岳部は廃部になったらしい。登山ブームとやらは地方の若い世代には反映されてないようだ。
 気になったのはOB会も現役部員も、雰囲気がなんとなく大会寄りだということ。

 私はそれなりに海外登山の経験も積ませてもらったけど、高校時代は体力も無かったので国体・インターハイには無縁の人間だ。もっと山の魅力を感じて欲しいなあ・・・
 そんなもどかしさを口にする前に、車は高校に着いた。

 このブログを目にする高校山岳部員がいれば、伝えたい。
 大会も貴重な経験だけど、登山の魅力はそればかりじゃないよ、と。

湯殿山へ

9月25日、日曜。
山形県朝日少年自然の家の主催事業、『大人の月山トレッキング ~秋の月山縦走~』の登山講師兼ガイドとして参加者を引率。

 気圧配置図に表現されていない秋雨前線の末端が山形にかかるかな・・とイメージしていたが、濃いガスと低温ながらもなんとか天候は保ってくれた。
 月山・八合目駐車場から月山山頂を経て湯殿山へ下りる行程。

 残念ながら、脚を痛めた方と付き添いの方・参加者2名には、自然の家の土屋所長自らリードしてもらい姥沢に下りていただき、本隊は湯殿山へ向かう。
 初心者を意識してペースを落としていたのだが、湯殿山本宮のシャトルバス最終時間から逆算して、かなりタイトなスケジュールとなってしまった。
 金姥・施薬小屋からはあまり余裕もなく、参加者の皆様には体力的にも負担をかけてしまった。
 
 月山の紅葉は大当たりの日だったけれど、紅葉の感動も消え去るほど参加者の皆さんお疲れの様子。
 すぐ後ろについていたお客様は、「月山はいいけれど、ここ(湯殿山コース)はもういい」とおっしゃる。
 私自身は、シーズン中にわたり登山者であふれる羽黒・姥沢の両コースより、人(ひと)気の無い静かな湯殿山コースは好きなのだが。

 湯殿山コースは嫌いになっても、月山は嫌いにならないでください!(前田敦子風)

 今シーズン、正直いえば、コミュニケーション能力の無さにガイドとしての限界を感じていた。
 資格更新も次回は諦めよう。
 そんなことを考えていた。

 もちろん今回の企画のために睡眠時間を削って諸準備に励んできたし、ガイドとしてのモチベーションの低下が今回の山行に表れたとは自分でも決して思わない。
 全ての日程が終わり、自然の家H支配人から「次の企画もよろしくお願いします」とおっしゃっていただいたことは嬉しいことである。

 なんとなく、今のままの自分、今のままのガイドじゃダメなんじゃね?
 そんなことを思いながら、いつものように

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 帰宅途中のセブンでコーヒーとドーナッツを買い、ひとり打ち上げ。
 そして、以前のガイド山行と同様に


 ジプシーキングスの『インスピレーション』を車中で聴きながら自宅に帰る。
 今シーズンも、一つのガイド山行が終わる。

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