雲海の山

出張先で現場作業の日々が続く今シーズンですが、まあ細々とガイド活動はやってるわけでして。

7日、18名のツアー引率で山形県新庄市の杢蔵山(もくぞうさん 1027m)をガイド。
出発時は濃霧というよりも霧雨気味。
高気圧の張り出しを期待していたであろう、バスから降りたお客様たちに「山形の天気予報は?」と幾人からも尋ねられる。
登山途中から陽が差し、やがて快晴へ。
標高900mに満たない稜線から、あまりにも見事な雲海にクライアント達は大満足。

稜線に到達するまで、私のすぐ後ろを歩いていた一名のお客様のペースが遅れ気味。
添乗のF氏はかなりテキパキとそのお客様のペースを見越して後ろにつかせ、残りのクライアントを私が引率。
気持ちの良い稜線にある杢蔵山荘周辺で昼食をとらせ、私は再び登山道を戻り、遅れ気味の客と付き添っているF氏を迎えに行く。
ここで添乗のF氏がきっぱりとそのお客様に登頂断念を言い渡す。
本来は私、ガイドのやるべき対応である。

登らせてあげたいという気持ちと、全体の行程を配慮しなければならないツアー。
自分の甘さが露呈したことを痛感する。
そしてあらためて思う、ツアー登山でのリスク管理。
下山口から、入浴施設に向かうお客様達が乗ったバスを笑顔で送りながら、無事山行を終えた喜びと、次々と思い浮かぶ至らなかった点に対する後悔が沸き上がる。

帰路の車中では

ビバルディを流して気を鎮める。
今の自分には足りないものが多すぎる。
来季のトレッキングガイドに向けて、また一から模索です。

・・・と、疲れた時は甘いものだよな。
杢蔵山山麓、新庄市の和洋菓子の老舗「深田菓子舗」に立ち寄る。
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新庄といえば『久持良(くじら)餅』が名物なんですが・・
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今回はスイートポテト、かむてんまんじゅう、弁慶の握り石をチョイス。

弁慶の握り石・・・袋から開けると、そんなに手荒に扱ってないのにポロポロと型崩れする。これでは売り物失格ではないのかね???
スイートポテト・・・水っぽくペースト状。ポクポクとした食感無し。
かむてんまんじゅう・・・形から見て普通の温泉饅頭だろ、とあまり期待してなかったけれど、これが気に入ったりして。こしあんがあまり好きでない私は温泉饅頭(薄皮饅頭)ってあまり喰わないのだが、かむてんまんじゅうは皮が厚くて、あんとバランスがとれてるのだ。
この三品パクつきながら、新庄から自宅への長い道のりを帰る。

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晩秋です

福島出張から帰ると、山形のあちらこちらはもう晩秋。

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某山の、水量も細い水場にブナの実ひとつ。

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山麓の家も冬支度。
庭木には雪囲い、軒下には大根や鷹の爪、そして干し柿。

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【東京日記その一】ハイポスポーツ訪問

しがない土木作業員の私めですが、26日月曜の朝っぱらから東京・飯田橋で某資格の更新研修。
朝一の山形新幹線では受付に間に合わないので前日に東京移動。

もうめいっぱい博物館・美術館見学の予定を立てていたが、会社総務に変更も払い戻しもできない格安新幹線チケットを手配されてしまったため、夕方18時、東京到着。

東京駅からまっすぐ御茶ノ水に直行。
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つてを頼りに登山用品店ハイポスポーツを訪問・見学。
ご紹介いただいたスタッフの小松氏を尋ね、小松氏の案内でハイポスポーツ内にある低酸素トレーニング室を見学させてもらう。

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閉店間際でしたが、低酸素室担当の吉野氏から詳細に説明をしていただく。
東京~山形間の新幹線移動は私にとって貴重なプライベートタイムで、ちょうど放大のテキストで「消費カロリー」「運動量」などの講義をMP3プレイヤーで聴いていたこともあり、低酸素室には興味津々。
吉野氏から「何か質問はありますか?」と聞かれても、田舎者の私には見る物全てが新鮮でツービート時代のビートきよし並にウンウンうなずくだけでした(笑)

意外であり、そのことを尋ねたところ吉野氏からも「多くの方に言われるのですが・・・」という疑問、それは低酸素トレーニング室が普通のパネル・ドアで仕切られており、予想していたより華奢なルームだということ。

だいぶ大昔、高所トレーニングの第一人者である筑波大学の浅野勝巳教授にお世話になり、浅野教授の研究室で「低圧実験室」に入り、低圧・低酸素の状態でエアロバイクをこぎ心電図を採った経験がある。
その実験室の入り口は銀行の金庫のような、ごついドアで仕切られている。
中と外の気圧差に耐えられるようにドアは頑丈にできており、その気圧差ゆえに、鍵をかけなくても人間が体当たりしても開かないようになっているのだ。

それが、ハイポスポーツの「低酸素トレーニング室」では普通のドア。
気圧はそのままに、酸素量を下げるという仕組み、そしてこういった施設が一般登山者が利用できるようになったという状況にただただ驚くばかり。
私が訪ねたかったことの一つ、登山以外のジャンルでどんな人が利用するのか?とお聞きしたところ、名前を挙げれば誰もが知っているようなプロ格闘家が利用しているという。
ちなみに富士登山が盛んとなる夏場が、低酸素室利用のピークだそうです。

休日・閉店間際の時間帯にもかかわらず丁寧に対応してくださった小松・吉野両氏に感謝申し上げます。

で、久々に御茶ノ水界隈を歩いたけど、アウトドアショップが増えたなあ。
ま、ファッション感覚で登山用品やウェア勧めるのはサルでもできるよな(冷笑)

本日の刺激。
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よし、田舎の山屋も夢見てがんばらなくちゃ!
(御茶ノ水駅前にて)

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毎日新聞社・田中裕之記者の机上の空論

今夏のトムラウシ遭難事故に関しては各紙熱心に取り上げているが。

記者の目:トムラウシ遭難に見たツアーの課題=田中裕之 by 毎日新聞10/22

以下記事引用開始
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こうした状況を打開する一案として、ガイドのレベルをランク分けし、山の難易度に合わせて適材適所に配置するのはどうだろう。難しい山にはレベルの高い資格を持つガイドを充てるよう旅行業者に義務付け、比較的簡単な山についてはワンランク下のガイド資格を新設して対応する。そうすればガイド不足を解消でき、危険性の高い山には優秀なガイドを集中して投入できるかもしれない。北海道の担当者も「山の特性を制度に取り込んでいく議論が必要かもしれない」と指摘している。
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以上記事引用おわり

一見正論のように聞こえるが、簡単な山、難しい山の区分はどこの誰が決めるというのだろうか?
ロープフェチなガイド協会の偉い人に迎合して、ロープ使う山が難しい山?
それとも気象統計でも解析して、天候の厳しい山でも決めるんでしょうか?

 過去のガイド登山の事故例をふりかえればおわかりのように、気象遭難は「山」である以上、どの山でも起こりうる可能性がある性格の事例である。

「歩いて登る山」
「簡単な山」
「まさかあんな山で・・・」
といった風に、ハイキングの山・簡単な山と目される山で、今までどれだけの人間が遭難し、人命が失われたことか。
いたずらな山のランク分け、そして資格の階級創設は、山岳ガイドの資格制度・ガイド業界に今以上の混乱をまねくだけであろう。

この記事を読み、山岳ガイド(ここで表現する山岳ガイドとはJMGAの指す「山岳ガイド」ではなく、里山ガイドから登攀ガイドまでガイド全般を含む)は山岳地域のあらゆる状況に対応できるよう、研鑽を積まなければならない、とあらためて自戒する次第である。

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映画『Nanga Parbat』 予告編

 さあさあ、以前から当ブログで触れていました、あの1970年のメスナー兄弟によるナンガパルバット登頂を描いたドイツ映画『Nanga Parbat』。
 ドイツのサイトを見てみたら、彼の地では2010年1月14日公開。
 ナンガパルバットのルパール壁登攀などというテーマを正月映画にもってくるなどというのはさすがヨーロッパか?あ、ドイツでは正月ってどんな雰囲気か知らないけど(笑)
 日本の皆様はとりあえず予告編でもご覧下され。

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ふと、

人は、どんな時に山岳ガイドを必要とするのだろう。

身の回りで、遠いところで、いろんな事があった夏。

ちょっと、そんなことを思いました。

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今夏、引率した子供達から頂戴した色紙。
宝物です。

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稜線は秋色

村山葉山の稜線にある神社『奥の院』で昼食。
本日は気分転換目的の山行なり。

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山麓はそれほどでもないが、稜線は見事に紅葉真っ盛り。
全ての植物が枯れ果てた池塘が過ぎ去った夏を思わせ、池塘の向こうに映える紅葉が印象に残る。

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やはりいた、ウエツキブナハムシ。
昨年あたりから、朝日連峰、月山エリアで大発生している甲虫の幼虫。
(スケール代わりのペットボトル蓋から大きさをイメージくだされ)
ブナの葉を食い荒らし、紅葉シーズン前から葉枯れで黄色くなってしまっている。
月山の隣、ここ葉山でもブナの葉のあちこちに黒い幼虫が取り付いている。
(奥の院手前、標高1300mにて撮影)

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山麓の林道では、やはりウルシが真っ先に見事な「赤」に色づいている。

 ちょうど今現在、韓国の知人が来日・北アルプスに入山しているのだが、週末or月曜の休みがとれず、送迎にも行けず。
 渡韓の度にお世話になり、韓国の登山記事でわからない語句があると教えて頂いたりしているのだが、当方は山形から身動きできず、断腸の想いである。
 韓国でお世話になった方は数多いのだが、私が今お返しできることは恥ずかしながら何もない。
 日本の左翼系知識人にみられる盲目的な礼賛は論外だが、韓国という国をよく知ろうとする事は、そんな私にとって義務である。
 薄曇りの空に、北アルプスの天候も良好であることをひたすら祈る。

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登山用品店スクラム&山岳誌『ゆうゆう』

今滞在してるところはJR新下関駅の近く。

どうも新幹線のために作られた駅で新興開発地らしく、宿のまわりは夜になると漆黒の世界(笑)

え?
下関?
フグ?
海原雄山じゃあるめーし、毎日夜食はスーパーのタイムサービス半額「助六寿司」だっちゅーの。
今夜も上司に飲まされルンルンと閉店間際のスーパーに歩いていく途中、「アウトドア」と書かれた看板を偶然発見!

翌日仕事が終わった後、上司に飲まされる前に速攻でその店を訪れる。

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登山用品店「スクラム」

店内は、はっきり申し上げて登山用品の品数はあまりありません。
フェアトレード商品と、いくつかの登山・キャンプ用品。
私が持っていた某社のトートバッグに目を付けられ、ご主人からいろいろ話しかけられました。
営業は登山靴修理をメインに、ツアーガイドもなさっているとのこと。
どうもこの地域のアウトドア愛好者の良き情報交換の場になっているお店のようです。

店を訪問するに際して一番興味を抱いていたのは、山口県の山に関する資料。
(ここ新下関駅の近くには、公立図書館が存在せずえらい不便)
いやいや、掘り出し物がありましたよ。

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季刊誌「ゆうゆう」

九州・中国・四国地方のガイドブックを出版されている土井茂則氏が編集・発行している、山口県に根ざした山の機関誌。
私はちょっと昔ワケありで身近な山だった「(島根県の)三瓶山」特集号を買い求める。
土井茂則氏が書いた大山のバリエーションルートに関する分厚い本も店頭にあり、その本を欲しそうに眺めていたら

「あ、それは私の本で非売品です」

とご主人に先手を打たれる(笑)

この「ゆうゆう」、土井茂則氏という個人の尽力によるところが大きいのだが、九州の「グリーンウォーク」誌といい、地方に根ざした山の定期刊行物があるのは素晴らしいことです。
(蛇足ながら、かつて北海道で出版されていた『RISE』誌は山と渓谷社のアウトドア誌が束になってもかなわない質の高い刊行物だったと確信している。)

こうしてみると、素晴らしいフィールドに恵まれながら東北地方の人間は口も筆も重いなあと考えさせられます。

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天拝山に登る。

日曜日。
福岡県には、実に魅力的な山が多い。
しかし昨日までの多量の発汗を伴う現場作業で疲労が溜まり、本日は休養を優先。

とはいえ、身体も軽く動かすことも必要だ。
早朝、宿の近くにそびえている天拝山を訪れることにする。
天拝山は標高258m、山と言うよりは丘陵といった山容の風化花崗岩の山である。
この山を巡る歴史は非常に古く、かの菅原道真が自らの無実を天に訴えるため登ったといわれる山だ。

5時15分、夜明け前に宿を出る。
徒歩15分ほどして登山道に入る。
登山道といっても未舗装の車道(車両は進入禁止)である。
ところどころに短歌が記された立派な石碑が建っている。
緩やかな車道を20分ほど歩くと、材木を模したコンクリートで土留めされた300段ほどの階段が続く。
その階段を登り終えたところが頂上だ。

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天拝山の山頂。

山頂からは、下界の筑紫野、太宰府の眺めが見事。
時間は朝6時前、まだ街灯の光が輝いている。
今、私が眺めている光景は多くの人々が住む街並だが、菅原道真の時代はどんな光景が広がっていたのだろう。

下山にとりかかると、沢山の早朝登山の人々とすれ違う。
50人以上の人々とすれ違ったが、ザックを背負っていたのは私を含めて3人。
みんな空身で、登山と言うよりは朝の散策、といった雰囲気だ。
私の価値観における「名山」とは、山容や標高に左右されるのではなく、地元の人々に愛されていること。
この点で、天拝山は名山と呼ぶにふさわしい。

夜が明け、周囲の風景や植生もよく見えるようになった。
周囲の景観や植生を楽しみながらのんびり下る。

帰路、山腹に位置する荒穂神社に立ち寄る。
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この荒穂神社の祭神は新羅から種子を持ち帰り、この種子が日本全国に広がって日本は緑の国土になったという伝説がある。
韓国の保守論客が狂喜乱舞しそうな伝説だが、それはさておき、境内は綺麗に掃き清められて地元の人に大事にされていることがよくわかる。
この荒穂神社から、向かいの山から昇ったばかりの日輪がくっきりと見える。
神社と朝日の両方に手を合わせる。

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ブナ科のアカガシの葉。
常緑広葉樹らしく光沢のある葉が茂る。
ここは九州・福岡、照葉樹林帯の土地だ。

標高258mの天拝山、早朝登山にはとても素敵な山でした。

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パスポート更新

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期限にはまだ間があるのですが、早めにパスポート更新。

新パスポート受理とともに、古いパスポートを見直してみる。

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中国入国のスタンプも、昔に比べてだいぶ簡単になりましたね。
以前は1ページまるまる使ってビザのスタンプ・シールが貼られていたものですが。
ちなみに上記スタンプの中国渡航の際はエラい人の鞄持ちで、公安の護衛付きバスに乗り高速道路爆走、中国の小学校で子供達と運動会に興じるという、まず二度と巡ってこないだろうという思い出深い旅あいや、出張でした。

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ハンガリーのブダペストからオーストリア・ウィーンまで鉄道で移動・国境越えした際のスタンプ。
汽車のイラストが可愛らしい。

さて、今手にしている新しいパスポートで、私はどんな経験をするのでしょうか。

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静寂の鳥原小屋へ2009

一昨年、昨年に引き続き、朝日連峰・鳥原小屋を訪問。
目的はもちろん、小屋番の鈴木正典氏との面会である。

昨年の記録
朝日連峰 静寂の鳥原小屋へ
一昨年の記録
静寂の朝日連峰 -ぶな峠から鳥原山をめざす-

登山道の踏査も兼ね、ルートは年毎に変えている。今年は白滝登山口から。
当ブログの読者の大多数を占める関東在住の皆様に御説明申し上げますと、古寺登山口からの比較的緩やかな登山ルートと異なり白滝登山口コースは、

Sira
「やまのぼり」をたっぷり体感できるコースでございます。(ジグザグっぷりにご注目。)

登山口からすぐ蒸し暑い樹林帯に突入。
シャツは汗に濡れ、袖から汗が滴となってしたたり落ちる。

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真夏の樹林帯でハッとさせられる「青」。
すみませんが筆者は焼き鳥の種類しかわかりませぬ。

登山口(白滝林道の最終地点)からちょうど1時間30分で鳥原小屋到着。
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彼方に朝日連峰の稜線、手前の森の中に鳥原小屋というメルヘンチックな風景。

小屋に近づくと、小屋下トイレ・水場の方から
「はい、おつかれさーん」と声をかけられる。
神社に参拝してから声の主に顔を合わせる。小屋番の鈴木さんだ。
一年ぶりの再開にお互い笑顔で挨拶。
早速、小屋の中で休憩させてもらう。
盛夏に訪れても、この小屋の中はとても涼しい。
ホットコーヒーを飲みながら鈴木さんと会話を楽しむ。

今年の話題はなんといってもツアー登山。
鈴木さんもアミューズ社のツアーには関わっており、ツアー登山全般についてお互いの経験をもとに討論。(山岳ガイド嫌いなどっかの遭難専門ブログや、当ブログより非人道的な台詞が飛び出す某大型掲示板に燃料投下したくないので、議論の内容はひ・み・つ)
話題は変わり、鈴木さんの奥様も私と同じ白滝コースから小屋に向かっているという。
しばらくして、鈴木さんの奥様が小屋に到着。初めてお会いするが、とてもチャーミングな素敵な奥様でした。
そういえば、鈴木さんとは目茶目茶マニアックなヒマラヤ登山の話はしても、女性の話をしたことは全く無い。
さぞ素敵な出会いがあったんだろうなあ・・・と一人妄想する。
奥様もあちこち出かけられている山屋ではあるが、月山はまだ登っていないという。
森敦の『月山』に影響を受け、月山は「とっておき」の山にしてあるそうな。
普段「午前中に月山登って午後から買い物かぁ~」などと軽く考えている自分の姿勢をちょっぴり反省。

朝日連峰・大朝日岳は相変わらずの大人気。
昨日は盆休みということもあり、大朝日小屋に200人近くが宿泊したらしい。
避難小屋たる大朝日小屋にはそんな大人数は収容できないため、小屋備え付けのテントを張り、非常的措置として小屋前に幕営となるパーティーもいたらしい。
大朝日岳にこだわらなければ朝日連峰も静かな山行を楽しめるのだが、やはり遠方から来られる方々にとっては外せないピークなのだろう。
「それに比べて・・」
と毎年ではあるが、鳥原小屋の訪問者数の少なさを鈴木さんは嘆いておられた。
でも私にとっては、この静かで綺麗な鳥原小屋が落ち着くし、それが魅力でもある。

他のパーティーが鳥原小屋にやってきた。
相変わらずテキパキとした鈴木さんの対応。
登山者のストックを集め、紐でまとめる。
出発時にスムーズにいくように、そして他パーティーと混同しないようにとの気遣いである。
その他、鈴木さんのホスピタリティは毎度のことながら参考になる。
「最近は小屋を訪問するどころか、素通りしていくパーティーも多いよ。本来、山やっている人間って、好奇心が強いもんだと思うんだけどなあ」
鈴木さんの一言に、最近の自分の登山に対する姿勢を反省。

あっという間の2時間が過ぎ、鈴木さんと素敵な奥様に挨拶して下山。

日本全国、朝日連峰にあこがれの登山者の皆様。
朝日連峰を訪れるのは今度が2度目というリピーターの皆様。
ぜひぜひプランに鳥原小屋泊をお取り入れください。
静かな朝日連峰が楽しめますよ。

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鳥原小屋付近の湿原にて。
空には鱗雲とたくさんのトンボ。
登山道には力尽きた蝉の死骸。
暑い中にも、朝日連峰には秋の気配が漂っておりました。

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本日の行動食は、
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山形市のシェ・ミオの焼き菓子。ナッツクッキー、チョコフィナンシェ、カフェステックケーキ。
蒸し暑い夏の樹林帯もチョコパワーで突破でござりまする。

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ザックとウェアを新調しました。その2

先日はザック購入について書きましたので、本日はウェアです。

先の記事で書いたように、ガイド山行時の勝負服・・・というか、無雪期は師匠から譲ってもらったホグロフスのアンダーウェアを愛用していました。
アンダーウェアなんですけど、とても着心地が良くて汗の排出・保温も良く、その上極薄なので長らく愛用しておりました。
で、今回新規に購入したのは、

Fmw0301sg
ファイントラック社の ドラウトベントTMジップロングポロ です。

購入に際してはザックと異なり、各社のカタログを読んで決めました。
ファイントラック社のカタログは丁寧に解説が掲載されており、買う気になった次第です。

既にプライベート山行と先日の自然の家行事で使用しています。
特徴として、脇の下にベンチレーターのジッパーがあります。
もちろん山に登ればそんなの関係なく汗まみれになり、しかも私は人一倍汗っかき。
ウェアの生地が二重になっており、ベタつかず快適でした。
ただ、こういう汗の排出性が良好な衣類では注意が必要なのですが、保温性はどうなのか、まだこのウェアで風雨に曝されてないので現段階ではわかりません。

さて、先日のザックに続きウェアのインプレッション記事を書いてみました。
私のブログを長らく読んで下さった方はお気づきかと思いますが、私はあまり自分が使っている登山用品の記事を書きません。
 今回購入した品について書いたのは気まぐれ(笑)です。

 以前、愛用しているマウンテンハードウェア社のサブザックについて書いたところ、結構反響が大きく、アクセス解析を調べても現在もなおそのザック名で当ブログを訪問される方がいらっしゃるようです。
 自分が書いた記事を参考にしてくださるのは書き手としては大変嬉しいのですが、その一方で複雑な思いを抱いています。
 その登山者の方にとって、登山用品を選択する楽しみを減らしているのではないか・・・と。

 先日書いた記事の、「カッコいいから」ザックを選んだ、という書き方は、もっと自由に自分の好みで登山用品選びましょうよ、という私の願いを込めています。
 過去、当ブログで登山靴に関しては登山用品店のプロの助言を参考にしましょう、とは何度も書きました。
 しかし同じ登山用品でも、自分の好みを(その人の経験に応じて)反映できる道具があると思うのです。 

 「今度○○岳に行くから登山用品一式選んで」という中高年の方がいる、とは関係者から実際に聞く話です。
 嗚呼、なんてもったいない。
 その人は「(山の)経験を積むに伴って、登山用品を選ぶ」という楽しみを一つ失っている、と私は思います。

 慎重に慎重に、カタログをいくつも読んで選んだ用具が結局気に入らなかった。
 人からもらったり、バーゲンでたまたま入手した用具がもう手放せないほど愛用品になった。
 登山用品とのいろんな出会い・つきあいも山の楽しみの一つだと思います。
 それは人間関係とも、よく似ていますよね。

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月山で一番熱い夏2009

山形県朝日少年自然の家チャレンジキャンプ(夏季長期キャンプ)の月山登山をガイド。
子供達29名、スタッフ12名を引率。

例年は登山の前日から参加なのだが、今年は前夜にキャンプ入り。
子供達の一日の振り返り時間『きらりタイム』に間に合うよう月山に入る。
登山当日にいきなり子供達と対面するのではなく、前日から子供達の様子を確認し、夜のミーティングで班付きサポーター(ボランティアスタッフ)から子供達の個性・特徴を聞く。それを安全管理に繋げるのが私のやり方だ。

自然の家の活動に関わり始めた当初は、ザックにスイカを忍ばせて大朝日岳に登ったりしていたが、今はそのような無意味なパフォーマンスはしない。安全管理が私に求められている役割であり、それに集中することが全てである。

志津キャンプ場に設営されたキャンプ村で自然の家の先生・サポーターの皆さんに挨拶。
空き時間を利用して、日本キャンプ協会の石井氏に相談事。
参加者名簿を見ると各班に中学生、小学6年生がいる。登山中、班付きサポーターを補助するため、「年長者は年下の者を面倒見ること」と強調してよいものか。それは年長の子供に逆にプレッシャーを与えたりしないだろうか?と、石井氏に相談。
参加者に不登校の子がいること、やはりチャレンジキャンプの目標に掲げられている「みんなでチームとして力を合わせる」ということに主眼を置いたほうがいいのではないか、という回答をいただく。
夜は車内に寝袋を広げ、携帯とラジオで気象情報収集に専念。
東北はいまだ梅雨明けせず。

翌日。
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月山登山当日の朝食。
コラ!
パンの耳残すでないぞ!

みんなと朝食を共にした後、私は別行動で先に月山姥沢口に移動。
ここで参加者、そして登山講師として招かれている山形県自然博物園の横山館長と合流。
登山口で『大滝さんから登山の注意を聞く』という時間があり、ここで登山時の注意を子供達に話す。

そして、月山登頂。
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半袖では涼しすぎる、月山の頂上。
みんなで昼ご飯。

月山から牛首経由の下りは急坂が続く。
計画されているよりも、早め・間隔を短く休憩を取る。
リフト乗り場に向かう最後の上り坂はどうなることかと思ったが、木道では子供達のおしゃべりがにぎやか。この調子なら大丈夫だろう。
リフト目前で「温泉で頭がいっぱいかもしれないけど、岩がごつごつしているから転ばないでね!」と締めておく。

月山のリフト乗り場には沢水を導水した水飲み場がある。
帰路、多くの子供達が水飲み場に群がった。
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月山の沢水に群がる子供達。

リフト駅から自然の家所バスが待つ駐車場までの間、「僕、タッキー(私のキャンプネーム)と歩く!」と一人の男の子がなついてついてきた。
さきほどの水飲み場で冷たい水を詰めたペットボトルを私に見せ、
「これ、持って帰るんだ!」と嬉しそう。
「ジュースよりうまいだろ!?」と私。
水のおいしさ。
それをわかってもらえるだけでも、子供達には山に登ってもらう意味がある。

今年も反省点の多いガイディングだった。
自然博物園の横山さんからはペース配分を評価していただく。
私のブナ林ガイドの先生であり、ガイドを志した当時、「日本の山、月山に山岳ガイドって必要だろうか?」と自然博物園の事務室で横山さんから議論を問いかけられたものだった。
そして今、その横山さんからガイドとして認めてもらえたことは私にとって大きな喜びだ。

登山後は西川町・水沢温泉にてみんなで汗を流してキャンプ場に戻る。
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留守番のスタッフが用意してくれた夕食。
豚汁と混ぜご飯。

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大鍋一杯の豚汁も、月山帰りの子供達の食欲にこうなりました。

当初の予定では、夜の『きらりタイム』で子供達の月山登山の感想を聞くまで滞在する予定だったが、携帯に電話が入る。
リストラ寸前社員のはずの私、明日は急遽遠方の現場作業に出ることになった。
予定を切り上げ、子供達と先生・サポーターの皆さんに挨拶しキャンプ場を離れる。
こうして今年の「月山で一番熱い夏」は終わりです。

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月山・志津の某所にて。
ヤマブドウが実りの秋を待っていました。

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月山が遠すぎる。

6月某日
 山形県朝日少年自然の家の研修担当K越先生から携帯に電話。
 『今年のチャレンジキャンプ(夏季長期キャンプ)の登山の引率をぜひお願いしたい』との連絡を頂戴する。
 
 自然の家の先生から直接登山の引率を依頼されるのは昨年に引き続き2度目。
 まだ発展途上のガイドな私なだけに、こういうお誘いはマジで涙が出そうな位嬉しい。
 予定の8月5日は長期出張の可能性もあったが、私のライフワークでもある子供達の引率登山。まだ仕事の予定は確定していないことを前提に、引率の件を引き受ける。

7月某日
 7月後半から現場が目白押し。
 今春から人事異動で現場作業専門チームに配属となった私。
 職人気質が強く、一人一人が熟練した技術を持つ作業員の中で、まだまだ未熟な私。
 休みを取るのもかなり慎重にならざるをえないことに気がつく。

7月某日
 チャレンジキャンプの登山当日は出張や現場作業が複数重なっていることが判明。
 先のK越先生の電話での『職場宛に参加要請文書も出せますので』というお言葉に甘え、会社・所属長宛の参加要請文書をお願いする。

7月某日
 朝日少年自然の家より、自然の家所長名の公文書、「所属長殿」「貴職下大滝勝殿を本事業のキャンプスタッフとして下記により御派遣くださいますようお願い申し上げます」という内容の文書を郵送でいただく。
 過去、私の勤務する会社では学位を持つ社員が某田舎大学からやはり公文書を職場に発行してもらい、現場実習の講師に派遣されていた。
 さて、私が頂戴した文書、どのような形で上司に提出するか思案。

7月某日
 登山の予定日は、もちろん社員に割り当てられている「公休」を利用することにする。
 今の上司からは、春に移動した際、「公休とるのはいいんだけど、平日休むときは理由も添えてな」と言われていた。突然休む社員もいるにはいるのだが、あまり上司の評価は芳しくないらしい。
 それを考慮し、本来は必要ないけれど先の公文書を添えて公休を取得することにする。

7月某日
 連日、現場作業の嵐。
 とても上司がいる日中に本社に行くヒマも無し。
 現場作業を終えた夜に本社に行き、公文書に「繁忙期のところ恐縮ですが、別添の理由につき公休いただきたく、よろしくお願い申し上げます」とメモ書き添えて上司の机に提出。
 さて、後は野となれ山となれ。

7月某日
 現場作業を終え、夕方遅く工場に戻る。
 工場では別件で上司が待ち受けていた。
 大型トラックから降りる際、上司から「あの5日の件、了解な」と声をかけられる。
 
 上司の話では、社内では「そんなの遊びだろ」という声もあったらしく、さらに5日に別件現場がありリストラ寸前の私にお声がかかっていたらしい。
 上司からは「大滝7月休んでないから」(あ、労基署のおじさん気にしないでね)、「大滝の代理出す」とフォローしていただいた模様。
 まあ会社という世界で「登山」「野外教育」を理解してもらおうとは思わない。
 前の部署でも、「(山は)仕事に差し支えのないように」とは常々言われていた。
 しかし今春の人事異動を巡って聞こえる人間模様で、私の中で何かがプチッと音を立てて切れた。
 今の上司の了解を得られなければ、潔く自然の家行事は諦めるつもりだったが、直属の上司から承認をもらった以上、会社内で聞こえる声は気にせず5日の準備を進めることにする。

 一日の休みをとるのに、慎重に慎重にコトを進めざるを得ない現状。
 兼業ガイドをえらく嫌っているガイドのセンセイもいますが、専業ガイドの皆さんはいつも自由に山に行けていいですね(棒読み)

7月某日
 上司の承認ハンコが押された公文書が私たち作業員の控え室に戻されてきた。職人気質で仲間意識の強い所属部署の人々に、5日は自然の家の行事で私が休むことが知れ渡る。
 まあこういう変わり者が部署内にいる、と印象づける良い機会。

8月4日
 本日の仕事場はきっちり17時で終わり。
 車の後部座席には登山用具一式が既に積み込んである。
 まだ梅雨明けしない山形、月山は厚い雲に覆われている。
 本日は自宅に戻らず、まっすぐ自然の家の子供達が待つ月山・志津キャンプ場へ。
 さて、これから月山で一番熱い夏が始まる。

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ザックとウェアを新調しました。その1

夏のボーナスをカミさんに相談無く

D0104052_1442092 持 ち 逃 げ し て

ザックとウェアを新調。

今回の買い物には前振りがありまして・・・

左翼カルト企業・日本バカゴニアのマークをご自身のサイトに掲載しているガイドのセンセイ方と違い、私はどこからもスポンサーなど受けていない、末端の兼業ガイドであります。
家庭に育児に出費がかさむわけで、山道具購入の費用捻出には苦労しておりますです。
山のウェアなんかは古物商の免許を持つなじみの登山用品店の古着コーナーで買ったモンベルやノースのウェアを使ってます。(シャツなんかは一着500~1000円くらいなのでめちゃめちゃリーズナブル。)

だいぶ前は遠征登山の使い古しザックやよれよれラガーシャツなんか使っていたんですが、ある時ガイドの師匠から
「ガイドは身なり・身だしなみが大事だよ。」
と注意されると同時に、師匠から中古のザックとウェア一式を譲ってもらったのでありました。
ガイド山行時の「勝負」ザック、ウェアは長らく師匠のお下がりを使用していたのですが、もう長いこと使っているし、ヨレヨレになるまで使うのも師匠の想いに反することだろうし、師匠から卒業とは言いませんが脱皮くらいしなくちゃ!
と考え、師匠譲りのザックとウェアを換えることにしました。

そして今回購入したのは、
33783_ss09_blaze_extremred_stand
バーグハウスのアリートプロ45

え?
どうしてこのザック選んだかって?
そりゃあもちろん、

赤 く て カ ッ コ い い か ら だ っ ! ! (断言)

山の道具なんて、カッコいいことが優先っすよ!
え?
機能性?
用途?
そんなの、

全 然 考 え て ま せ ー ん ! ! (断言)

登山用品店の店長・誉田さんからは「掘り出し物あったんだけどな・・・ちょっと待ってろ」と、色んなザックを店の奥から引っ張りだしてもらっていたのですが、アリートプロは最初に目についたときからの一目惚れでした。(誉田さんお手数かけてごめんなさい)

だいたいスペックとかカタログみたってしょうがねえだろっ!
男なら山の道具なんぞ一目惚れだよ一目惚れっ!
(あ、独身山屋の皆さん、嫁とか旦那は慎重に選んでね)

山岳ライターの柏澄子さんはブログに『ここ数年ずっと、35-40リットルのザックについて悩まされている』と書いておられましたが、すごい真面目な方なんだろうな・・・。

とはいえ、私もちょっとザックを選ぶ基準はありました。

シンプルなデザインであること(ヘルメット用メッシュポケットだのサイドにパッドがついてるやつだのは不可)
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アリートプロ45は背面に複雑なアジャストシステムも無く、ショルダーベルトも薄肉で気に入りました。

Pa0_0722
ザックサイドのポケットがしっかりしていること。
ストックやポール、ゾンデ、アックスを入れたりなど、結構ラフに使います。
誉田さんから勧められたマックパックも良かったのですが、ここがメッシュポケットになっており私にとっては不可でした。(藪で引っかかりやすいこともある)

Pa0_0721
ウエストベルトのパッドも不必要に厚くなく、ギアラックがついていること。
このギアラック、残雪のある東北の山でピッケルを多用する際、ここにピッケル差し込んだりするので重宝するんです。

Pa0_0733
これは購入してから気が付いたのですが、チェストベルトのバックルがホイッスルを兼ねています。

でも購入した本音の理由は・・・
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赤 く て カ ッ コ い い か ら だ っ ! ! (しつこい)

長くなったので、ウェアに関しては次の記事にて。

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月山の8月

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ちょっと倦怠期かなーという御夫婦の皆様、


                                                                     


                                                                                                                   

             

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二輪寄り添ったハクサンイチゲが、月山でお待ちしております。

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静かな月山、静かな休日

本日は夕方から会社の宿直当番。
早めに家を出て、登山者で賑わう前の月山をめざす。
いつものようにリフト裏の迂回路から登る。

早朝の登山道。
朝露に濡れた草木独特の、湿った匂い。
ああ、夏山なんだ、とあらためて思う。

下界ではどんより雲に覆われていた月山だが、山上は爽快な雲海が広がっていた。
頂上直下には白い点の行列が見える。
山岳信仰、「講」の人たちだ。
まだリフトは動いていないので、頂上小屋から降りてきたのだろう。
もう幾度と無く目にしている光景だが、遠くから眺める「講」の行列は、月山の雰囲気を厳粛なものにしている。
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エゾシオガマが、しっとりと咲いておりました。

山の天気は変わりやすい。
まもなく山全体がガスに覆われ、視界不良となる。
10時前には下山、急ぎ山形県朝日少年自然の家に直行。
今週控えている月山登山に関する詳細計画書をいただき、所長、担当係長、自然の家関係者に挨拶。
詳細計画書には行程だけでなく、雨天時の対応、自然の家独自の緊急連絡網が記されている。
何より知りたいのが、参加する子供達各個人の体調情報(便秘・生理・朝の寝起き・アレルギー等々)である。
今年も、月山で熱い夏がやってくる。

自然の家からまっすぐ帰宅。
カミさんは葡萄の収穫手伝いのため実家へ。子供達は私の実家へ。
静かな自宅で一人、洗濯と食器洗い、もろもろの雑用。
本日の月山の行動食は家に置き忘れた(笑)ので、自宅でコーヒータイム。
今回は、
Pa0_0716天童市の「ボンむらやま菓子工房泉町店」の、

Pa0_0719左からナッツクッキー、水大福。フィナンシェカフェで、自宅で一人ゆっくりコーヒーです。
フィナンシェカフェは泉町店オリジナル。
ボンむらやま泉町店はスフレやオリジナルチョコの種類が沢山。チョコは「夢」とか「旅立ち」とか、風味毎に名前が付けられている。
子供のおもちゃ箱のように沢山の和洋菓子が置いてあるので、また行こうと思います。

Pa0_0715ボンむらやま泉町店の庭先にて。
桑の実がたくさん実っていて、良い香りがしておりました。

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点の記 山岳映画にして山岳映画に非ず。

土曜日、日中気温32度。
会社は休みなれど、我が作業班は現場仕事。
蒸し暑い中スコップをふるい、「○○の現場で砂利足りねえ」の一言でダンプを駆り、山形市内を走り回る。
日本の由緒正しい「土方作業員」として一日を過ごす。

 夜、「気分転換」と言い残して家庭を離れ、ワークマンで買った現場作業用Tシャツにアイダー社パンツ、サンダルという姿で映画館直行。映画『点の記』を見る。
 どうせ邦画、来年あたりテレビで放映するのだろうが、JMGAの研修でお世話になったロッジ「わがや」のご主人がスタントで出演されていること、時折拝見しているみいらさんのブログで「やはり大画面はいい」と賞賛されておられたので、映画館に足を運ぶ。

 いや良かった!!

M2 宮崎あおいがっ!

M1 宮 崎 あ お い が っ!

M3 み や ざ き あ お い が っ !

こんな奥さんいたら毎晩子作りに励むのにぃ~(セクハラ発言。)

はさておき、結論から言って大変素晴らしい映画でした。
約2時間があっという間に感じられました。
この映画についてはストーリー性や人間描写について浅いなどという批判もあるようですが、そういう方は

13
一度MRIで脳を検査されてはいかがでしょうか?

私がなんでこんなに感激したかといえば、やはりこの映画が「山」を描写しているというよりは「地図」「測量」に焦点を当てていると感じたことに由来するものでしょう。
 剣岳そのものは大学時代、毎夏合宿で訪れていたのでさほど関心はありません。
 しがない土木作業員の私、立正大学地理学科で地図学と測量学の授業を受け、会社のエラい人からは「ペーパー測量士」と笑われ、水準測量がメインで光波なんぞ数える程しか経験の無い私ですが、測量に全てを賭ける主人公達の姿に心を奪われました。
 もう冒頭の陸軍測量部の場面から、山岳映画としてではなく、「測量士としての柴崎」の姿に感情移入していることをはっきりと自覚できました。

以前当ブログに書いたように、この映画の「仮編集DVD」を見せて頂く機会に恵まれました。
 そのときの音楽が全てバロック音楽で、本編でも余計なイメージソングなぞ作らず、BGMはバロック音楽だったらいいなあ・・・と思っておりましたが、本編でも全てポピュラーなバロック音楽で構成され、私としては満足満足。
ヘンデルのハープシコード組曲第2番・第4曲サラバンド(←Youtube・クリックすると音が鳴ります)が良かったでした。

 新田次郎の小説、特に映画化された「八甲田山」など、マシラ某氏が素晴らしい指摘をされているように、「ビジネスマンの教本」になりさがってしまう傾向があるのですが、今回の「点の記」もある意味サラリーマンにとってはよい教訓でしたね。

 必死で努力しても、上の人は認めてくれるとは限らないってな。

それから特に強調していおきたいのは主人公の柴崎芳太郎氏は山形県大石田町出身。
劇中の『ちょどしてろっ!』は見事に私のツボにはまりましたね。

この映画は山岳映画なんでしょうか。私は違うと思います。
測量を学ぶ学生、「測量」「登山」にとらわれず「仕事とは何か」考えさせてくれるという意味で、勤労者全てにおすすめしたい映画でありました。

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月山山頂で熟女を激写したい方へ。

あ、タイトル間違えた。
『月山山頂を激写したい熟女のあなたへ』でした。
(こーいうタイトル付けるとエロトラバが多いんだよな・・・)

月山山頂を歩いていると、別のツアー団体の小柄なおばさまが何やら騒いでいた。
聞いてみると・・・
「普通の山には絶対あるでしょっ!」
「山の名前と標高が書いてある標識、あるはずなのよっ!」
(語尾の「っ!」が凄かった・・・)

そうです。
そのおばさまは、頂上での記念写真を撮るための「山頂を示す標識」を探していたのです。

ご存じの方も多いとは思いますが、最高地点に月山神社が鎮座ましましているため、月山には通常の山にみられる目立つ「月山山頂」という標識が あ り ま せ ん 。
私が引率する場合、撮影ポイントとしておすすめしているのは、

1.月山神社前の看板
2.月山頂上小屋玄関前の看板
の2カ所です。
頂上小屋玄関前の看板には「1984m」という月山の標高が書いてあるため、ここで登頂の記念写真を撮影される方が意外と多いようです。

月山山頂を訪れる皆様、どうぞ良い思い出を。

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続・月山の7月。

都会の中間管理職、お局OLの皆様、

Ol
小生意気な若い部下に疲れたら・・・・
                                                                                                  


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新入社員より可憐なヒナウスユキソウとミヤマリンドウが、月山でお待ちしております。
(月山・金姥周辺にて)

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亀割山

19日。
某山のロングコース日帰りを目指すが、
Spas_071909 この気圧配置じゃね・・・

登山口で一眠りして、雨の勢い収まらず。
近場の温泉に直行、小原庄助さん状態。
温泉の休憩ベンチで足を投げ出し、紙コップ自販機の安物アイスコーヒー飲みながら源氏物語(大学受験向けの対訳本)を読む。
あ~、家庭から離れて朝っぱらから温泉と読書三昧。
これに幸せを感じる俺って、やっぱりろくでなしだね。

コーヒーと源氏物語とコインマッサージ機で気力回復後、新庄方面に転進。
山形県最上町の瀬見温泉近くに位置する里山、「亀割山」標高594mを目指す。
ここ瀬見温泉、そして亀割山は義経一行が逃走中に立ち寄ったという伝説がある土地だ。

Pa0_0683 瀬見温泉、町全体が義経と弁慶伝説一色だ。

Pa0_0694 登山口となる亀割神社

Pa0_0693 神社の脇を進み、陸羽東線を歩いて越える。無造作に線路を渡る機会は滅多にないのでドキドキ。

Pa0_0691 登山道の登り始めは藪がひどい。膝まで伸びた草、胸元まで垂れ下がった枝が行く手を遮る。ふり続くしとしと雨、つづら折れの道、湿度100%の中、汗と雨で全身ぐっしょり。

Pa0_0692 登山道にはとにかくクルミの木が多い。昔から住民が護ってきたものか?

Pa0_0690 登り始めて10分もすると、立派な杉林、水平に近い登山道が延々と続く。

Pa0_0688 登山道から30分ほどで、巨大な杉の木と古い碑が建っている。ここが義経の北の方が産気づいて「亀若丸」を出産したとされる場所。

まあこのへんに関するいいつたえは、こちら参照

Pa0_0689 花の乏しい夏の低山、雨の中、一服の涼となるエゾアジサイ。

 この山の奇妙なところは、登り始めはつづら折れの急登なのだが、それを過ぎると水平に近い平坦な道がだらだらと続くこと。
 義経伝説の類は、私にとっては各地に残るキリスト・仏陀の伝説に等しく眉唾ものと考えているのだが、この水平な道はやはり産気づいた北の方が歩んだ道なのでは・・・などと想像してしまう。
 (後に資料をあたったところでは、古来の新庄城下に続く峠道だったらしい)

Pa0_0685 登山道から歩き始めて約50分、見晴らし台からアンテナ施設の脇を通過し、頂上到着。傾斜しているものの、気持ちの良い草地。激しく降っていた雨も、頂上に立つころには降り止んだ。
頂上からは雨雲とガスの間に新庄市街が見える。

Pa0_0684 さてさて今回の行動食は、山形市の女性客で常に混雑しているケーキ屋「パティシェ・ル・ショージ」の焼き菓子。マドレーヌ、フルーツケーキ、マカダミアクッキー、ヘーゼルナッツクッキー。
雨上がりの爽やかな山の空気と、薫り高いブラックコーヒーを楽しむため、マドレーヌをチョイス。しばしコーヒータイム。
 雨に濡れた草地に座り込みコーヒーを口にしていると、眼下にひろがる平野と新庄の街並み、一切の人工物が、白いガスで覆い隠されていく。
 もしかしたら今私が目にしている光景は、義経一行が見た昔のそれと変わらぬ光景なのかもしれない。
 そんなことを思いながらコーヒーを飲み干した。

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山岳ガイドのアドバイス

頂上は展望がよく、草地になっているので休憩に良し。
近場には瀬見温泉、ちょっと足を伸ばして舟形町周辺では鮎など食べ処もあり、紅葉の時期などはおすすめ。
登り始めの藪こぎというデメリットを補ってあまりある魅力的な山でした。
なお雨天時は滑りやすい登山道なのでご注意を。

立ち寄り湯はもちろん目の前の瀬見温泉。
Pa0_0681 脱衣所と浴槽だけの、超シンプルな公共浴場です。

Pa0_0682 入り口は自動ドアで、あれ?開かない?とおもってよく見たら、コイン式の自動ドアでした。山奥のひなびた温泉にしてはスレてるというか合理的というか・・・200円いれるとドアが開きます。500円玉は使えません。100円玉二枚用意して下さいね(笑)

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末端ガイドからの提言 トムラウシの事例をうけて

はじめに、今回トムラウシ・美瑛岳で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。

日本山岳ガイド協会所属ガイドの一人として、今回のトムラウシ・美瑛岳遭難事故をうけて次の項目を提言致します。

1.アミューズトラベル社ならびに株式会社オフィスコンパス、もしくは日本山岳ガイド協会による事故状況報告書の早急な公開を望む。

2.日本山岳ガイド協会はその研修内容において、集団登山の形態に即した内容を盛り込むべきである。

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以下、本音で想うところを書く。

事故の詳細については山岳ガイド嫌いな某遭難ブログとか性格悪そうな雪氷学会会員のブログとか登山は知らないけど想像力豊かな方のブログとかで散々書かれるでしょうから割愛します。
ガイド会社、山岳ガイドを社会悪に仕立て上げたくてうずうずしているマスメディアの記事は、情報収集のために目を通しますが、それで今回の事故を解析しようとは思いません。

北海道の宮下岳夫氏が自身のブログで書いてあることが、私にとって全てですね。
『たとえ非難のど真ん中に入ろうとも、ガイドは一人も殺してはいけない。』

提言1について
 誰もウェブ上では触れていませんが、アミューズトラベル社はガイド組織として、れっきとした日本山岳ガイド協会傘下の組織(マウンテンツアーガイド協会、担当者は現在社長としてメディアの格好の餌食となっている松下氏)なわけです。ぜひ今回の事故の事実を、メディアという粗悪なフィルターを通した情報ではなく、組織としての報告をJMGA会員に報告してもらいたい。またその義務があると思います。少なからぬJMGA会員が、アミューズ社の業務に関わっているのは周知の事実ですから。

提言2について
 日本山岳ガイド協会の登攀ガイドのセンセイ方にみられる、「ロープさえあれば顧客が助かる」ってさんざん言われてましたが、今回のような事故にロープが何か関係ありました?
 我々日本の山岳ガイドは、ヨーロッパの山岳ガイドのサルマネする以前に、もっと突き詰めなければならない問題(旅行社との雇用形態、業務形態などなど)を抱えているのではないでしょうか。
 今、JMGAのエラい人とツアー登山の最前線で力を尽くしているガイドの間には乖離がある、と私は考えています。

 ツアー登山、アミューズ社について想うところは多々ありますが、本日はこれまで。
 私の姿勢は、今回の事故を教訓に、また粛々と登山初心者の方々を月山に引率する。それだけです。

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大岡山

月山の花状況を確認すべく、牛首・姥ヶ岳を廻る。
午前中に山行を終え、移動の車中で軽く昼食。
以前から気になっていた、山形市北東部に位置する大岡山(標高401m)に向かう。
本業に育児に時間が制限される兼業ガイド、本日はダブルヘッダー山行。

Pa0_0664山形市近郊の山といえば、千歳山、盃山、富神山がよく知られている。
いずれも形が整っていて展望も良く、市民に愛されている山だ。
大岡山は、北蔵王連峰から張り出した山岳地が背景にあるためやや目立たないが、顕著な台形をしている。
山に近づく程に、登高意欲をそそられる。

山と渓谷社の分県登山ガイドをもとに、山麓の風間地区からアプローチしてみる。
藪と蜘蛛の巣だらけの細い道をたどるが、少し登った稲荷神社で道は途切れていた。
一端下山して車に戻り、「南側登山口」から登ってみる。
細い農道の先に車が2台ほど駐車できるスペースがあった。
少し登ると不動明王のお社。細いパイプから清水が流れ、水の音だけが聞こえる。

そこからの登山道はひたすら「つづら折り」の急登。
気温は27度、午前中の月山とはうってかわって暑い。
ナラとマツで展望のきかない道をひたすら登ること約20分。
両腕と顎から汗がしたたり落ちる頃、姥神の像が突然現れた。
頂上にはそこから1~2分で到達。
木々の間から山形盆地がのぞくことが出来る。

Pa0_0667 お社が3体並んだ、静かな頂上。

Pa0_0665 7月の低山、唯一楽しませてくれた白い花。名前不明。

頂上で涼しい風に吹かれ、下山。
この大岡山、とりたてて展望が良いわけでもなく、登山道に特徴は無いのだが、頂上直前の姥神像が強烈に印象に残った。
急登を登り切った、絶妙なタイミングの場所に配置されているのだ。
胸をはだけ、口をカッと開いた形相。
分県登山ガイドの著者、奥田博氏は「ユーモラスな」姿と形容しているが、私は畏怖、恐れに似た感情を抱いた。(そのため写真を撮るのもためらい、撮っていない。)

姥神像の強烈な印象、それが私にとって大岡山の全てである。

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月山の7月。

都会のビジネスマン・OLの皆さん、

Hillary
上司の顔に見飽きたら・・・
(ヒラリーの部下って苦労しそうね)                                                                                                                                                                                                                    
1
月山のニッコウキスゲが待ってます。
(姥ヶ岳の稜線にて)


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一期一会

山岳ガイドは体力が命。
つーわけで、日曜日、第24回みなと酒田トライアスロンおしんレースのアクアスロン部門に参戦。

Pos09_2 アクアスロンとは、スイム+ランの2種目で構成されたレース。
バイク(自転車)レースの交通規制が困難な東京近辺では盛んに開催されているが、東北で開催されるのは珍しい。長い開催歴を誇るおしんレースでもアクアスロンは今年初開催。栄えある第一回のレースにエントリーしていた。
自転車が無いので一見楽に思われるかもしれないが、私の予想では水分補給がキーポイントになると考えていた。通常のトライアスロンならバイクパートで車載したボトルからの水分補給が可能であるが、水泳を終えた後、すぐにランニングになるアクアスロン。この予想が、実に悪い形で現実になる。

アクアスロンは11時30分スタートなので、朝5時に山形市の自宅を出る。
途中の月山越えではワイパーを最速にしなければならないほどの豪雨。
気温も低く、念のためランシャツ・ランパンとは別にトライアスロン用ウェアも持ってきていた。もとより保温性など期待できるウェアではないが、露出度の高いランシャツよりマシであろう。

Pa0_0651 会場の酒田北港に到着。
トライアスロンは8時30分スタート。
トップ選手の走りを見学しつつ、緊張感をふりはらいながらレースの準備をする。
雨雲もいつのまにか消え、雄大な残雪の鳥海山がクッキリ見えてきた。(携帯で撮った画像には残念ながら写ってない)
こんな鳥海山をバックにレースができてシアワセ。
と、思っていたのもつかのま、やがて日差しは強烈に強くなり、汗ばむほどになってきた。

Pa0_0656 受付でレースナンバーを書いてもらう。
10時45分、スイム会場にて競技説明。
アクアスロン・個人の部参加者は12名。
ええ゛~俺ビリに決まったじゃんじゃかじゃ~ん。
あまりに少ない参加者に、かえって仲間意識を持つ。
ウエットスーツを着込み、入水チェックを控えてストレッチしている頃には、強い日差しで汗がどっと噴き出てくる。

トライアスロン部門は、トップ選手が既にゴールし始めており、人数の少ないアクアスロン部門のスタートは応援者もまばらな、静かな会場。
水温20度。
皆でスタートラインの海中に入る。
「スタート3分前」のコールがかかる。
えー、こんな冷たい海水にあと3分も入ってんのかよ・・・とテンションは上がらない。
そしてスタートのサイレンが鳴る。
酒田北港の防波堤内に張られたワイヤーに沿って、250m往復の計500m泳ぐ。
呼吸の吐く方を強く意識して、ひたすら泳ぐ。
「もう折り返し近いよな」
と思い、ヘッドアップ(トライアスロン特有の、泳ぎながら頭を上げて周囲を確認すること)してみると、折り返し点のブイは遙か彼方。
気力が萎えそうなので、もうヘッドアップせずひたすら泳ぐ。

500mを示す三角ブイに到着。
少し泳ぎ、もう泳ぐくらいなら歩いた方がはえーよ。と思い立ち上がる。
毎度のことながら、スイムの後は身体に大リーグ養成ギブスを付けるとこうなるのではないか、というくらいに身体が重い。
ウェットスーツを脱ぎながらトランジションに走る。
おおかたの参加者は既にランに出た後。
ソックスを履くのもめんどくせえ、と感じるが、ここで慌てると後で泣きを見る、と自分に言い聞かせる。
ソックスを履き、ランシューズを履き、ヴァームを飲み、ゼッケンベルトを付け、走り出す。
なんとなくふがいない自分にいらだち、
「あ゛ーっ!!」
と叫んでみる。

・・・と、格好付けるのも一瞬で、またたくまに身体は重くなり、走りもマイペースになる。
とにかく日差しが強い。舗装道路の照り返しも強い。
レース前には考えられないほど、暑さとの戦いとなる。
ランパートは5km。
たった5kmなのに、折り返し点は遙か彼方にみえる。
(おしんレースはランコースが枝状になっているため、折り返し点が3~4箇所存在する)
あれ?
先行してるアクアスロン部門の選手が向こうから逆走してくる。
もしかして、今走ってるトコも往復すんの~?
競技説明書に書いてある地図をしっかり頭にたたき込んだつもりだったが、一本往復するルートを失念していた(笑)
あーダメだ。暑い。
この時の私の頭の中身↓

K
棄権。棄権。棄権。(エヴァンゲリオン風字幕。)

途中歩き出すが、気を取り直して再び走る。
給水所では必ず立ち寄り水分補給、スポンジを受け取り頭から水を被り、出発。
どうにかこうにか、ゴール。
気力も尽きかけたのに、何故再び走り出せたのか、走り抜くことができたのか、正直わからない。
こういう苦しいとき、家族の姿なんぞ思い浮かばない。
「じぶんに負けないっ!」
と、体育系クラブ活動の中学生みたいな台詞は、何度も言い聞かせていた。
まあ普段おとなしく「いい人」ぶってる自分には、こういう闘争心をかき立てる機会も、必要だ。

トライアスロンはチームやクラブ単位で活動されている方が多い。
私のように一人で活動している人間は、むしろ少ないのではないだろうか。
心細いとは思わないが、周囲で団体さんがゴール後盛り上がっているとやはり寂しい。
いや、受け身じゃダメだよな。
アクアスロン最終走者が走ってきたので、スタッフに混じりゴール前にて拍手で迎える。

アクアスロンには障害者団体の方が一名参加しており、とてもフレンドリーな方でした。
聾唖の方でしたが、レース会場各所で会う度、身振り手振りで「会話」していました。
レース後、トランジションに残していたウェットスーツを片づけながら、「海水飲んで喉痛かったね」と、他愛もない話題なのですが。

トランジションに残していた私物を片づけ、車でゴール会場に戻っている途中(おしんレースはスイム会場とゴール会場がえらく離れている)、ウェットスーツを抱えながら歩いている方発見。最終走者の方でした。
暑い中大変なので、車に乗っていきませんか、と誘う。
車の中でレース会場の感想など語り合う。
もう出会える機会も滅多にないでしょうが、同じレースを走り抜いた方との交流は楽しい。

アクアスロン部門の選手の皆様、大会スタッフの皆様、お世話になりました。
そして、良い休日をありがとうございました。

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山岳ガイドの、或る日の夕食。

先々週から自然の家行事、ガイド山行で人から聞かれる質問。
もう何人から同じ事を聞かれたことだろう。

「土日にこういったガイド(または野外活動)やっていて、奥様から何も言われませんか?」

私の答えは決まっている。

「 何 も 言 わ せ ま せ ん 。 」(断言)

先日の自然の家のキャンプでは、私と同い年の保護者(母親)の方から、
「いえ、奥さん絶対何か思うところありますよ。」
とチクリと言われてしまった。

でもさ、家庭と山どっちが大事って聞かれりゃ、わたしゃ山ですけど何か?
カミさんに山控えろなんていわれようもんなら、えーえー、いつでも離婚届けに判押しますよ、わたしゃ。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            


と、いいつつ、摩耶山から下山後は速攻で電話を入れ、家族みんなを回転寿司に連れて行ったわたくしめでありました。ふー。
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素晴らしきかな、初夏の摩耶山

日曜日。
NPO法人エコプロ主催のガイド山行・摩耶山に on the job training を求めて押しかけサブガイド。
メインガイドは月山朝日ガイド協会の事務局を務める真鍋氏。クライアント7名を挟み、しんがりを私が務める。

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山頂からのぞむ摩耶山の山並み。

 山形の山と言えば鳥海、飯豊、朝日、月山、蔵王といったところが有名どころだが、日本海にほど近い場所に位置する摩耶山(標高1020m)はかつて修験道の山として古くから登られた山である。
 摩耶山の「摩耶」という名称は、仏陀の母親の名前からとったという説もあり(出典:山形県学術調査報告書)、また山麓の古い神社には鉄鉱石が奉納されている、古代の鉄の産地でもある。
 日本海に近い位置から冬季の厳しい気候で花崗岩は激しく風化し、急峻な地形でフィックスロープ、鎖場、ハシゴ場が連続する。それだけ事故も多い山域である。
 私が今回エコプロのガイド山行に同行したのは、あらためてそういった難場・悪場でのガイディングを経験するためである。

 あえて書いておくが、最近「岳人」誌で登山家・山本一夫氏が語るように「注意して」という言葉を出すくらいならロープ出せ、というのはもっともな論である。
 しかしながら、最近ガイド関係者(特にエラい先生方)にみられるような、「ロープさえあれば事故は減るのだ」という短絡的かつ単細胞的な発想は私は同意しかねる。
 ロープさえあれば事故は減るという方々は、かつてマスコミを騒がせた、ガイドが絡んだ一連の気象遭難をどのようにフィードパックするつもりなのか?

 ま、ガイドといえばヨーロッパアルプスあたりのガイド に し か 頭が向いていないセンセイたちはさておき、東北の山でも滑落して死人が出ているのは現実。前述のようにロープフェチな登攀ガイドのセンセイ方には辟易するが、私も今シーズンは心を入れ替えることにする。
 ガイドの師匠からは「ハーネスはレッグハーネスよりシットハーネスも用意した方がいい。装着が面倒なハーネスは、ロープを出すことを面倒に感じてしまうからな」と言われていたのでハーネスも新調。  

 本日は摩耶山の倉沢コースをめざす。
 ちょうど倉沢登山口の山開きと日程が重なっており、地元の草刈りメンバーと相前後しながらの登山となる。
 花崗岩の山といっても風化が激しく、岩がしっかりしているところがほとんどだが、一部もろいところもあり、「ラクッ!ラクッ!」と叫びながらの登山となる。
 そして私たちを驚かせ、疲れを吹き飛ばし、癒したのはあまりにも見事な花模様。

 標高700m付近、沢を横断する箇所からヒメサユリの大群落。沢筋の斜面をピンクに飾っている。
 さらに急峻な道、両側が切れ落ちた道を進むと再び樹林帯。
 そこで私たちが目にしたのは、純白のイワカガミだった。しかも斜面一面を覆う大群落、すべてが白い花のイワカガミなのだ。
 クライアント達は皆感嘆しながら、頂上稜線に近づく。
 稜線直下に岩壁があり、その下をトラパースするのだが、その大きな岩壁は

 ヒメサユリの大群落の淡いピンク
 ニッコウキスゲの明るい黄色
 ツツジの紅色がかった赤

 で彩られていたのだ。まるで幼子がクレヨンで描く花畑のような、見事な色彩。
 その画像は、

 Photo
ご覧になりたい方は、ぜひ初夏・山開きシーズンを狙って摩耶山にお越しください。
私たちが歩いた倉沢コースは、たいていのガイドブックでは難コースとして省略されているか、簡単な記述が乗っている程度の紹介で終わっている。そのため、あまり花が見事だとは聞いたこともない。
花の山として、自信をもっておすすめいたします。

登山そのものはやはり急峻なコース、7名のクライアントと共に登り、いろいろ考えさせられる。
鎖場、フィックスロープといっても、よくよくみれば良い手がかり・足がかりの岩場がすぐ横にあるのに、あまり山慣れない方にとってはやはり鎖やロープに視線も気持ちも集中してしまうのだろう。
ついつい鎖を握りしめ、体重をかけてしまい、ごろんと横向きに斜面にへばりついてしまう光景をよく見かける。
これまた私は持論として認めたくないのだが、クライミングが登山の基本になる、という事を痛感させられる。

ほんのちょっとした岩場・枝に手足をかける際の効果的な体重移動は、やはりクライミングのそれであるからだ。

私自身は、乾いた花崗岩に登山靴のフリクションを聞かせて登高する感触を楽しむ。
急峻な山、花崗岩。
以前訪れた韓国の雪岳山で、大韓山岳連盟の申氏といつ果てるともわからぬ下降を続けた事を思い出す。

15時には登山口に下山、無事にプログラムは終了。
私は一日、寡黙なサブガイドで過ごす。少しは真鍋節のカケラも真似せねば。

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摩耶山山頂に咲いていたヒメサユリ。

Pa0_0637 山開きのため、登山者でごったがえす山頂。本来はもっと静かな山でございます。

Pa0_0638 クライアントは女性が多いのですが、皆さん行動食や昼食には一工夫も二工夫もされていますね。薄いコンニャクと昆布を巻いた煮物。美味でした。

Pa0_0641 手作り笹巻きゆべし。これまた美味でした。

この日ご一緒したクライアントの皆様、ごちそうさま&おつかれさまでした。

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なめとこ山を、知っていますか。

宮沢賢治の著作『なめとこ山の熊』。
童話の舞台となる『なめとこ山』が実在するのは、皆様ご存じでしょうか。
所在地が確定されたのは、平成に入ってからであります。
宮沢賢治の著作に出てくる山岳をほぼ網羅した奥田博著『宮沢賢治の山旅』でもわずかに触れられているのみである。
その後地元研究者の古文書を元にした研究が認められ、現在では国土地理院の地形図にも記載されている。

N3 2万5千分の1地形図「須賀倉山」より
 
前述した奥田氏の著作では、山腹の伐採が進んだなめとこ山を「モヒカン刈りの山」と形容されている。
この「なめとこ山」に通じる県道の冬季通行止め解除を待ち、なめとこ山を目指してみる。
私にとっては2回目の試み。前回は不明瞭な踏み跡と藪に行く手を阻まれて温泉ツアーとあいなった。
今回は東方の金勢神社から入山。
そこには伐採を免れた、素晴らしいブナ林が稜線に展開していました。

Pa0_0570 登山口から15分ほどに位置する金勢神社。立木に結びつけられたしめ縄が、質素で山の神社らしい。山行の安全と、親類家族・ガイド仲間の安全を祈る。

Pa0_0572 登山道の両脇はマイヅルソウが一面に満開でした。

Pa0_0571 雨の日の低山には、ギョリンソウがよく似合う。

 童話の舞台、なめとこ山。
 なめとこ山が実在するという事実を前に、人々の反応は大きく二つに分かれるようです。
 実際に訪れ、原作の雰囲気を体感してみたいという人。(私はそうです。)
 物語の山はそのままに、イメージを壊さず、そっとしておきたい、という人。
 
 後者の方が多いようですので(前掲書の著者・奥田氏もそのようです)、山の様子の詳細な記述は省くことにしましょう。

 Pa0_0569 この日、私はなめとこ山の頂上で、カプチーノを飲みながら一休みしていました。ガスに包まれた、幻想的な林の中で。

 昨年書いた、「雪渡り」に出てくる氷上山の記事を求めて宮沢賢治フリークの方も当ブログを訪問されておられるようですので、追記を一つ。
 登山ルートには新旧とりまぜて、熊糞をいくつも見かけることができました。

Pa0_0567
正真正銘、『なめとこ山の熊』の爪痕。
なめとこ山の熊は、いまも健在です。
山のどこかに。

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山岳ガイドの重要アドバイス
 とはいえ、なめとこ山に入ってみたいと考えてる方のための重要情報。

 なめとこ山登山に関しては『やっちゃん日記』様のウェブサイトが参考になります。
 ただし、2009年5月30日現在、なめとこ山への最短コースである北ノ又林道登山口に至る林道が土砂崩れで通行不能になっています。
 Pa0_0573 北ノ又林道の土砂崩れ現場(林道分岐から約1kmの地点・2009年5月30日筆者撮影)
 もう一つの登山ルートとして、なめとこ山東方に位置する金勢神社から稜線伝いになめとこ山を目指すルートが存在しますが、2009年5月30日現在、途中のピークおよび頂上直下周辺の笹藪がひどく、刈り払い跡を探すのも困難な程度に荒れています。山慣れた方(具体的には、年月が経過した刈り払い跡・踏み跡を見分ける事が出来ること)以外は、入山は控えた方が賢明です。
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立ち寄り湯

近場には大沢温泉など、良い温泉場がいろいろあるのだが、やはり『なめとこ山の熊』にも登場する鉛温泉がおすすめ。

鉛温泉 藤三旅館(BGM付サイトなので注意)

Pa0_0566 ウェブサイトは立派だが、非常に静かな湯治場です。日帰り入浴料大人700円。
この入り口の「自炊部」という「部」がなにやら体育会系の雰囲気で私のツボにはまりますな。
湯治場なので、中には売店があり、湯治客のためにありとあらゆる生活用品が狭いスペースに並べられている。
時間が止まったような空間です。
肝心の温泉では、特におすすめなのが「白猿の湯」。
浴槽の深さ約130cmの立って入浴する浴槽。浮力が働くので、立って入浴しても楽です。この「白猿の湯」は基本的に混浴ですが、女性専用タイムが決められているので注意のこと。

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山形県山開き情報(6~7月)

山形の山開き開催日程を求めて当ブログを訪問される方がいらっしゃいますので、2009年度の6~7月の山開き開催日程はこちらに掲載してあります。(吾妻・朝日連峰・月山・鳥海山・摩耶山)

山形県 山開き情報(6~7月) by 東北マウンテンガイドネットワーク

 月山・朝日連峰鳥原山の山開き祭典の日程は確定しておりますが、その他山域に関しましては主催者自治体に詳細日程等ご確認の上、お出かけください。

 静かな山登りを求める方の嗜好には合わないかもしれませんが、県外の登山者の皆様、山開き祭典参加なんていかがでしょうか?地元登山者の方と触れあう良い機会かもしれませんね。

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富士山と台湾・玉山の「姉妹山」締結を支持する

台湾フリークな私には嬉しい話題。
日本の富士山と、台湾の玉山が「姉妹山」として交流を開始するという報道です。

この情報については、日・台では微妙にニュアンスの異なる報道がなされています。
チャンコロ人民凶悪国のご機嫌伺いに忙しい日本の主要マスゴミはスルーのようで、ネット上では山梨日日新聞が報じています。

日台の山岳団体が観光連携 富士山と玉山、市民レベルで登山交流 by 山梨日日新聞4/17

上記リンクの山梨日日新聞の報道では、あくまでも交流開始ということで「姉妹山締結」ということには触れられていませんが、台湾の人間福報は、『富士山、玉山 即將締結姊妹山』(富士山、玉山、まもなく姉妹山として締結)というタイトルで報道されています。

富士山、玉山 即將締結姊妹山 by 人間福報5/5

台湾側の報道では、玉山国家公園管理センターの発表として、8月26日をめどに姉妹山締結、富士吉田市長を台湾に招く計画と具体的な内容を報道しています。

ち・な・み・に、07年に富士山が中華人民凶悪国の泰山と姉妹山締結をしたときの、中国人民皆サマの反応はこちら↓

富士山・泰山「友好山」締結 中国人民皆様の声 by 月山で2時間もたない男とはつきあうな!07年11月24日

 NHKとかいう反日守銭奴放送局が主張するほど台湾人は反日思想に染まっていないと私は 実 体 験 か ら 考えておりますので、このたびの富士山・玉山の相互交流は嬉しく思います。
 ま、政治的なことは抜きにしても、玉山国家公園の進んだ管理方式は富士山の将来を考える上でも、大きなプラスになるのではないかと考えます。

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雨呼山(あまよばりやま)

Pa0_047329日、祝日。
午前中は息子の保育参観に家族総出で出席。
幼稚園入園から約3週間、先生方に声をかけられると私の陰に隠れてしまうシャイな息子の行く末が心配。
まあ、時間の許す限り子供の成長は目にしておきたい。

昼前に保育参観は解散。
自宅で家族みんなで昼食をとり、私は急ぎ会社へ。
諸事情で5月1日に代休を取るため、誰もいないフロアで月末提出の書類を一気に作成。
それから会社を出て、山形市を再び縦断して天童市に向かう。
本日の目標は雨呼山(あまよばりやま)、標高905m。
祝日だというのに、育児と会社に時間を費やし、里山を一座登るにも時間捻出に努力しなければならない。
もっとも、私は家庭があろうが会社があろうが、山に登り続ける姿勢に変わりはないんすけど。

さて、本日の雨呼山は雨乞い信仰の対象として地元民から親しまれてきた山だ。
山そのものよりも有名なのは、山麓にある「ジャガラモガラ」である。
風穴が存在する窪地で、風穴から吹き出す冷たい空気により独特な植生が発達している地形だ。
意味不明な地名、「ジャガラモガラ」については諸説ある。
よく言われているのが「姥捨て」で置き去りにされた老人の声が聞こえないよう楽器を鳴らしたことに由来するという説である。
しかしながら地理的に人里に近く、姥捨てには不向きとみられることから地元の天童市教育委員会の学術報告では「姥捨て」説は明確に否定されている。

地形図片手に、狭い集落の一本道を車で走り「秘境」ジャガラモガラをめざしてみると・・・

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地形図にはない立派な道路が切り開かれ、ラーメンの幟旗が立った売店「じゃがらむら」があったりする。
水曜スペシャル並の「秘境」ですな(笑)

そこからさらに車道を走り、林道が始まるところが駐車場。
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林道歩きといえば登山では「退屈」の代名詞のようなものだが、ここ雨呼山の林道は両側にソメイヨシノが植樹されている。
しかもまだ八分咲きだ。もう山形県内各地の公園は葉桜になっているのに。天童市街から標高にして500mほど登っただけで、まだ桜が楽しめる。

雨呼山の登山口は
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花を地面に振りまいたような群落を成すエゾエンゴサク、また白、青のキクザキイチリンソウが満開だ。

登山道が始まると、
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たくさんのエンレイソウが、枯葉を押し上げて咲き始め。

しばらく歩くと、文字通り「見上げるほどの」急斜面の階段が始まる。
約20~30分の階段を登り終えると、景色の良い頂上稜線となる。
一人だけの山行なのに、積み重なった枯葉がカサカサとにぎやかだ。

先日訪れた福岡の英彦山と同様、この山でも山頂手前に泉があった。
「竜神の池」である。
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凝灰質とおぼしき斜面がくりぬかれ、ポツポツと水がしたたり落ちている。
地元の農民たちはこの竜神の池で雨乞いをしたといわれている。

最近、山形の食文化に関する本を読んでいる。
昔は天候の良し悪しが作物の成果に直結、農業以外に産業の乏しい山形盆地では、すなわち天候不良は即、「飢饉」に繋がるという厳しい時代だったらしい。現在のように灌漑施設や天気予報など無い時代の話である。
農民、先人たちは、どんな想いでこのしたたる一滴を眺めていたのだろうか。
私が今登っている山の名前は、「あまよばりやま」である。

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山頂は意外にも、お社も何もない静かな頂上であった。
雨乞いのための神社などが奉ってあるのかと思っていたのだが。
静かな山頂で、インスタントのチャイと揚げあんパンで休憩。

Pa0_0492雨呼山の頂上は山頂のピークと前衛峰の二つから成る。
いずれも広いブナ林になっており、歩いていて気持ちが良い。
汗ばんだウエアの胸元に吹き込む、早春の冷たい風もまた気持ちがよい。

ふたたび枯葉をカサカサとにぎやかに踏みつけながら、下山を始めた。

【山岳ガイドのワンポイントアドバイス】
雨呼山に関しては、尊敬するガイド本執筆者・高橋金雄氏らの著書に詳しいので詳細はそちらをご覧いただきたい。
この山は分岐が多く、標識はあるが朽ちている物も目立つ。また春先は登山道に枯葉が積もり倒木も多い。コース確認のための地形図とコンパスはぜひ携帯を。
本日筆者が歩いた「ジャガラモガラコース」は、頂上稜線まで急な階段が続く。土留めの板や杭が飛び出ている箇所もあり、転倒は重大な怪我に結びつく傾斜のため、ゆっくりあせらず登り降りしてください。

追伸:登山口の看板を確認したところ、この山には『 上 下 地 獄 コ ー ス 』という登山コースがあるらしい。場末の檄辛ラーメン屋の看板メニューみたいなネーミングである。
うーむ、なにが地獄なのか、こんどヒマだったら行ってみたい。

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冬と春の狭間に

月山のガイドを名乗りながら、超久々の月山行き。

Pa0_0475 雪を被ったベンチが、山形県自然博物園の開館を待っています。

Pa0_0485 今年は統計上では大雪を記録しているのですが、やはり雪は少ないのです。自然観察道の夏道が現れていました。

Pa0_0477 ガイドでは毎回ネタにするヤドリギですが、そのヤドリギの花を意識して見たのは初めてだったりします。小さい小さい控えめな花でした。

Pa0_0476 冬を越したキクラゲ。暖かい春にはもっと成長してますかな(筆者は中華好き)

Pa0_0482 本日の行動食は、北九州は八幡地区の和菓子の老舗、鶴屋の「即席しるこ」でございます。鶴の形をしたモナカに即席汁粉が入っているのです。

Pa0_0481 ・・・モナカに即席汁粉を入れたアイデアはいいのですが、モナカのでんぷん臭がきつくて、あまり美味しくない。

Pa0_0479 とはいえ、おしるこパワー(?)で見つけました、何かの卵。形状からして、毛虫芋虫の類と思われますが。月山山麓ではもうふきのとうは伸びきり、春の盛りなのに、山上ではまだじっと春を待つ生き物がいるのであります。

Pa0_0480 うねうねとうねりまくったミズナラの樹形。ウルトラQのオープニングですな(古い)

Pa0_0490 毎年楽しみにしているザゼンソウ、いつもの場所に咲いてました。人目につく場所なのですが、みんな車で走り去ってしまう場所なのです。

さて、ブナ林を擁する山形県自然博物園は5月1日にオープンします。
 山スキーや春山登山で月山を訪れた方も、ぜひブナ林でゆっくりしてけらっしゃい。

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月山・湯殿山、姥ヶ岳エリアで雪崩

近年は山岳雑誌でも紹介されている月山の湯殿山・姥ヶ岳エリアですが、4月19日に全層雪崩の発生が確認されました。
詳細は月山朝日ガイド協会ウェブサイトのお知らせをご覧ください。

月山朝日ガイド協会 湯殿山と姥ヶ岳で雪崩が発生しました!(平成21年4月19日)

春の連休で月山の当該エリアでスキーや登山を計画されている方は充分ご注意ください。

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九州国立博物館 特別展『聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝』を見て

Large_1242宝満山から下りてそのまま九州国立博物館に直行。
特別展『聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝』を見学するためである。
こちら福岡では宣伝にもかなりの力の入れよう、あまり更新が盛んとはいえない福岡県のウェブサイトでも告知が出され、西日本新聞では毎日展示物の解説コラムまで設けている。
中国側の多大な協力で、ラサ・ポタラ宮の宝物・仏像が出品されている。
過去にポタラ宮を訪れている自分としては、どうしても見てみたい。

古代からのチベットの歴史を解説すると共に、数々の仏像、タンカ類が展示されている。
特に印象に残るのは蓮の花を模した蓮マンダラ。
花びらのパーツが可動、蓮の花が開いたり閉じたりできる。中心に仏像を配置したものだ。
やはり蓮の花に特別な感情を抱くものなのだろうか。

純粋にチベットの宝物を鑑賞するとともに、私は展示についてもう一つの側面についても関心を向けざるを得ない。この展示会、チベットの歴史をどこまで展示するのだろうか、と。
今回の展示では元・明・清との交流について展示があり、その先は「チベットの暮らし」とタイトルが付けられたコーナーとなる。チベットの暮らしといっても、チベット医学のタンカと祭典に用いられる衣装・仮面が展示されているのみである。民衆・遊牧民の暮らしに関わる物は、無い。
 もちろん、中共政府によるチベット支配をうかがわせるものなどは展示内容には微塵も無い。
 ここ最近のチベットにおける暴動騒ぎで、この展示の企画立案に携わったスタッフの方々のご心労には、むしろ心から敬意を表する。

 これだけの展示物を日本で見られる機会はまたとない。
 その意味では貴重な特別展である。
 しかしこれだけは指摘しておきたい。
 朝日新聞関係者や日中友好協会関係者、また自称人権派弁護士などが中国のチベット侵略を事実上支持し、その理由としてチベットの奴隷制度開放、僧侶を頂点とした階級制度打破をチベット侵略のメリットとしてメディア上で公言している。
 そういった人々は、人民を階級制度、奴隷制度から解放したはずの中華人民凶悪国の文化組織が、階級制度、奴隷制度のトップにたっていたはずのチベット仏教の仏像・その他資料を「至宝」「宝物」とまつりあがめる姿勢に矛盾を感じないのだろうか。

 展示室から出てすぐの場所は売店となっており、日本語も堪能な中国人スタッフが見学者にいろいろなチベットグッズを販売していた。カトマンズの書店あたりでも売っている、木彫りのスタンプが一個600円で売られているのを見て心が折れた(WBCのイチロー風。)
 色川大吉氏の書籍、平山郁夫氏の絵画など、中国当局に差障りの無い方(笑)のものが置いてある。

 1300円の入場料を払って見学したが、私にとってはむしろ併設の文化交流展示『海の道、アジアの道』の方が非常に見ごたえのある内容であった、というのが正直な感想である。

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宝満山

宝満山(ほうまんざん)。
英彦山と対を成す、修験道の山だったらしい。
延々と続く石段の厳しさは、英彦山よりも修験道の山らしさがあふれている。

Pa0_0452
有名な石段「百段がんぎ」は整った石段ゆえにリズムをとりやすく、むしろ歩きやすい。

Pa0_0447_2太宰府市内を100円で巡回するバス「まほろば号」の終点、竃門(かまど)神社からちょうど一時間、急な階段を登り詰めると、突然に山頂の社殿が現れた。
山の神社でいつもするように、宝満山山頂の竃門(かまど)神社上社社殿でガイド仲間と親類家族の健康と安全を祈願。                                     

                                                                   Pa0_0446
本日の行動食は、小倉の和菓子の老舗・湖月堂のお菓子。左から湖月堂名物の栗饅頭、きんつば、氷壷。
栗饅頭は山の行動食に程よい甘さと食べ応え。きんつばは500円硬貨サイズの一口大で食べやすい。氷壷は大納言を寒天で固め、透明感のある砂糖でコーティングしたもの。山形の方には、「古鏡」の一口タイプといえばわかりやすいだろう。

 宝満山にもバイオトイレが整備されていると聞くが、本日は予定が詰まっているため急ぎ下山にかかる。
 竃門神社からの登山コース(正面登山道)はひたすら石段登りが続くが、頂上稜線は岩場をすり抜けるようなコースになり、変化に富む。

Pa0_0444_2携帯カメラのためわかりづらいが、立ち木の木肌にスミレが咲いていたもの。種子が巧い具合に、木の表面に根付いたのだろう。初めて見かけた。

Pa0_04414合目を少し登ったところに善意で置いてある救急箱。

Pa0_0440中身はこんな状態で、応急処置セットが入っている。

Pa0_0448先週からずっと快晴。仕事の上でも助かっているが、山で眺める空は格別に気持ちが良い。宝満山頂上直下にて。

Pa0_0455九州の春の山は何か違うなあ、と思っていましたが、色彩にあふれているんですね。ヤブツバキの花があちこちに咲いていました。

下山では登ってくる人、人、人。
人気のほどが伺えます。

ただ、昭文社の山と高原地図「福岡の山々」の執筆者、重藤秀世氏も指摘していますが、ウエストポーチを付けただけの空身姿で登っている方が多いようです。
そういった姿はご高齢の方が目立つのですが、水分補給など健康面を考えても、もっとしっかりした装備が望まれます。
標高1000mに満たない、気候も温暖な九州の山とはいえ、必要な登山装備について想いを巡らせながらバス停に戻りました。

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福島市・郡山市でGPS講習会

福島県で、初心者向けのGPS講習会が下記内容にて開催されます。

期日 4月25日(土)
 AM10:00から 郡山市のWILD-1にて 参加費用500円
 PM3:00から 福島市のスポーツランドにて 参加費用500円

協力:いいよねっと(ガーミン販売元)
主催:NPO法人あだたら登山学校

東北では山スキーが盛んですが、積雪期の山岳地域でGPSの活用をお考えの方、またGPSに関心のある方、どうぞお気軽にご参加ください。お問い合わせ・参加申し込みは各店舗まで。
(※この開催情報は、あだたら登山学校主宰の安部孝夫ガイドよりご提供いただきました)

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ターシャ・テューダー展に行く。

泥まみれの現場仕事を終え、宿に戻らず小倉に直行。
小倉の井筒屋で開催している『ターシャ・テューダー展』を見学するため。
ターシャ・テューダーについてはこちら
アメリカ・バーモント州で創作活動をしながら、30万坪の庭でガーデニングを行い、自給自足の生活を送ってきた絵本作家である。

Tashatudor
本日から開催ということもあり、見学者は大勢いたが、年配の御夫婦一組を除いて女性ばっかり。
女性客の間を、作業服姿の私はずいずいと東映Vシネマの竹内力のごとく入場。

日本では園芸家として知られているらしいが、私は園芸には全く関心がないので園芸家としてのターシャ・テューダーに興味はない。
彼女の、「自分の理想とする生活を実現した」という点に興味を持った次第。
展示ルームにはターシャ・テューダーの家の玄関が再現してあり、飾られた生花の香りが漂う。
展示物は生前の生活をしのぶ炊事用具、衣類(セーターの毛糸まですべて手作り)、そして絵本作家としての彼女の足跡をたどる原稿・原画類。
ターシャ・テューダー展は08年から東京をスタートに各地で開催されてきたが、今回は日本で初めて絵本『コーギビルのいちばん楽しい日』の原画・直筆原稿が展示されている。
 
 炊事用具の展示のそばには彼女の料理レシピがパネル展示されており、女性客が熱心にメモしている。
 特に強く印象に残るのは、庭先を歩く彼女の足が素足であること。
 ジュースを造るための、古ぼけた圧搾機が置かれている。冬の間はたくさんのリンゴが貴重な栄養源だったという。リンゴが冬季の栄養源とは、東北人の私にはシンパシーを感じるものがありますな。
 彼女が所有していた料理本の展示には、こんな言葉が示されている。

 『料理の本は使わなくても、持っているだけで楽しいわね』

 山の本も、そうですね。

 彼女が愛用したロッキングチェアの脇には、こんな言葉が示されている。

 『現代人は忙しすぎます。夕方、ポーチのロッキングチェアに座って、カモミールティーでも飲みながら、ツグミが澄んだ声で鳴くのに耳を傾けてごらんなさい。毎日の生活が、もっと楽しくなりますよ。』

 展示場である井筒屋の閉店時間を気にして電車に乗り込み、展示物を見学して、帰りは閉店間際ぎりぎりのスーパーに滑り込んでタイムサービスで激安の惣菜買って、急速炊飯で炊き上げたメシで夕食を済ませ、明日も現場仕事の私って。嗚呼。

T多くの女性の方がブログなどで、ターシャ・テューダーを賞賛し、田舎生活に憧れておられるようです。でも、(日本の)田舎って大変だよ。町内会の行事当番とか、なんだかんだと(笑)
 おしゃれなお店がいっぱいあって、情報・モノが便利な都会の、どこが不満なんですか(笑)

 展示ルームで放映されていた、過去にNHKが製作した彼女に関する番組を視聴しましたが、彼女の「自然体」の生活が人をひきつけるのでしょうね。狂信的な環境保護主義者やNPOあたりによくいるスローライフだなんだとうるさい連中にありがちな、力みや押し付けが一切無い。

 まあ私は山形という日本の地方都市に住み、たまにカミさんの実家の畑仕事をお手伝いするくらいでちょうどいいです。
 ターシャ・テューダー展見学は、現場作業の日々のちょっとした息抜きでした。

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晴天、休日出勤。

日曜。
午前中は部屋で休養、午後より現場仕事。

Pap_0423仕事を終え、部屋に戻る。
部屋の向かいに見える皿倉山。
北九州市民に最も愛された山とも言われる。
今日も、仕事の無事と安全を皿倉山に感謝。

近所に結構充実した古書店があるのだが、目をつけていた郷土書籍が先に買われてしまっていた。
はあ~
古書店で本を先に買われてしまった喪失感と、恋愛の失敗の喪失感って似てるよな。

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まさか

毎日、毎日、九州の空の下、泥濘の中で現場作業。

ガイドの師匠からメールが届く。
先日発生した、登山者1名が亡くなった雪崩遭難の現場に、新庄防災研の先生方と調査のため急行するという。

何も手伝えない我が身の辛さ。

例の雪崩事故については、まあ山岳ガイド嫌いな遭難専門ブログあたりで検証してくれるでしょうが、今回の報道で目に付いたのは、当事者の次の言葉。

まさかこんなところで

もう私たちは何度この言葉を、悲劇と共に耳にしたことだろう。
そして私たちはこの先、何度この言葉を耳にすることになるのだろう。

一部報道では「これだけ木が生えているところだから雪崩はない」と判断したらしいことを伝えている。

最近は雪崩講習が普及したといわれ、セルフレスキューの大切さも各所で語られているが、本当はまだまだ自然に対する謙虚な姿勢が必要とされるのではないか。
私自身への自戒を込めた想いである。
あらためて、亡くなられた方へのご冥福をお祈りいたします。

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新年度のご挨拶

 今春をもちまして、私にとって山岳ガイドの道を開いてくれた東北山岳ガイド協会から、東北マウンテンガイドネットワークに移籍いたしました。

 東北山岳ガイド協会の皆様にはこれまでの御指導に深く感謝の意を表すとともに、新たな活動の場で自分のガイド活動を模索する所存でおります。
    日本山岳ガイド協会所属山岳ガイド 大滝 勝

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神の山、ブナの山。

英彦山(ひこさん)。
大峰山、そして我が山形の羽黒山に並ぶ「日本三大修験道の山」。
福岡滞在中にぜひ訪れたい山であった。

久々の休日、英彦山の中腹を歩いていると、

Pap_04132
見事な霜柱。
暖かい九州、雪が無いとはいえ、山上は冬なのだ、と自分を戒める。

Pa0_0410頂上直下のお社に、井戸があった。
稜線も近い場所、すなわち地下水の涵養も乏しい場所に井戸が存在することは、私にとって驚きである。参拝するのも忘れて井戸の蓋を開けてみる。
溜まり水のようではあるが、こんな場所に井戸が存在すること自体、神々しい。
先人が畏敬の念を抱いたことに深く共感。あらためて手を合わせる。

Pap_04022本日は夕方から所用があるため、山行の目的を「ブナ」の視察に絞り、ルートも中岳往復とした。
標高900m付近からぽつぽつとブナの木が現れる。
月山のブナ同様、木肌はチャボスズゴケで彩られている。
根元までコケに覆われているのは、雪に乏しい九州のブナらしい。
(※ 積雪地では、ブナの木肌に生えるコケの位置が、おおよその積雪深の目安になる)
ここ九州では、ブナの分布はおよそ1000m以上の山岳地に限られる。
また自然保護団体・山岳団体の有志がブナの実を収集、ブナの繁殖に尽力していると聞く。

頂上でティータイムを過ごし、下山にとりかかる。
往復登山という形式を好まない方もいるが、私は好きだ。
下山にじっくり、景観を楽しむのが私流。
ブナの木と同時に楽しみにしていたのは、英彦山中腹の参道。
当ブログにコメントをお寄せくださった方のアドバイスとともに、2万5千地形図に判読できる門前町の様式が私の期待を駆り立てる。
Pa0_0420直線で500m以上、徒歩で約20分、延々と石段が続く。
両脇の段々地形はかつての宿坊の名残。
わずかに現役の宿坊も残るが、ほとんどは空き家、空き地だ。
かつては大勢の修験者、参拝客で賑わったのだろう。
私に聞こえるのは鳥の声と水の音だけ。
感性の乏しい私ではあるが、今も続く山形・羽黒山、奥多摩・御岳山の宿坊の賑わいとは対照的な、鳥の声だけが賑わう宿坊跡に、時の流れを感じざるを得ない。

下山途上、今も残る宿坊前で草むしりをしている女性がいた。
私が挨拶する前に「おつかれさま」と声をかけてくれる。
ここには多くの参拝客を迎えた伝統が残っているのだ、と思った。

添田町営バスで「銅(かね)の鳥居」に下車したのが9時過ぎ、頂上を往復し、途中の売店で買い物をして、11時20分「銅の鳥居」発の添田町営バスに間に合わせた。
急ぎ足の訪問ながら、重厚な歴史を積み重ねた英彦山の雰囲気を満喫。

Pap_03952
お土産に「英彦山がらがら」を買いました。
素朴な土鈴です。コロコロという控えめな音が気に入りました。
安全祈願に、今年ザックにつけておこうかと思います。

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水晶山

天童市郊外に位置する水晶山(667.9m)に向かう。
この山の歴史は古い。
伝承では702年、役行者が開山。
確たるところでは平安時代初期には周辺の寺院が整備されて山岳信仰が始まる。戦国時代に荒廃するものの、17世紀には庶民の信仰登山が盛んだった山である。
山名も、本来は「水精」といわれ、近くの雨呼山同様、農民達の信仰篤い山だったようだ。

Pa0_0373
登頂を終え、頂上稜線手前の『見晴らし台』まで降りて一休み。
薄曇りながら、月山が木々の間からくっきりと見えた。
信仰の山・月山を、昔の人々はどんな想いで眺めていたのだろうか。

Pa0_0371 休憩タイムはもちろん、先日当ブログに書いた山形旬感詩 武田のバナナボートを食す。
このバナナボートの大ヒットが山形旬感詩武田の繁盛に繋がっているらしい(ガイド仲間O氏談)。
行動食にしてはボリュームのあるバナナボートで運動して腹減っているところには大変美味でございました。
ちなみにこのバナナボートは要冷蔵菓子ですので、山への持ち込みはご注意を。

Pa0_0376_2
だいぶ下ると、周囲は杉林になります。
杉に囲まれて、一本のソメイヨシノの大木がありました。
この日の朝、福岡の気象台ではソメイヨシノの開花が確認されたとニュースは伝えていました。
ここ天童のソメイヨシノは、まだ雪を被ったままです。
花咲く頃は、地元の住民による山開きで賑わう頃でしょうか。

Pa0_0377もう少し降りると、六角堂という休憩所があります。ちょっと時間をずらして、ここで昼食タイムにするのもよいでしょう。
壁には水晶山一帯に存在する遺跡の詳細な解説付き写真パネルが飾ってあります。
下見に来た登山パーティーのリーダーさんは、ここで解説ネタ仕入れておきましょうね(笑)。

Pa0_0370六角堂に掲げられていた一句。
厳格なガイドさんには土着けたまま靴仕舞うなと怒られそうですが、数多く掲げられていた色紙の中で一番感銘を受けた句でありました。

 スキーをやらない一般ハイカーさん達にとっては事実上オフシーズンになる東北の積雪期。
 そんな積雪期でも初心者が楽しめる山を求めて、一山でも多く里山と言われている山を登っておきたいというのが、ガイドとしての私の正直な心境です。

 条件厳しいアルプスともまた異なり、モナカ雪の踏み抜き、堆積した枯れ葉に積もった滑りやすい積雪、雪に隠れた岩、木道の登山道。
 雪といっても、低山ゆえの激しい気温差で、腐った雪もあればガチガチに固まった氷雪と、めまぐるしく状況は変わります。
 里山とカテゴライズされている低山こそ、積雪期にはきちんと雪の斜面を安定して歩ける技量が求められるのではないか、と思いを新たにした次第です。

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磐梯朝日国立公園朝日地域登山道に関するワーキンググループ

月山山麓、西川町で開催された環境省東北地方環境事務所主催の会合『磐梯朝日国立公園朝日地域登山道に関するワーキンググループ』に出席。

国立公園朝日地域登山道ワーキンググループ等について(PDFファイル)

Pa0_0364一般参加という形で傍聴するつもりであったが、山形県自然博物園館長の横山氏ともに月山朝日ガイド協会の人間としてしっかり席が用意してあり、だいぶ恐縮。

このワーキンググループ、07年から展開されている、朝日連峰の風衝地(具体的には朝日連峰・狐穴小屋近くの「三方境」付近の登山道崩壊地)における植生再生等の登山道整備に関わる諸団体の「横の連携をとろう」という目的で開催されているもの。
集まった人間は行政(各自治体観光課)、林野庁、営林署、そして各山岳会の長が一同に集っている。

特筆すべきは、山岳地の風衝地における植生再生という試み自体が全国でも例のない試みであること。また、関係者(とくに各山岳会の長)が一同に会する機会は滅多になかろう。

植生再生作業の具体的な内容は、登山道の踏み荒らしで地肌がむきだしとなり雨等の流水で激しく浸食された地形を「再生」すべく、雨水の流路を整えるため石組み・土嚢で修復、麻製の「緑化ネット」を貼り、周囲の植物から採取した種子や株を植え付けるというもの。
 飯豊連峰での作業実例はこちらのサイトをご覧ください。↓
 http://www.iideasahi.jp/1188-2.htm

 ここまで書いて少し知識のある方にはご理解いただけると思うが、この作業を本来ならば「石一つ、草木一本動かしてはならない」国立公園内で展開するという点がネックなわけで、関係各位の横のつながりが重要になる訳である。
 この点、飯豊連峰では、とくに中心人物となっている小国町の井上氏の談話によれば、関係部署を巧く連携させることによって各官庁の許認可フリーという状況にもちこんでいる成功例といえる。

 とはいえ、やはり組織の形態にこだわる方はいらっしゃるわけで、本日の朝日連峰の会合では「どこが主体とななるのか確認したい」という話題に時間が費やされていた。

 これはあくまでも私個人の見解であるが、登山道のみならず環境問題に効果的であるとすれば、別に主宰など環境省でも防衛省でも個人でもどこでもよろしい、というのが私の想いである。事実、そういう考えだからこそ、昨夏は前述の井上氏のウェブサイトの呼びかけに呼応して私も緑化ネット荷揚げに微力ながら協力させていただいた。

本日のワーキンググループは今後の活動組織の形態についてその候補を討議、結論については来期の会合に先送りされ、次年度の活動予定の確認ということで終了。
環境省の担当者のお話では、山岳関係者が横の繋がりをもてる機会を作りたい、と結ばれていた。
 これに関しては私も意見がある。
 現在の登山界をみれば、山岳会所属の人間よりも、未所属・未組織の人間が圧倒的に多い。朝日連峰を訪れる登山者もまた同様である。
 朝日連峰の山小屋・登山道を実際に管理・整備しているのは地元の社会人山岳会であるが、こういった話し合いの機会がもたれるならば、一般登山者も気軽に参加できる機会が望まれるのではないだろうか。
 昨年展開された緑化ネットによる登山道整備は、作業は行政に委託された業者ではなく一般公募の登山者の手によって行われたものである。これにより、登山道の崩壊・整備問題を、一般の登山者が自分たちの問題として捉えられること、また自分たちの手によって登山道を整備することによって「自分たちの山」という意識が生じるメリットは大きいと私は考えている。

 もう一点、今回の会合に女性の参加者は、環境省に業務を委託されている建設コンサル会社の川端女史と、大井沢の博物館学芸員である武浪女史の二人だけであった。
 登山者の大半は女性登山者が占める。
 登山道整備作業といえばどうしても男性の手による重労働がイメージされがちであるが、緑化ネットの種子配布など、女性の協力でもできる作業はいくらでもある。一般登山者の参加を促す上でも、女性登山者の協力をとりつけることも非常に大きなポイントである、と会合の面々を見ていて感じた次第でありました。

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福智山のバイオトイレ

山の環境問題として取りあげられる、屎尿問題。
朝日・飯豊連峰でもバイオトイレの建設が進められてきた。
さて、他の山域の様子はどうなのか?
せっかく九州を訪れたので、当地ではよく知られている福智山のバイオトイレを訪ねてみた。
福智山のバイオトイレは地元の「筑豊山の会」が主導、様々な関係団体の協力で設置。
その経緯と設営状況については読売新聞社のルポに詳細が掲載されている。

山のトイレを守る50、60歳代のボランティア…福岡・福智山 by 読売新聞 九州版

福智山をはじめとする九州各地の山のバイオトイレ事情については、バイオセレント社のサイトが関連記事をとりまとめている。

バイオトイレ新聞報道 by バイオセレント社

さて私が訪れた福智山のバイオトイレはこのような状況でした

Pa0_0331避難小屋「荒宿荘」の陰に立つバイオトイレ「山ぼうし庵」

Pa0_0322_2トイレ内部の様子。
私が訪れた時間帯は午前10時、既にディーゼル発動機の音が鳴っていた。汚物を分解する微生物培養のため、システムの温度を一定に保つ必要がある。そのための電力に発動機が用いられている。発動機の燃料である軽油は、関係者の方々が歩荷して担ぎ上げられている。
 マスゴミ記事ではこのバイオトイレのイニシャルコストは約500万円、ランニングコストの計上には関係者の方々も苦心されているらしい。画面左のラックに入っているのは、運営費用を募る募金用振り込み用紙の束。

Pa0_0327便器をのぞき込むと、モノを処理システムに引き込むためのドラムが音もなく回転している。

Pa0_0328使用済み女性用品を入れる袋も別途備え付けられている。

Pa0_0324バイオトイレの外壁に突き出ている発動機の排気口。処理システムとして、発動機の使用・排気ガスの処理は今後の課題となろう。

Pa0_0325トイレ裏には雑水用の雨水タンクが設けられている。

飯豊ではおがくず利用(福智山では木片チップ)・自転車こぎ方式のバイオトイレが知られているが、地域によって様々な形態のバイオトイレがある。
 今回、自分が実際に福智山を登ってみた感想では、十分日帰りが可能なコースであるため、事前に用を済ませることが十分可能ではないだろうか?
 コースタイムが半日~日帰りで済む山では、事前に済ませることが重要ではないか、という意見はバイオトイレ設置の際にはよく出される意見であるし、実際に蔵王連峰にバイオトイレ設置の計画が発表された際には論議になっている。
 しかし、体を動かす(登山においては歩き始める、ということ)ことによって内蔵の活動も活発化し、便意を催しやすいということも人体の生理現象であり現実である。

 バイオトイレ設置には、自然環境に対する影響の軽減という成果の他に、登山者自身に山の屎尿問題を意識させるという意味合いがあると私は考えている。トイレ室のラックに入っている、運営募金を募る振り込み用紙の束を見て、そんな事を考えました。

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福智山

初めての九州の山として、福智山(900m)を目指す。
出張前は北九州を代表する名山「英彦山」を意識していたのだが、頂上にあるバイオトイレをぜひ視察してみたかったのだ。

JR直方駅からバスの終点、内ヶ磯で下車。
私は相当人が良さそうにみえるのか、内ヶ磯のバス停で通りがかりの老人に声をかけられた。
どこから来たかと尋ねられ、今の滞在地を答えればいいものをつい「山形県から来ました」と答えてしまい、びっくりされてしまった。
老人「わたしゃこの前、日光に行ってきたんだけどね。山形というと・・・長野と埼玉の間にあるとこかの?」
私「あ、いえ、もうちょっと北の・・・新潟の隣です。」
老人「おおそうですか。山形は海が無い県でしたね。」
私「あ、いえ、日本海に面してるんですよ・・・」

九州の方々にとっては、山形なんて異国並みに遠い所なのだろう。
Hiromi_go この会話を交わしながら、郷ひろみの『エキゾチィッ~ク!ジャパンッ!』の歌声が意味もなく頭を駆けめぐる。

福智山ダムを眺めながら登山口めざしてのんびり歩く。
内ヶ磯行きバスに乗りながら眺めていたのだが、山麓の家々は白や紅の梅の花で彩られている。
里も山も、スイセンだろうか、白い花ざかり。
ウグイスの声まで聞こえる。
頓野林道のゲートから「大塔の滝」コースをめざす。
結構な勾配のある登山道である。

Pa0_0334随分と木が荒れてるなあと思いつつ歩いていると・・・

Pa0_0333登山道の真ん真ん中に、赤い落とし物。
椿の見事な赤にはっとさせられる。

頓野林道のゲートからちょうど1時間。
バイオトイレのある避難小屋「荒宿荘」に到着。バイオトイレの様子は別記事で。
そこからさらに10分程の急登で頂上へ。
Pa0_0321山頂の気温は13度。今日は全国的に好天に恵まれた日だった。視界も良好、ぐるりと北九州の街並みの様子が見渡せる。
「昨日も晴れていたけど、視界は悪かったね」と、二日連続で登ってきたらしい老人が言う。
山頂からの景色で特に目を引いたのは、カルスト台地で知られる平尾台の方向にみえる巨大な露天堀鉱山。場所からして石灰岩を採取しているのだろうが、日本で露天堀の鉱山を見るのは初めてだった。(後で三菱マテリアル社の東谷鉱山と判明)
 山頂でインスタントのエスプレッソを飲み、のんびりしていると、先ほどの老人がお社に向かって何やら大声で唱えている。「イザナギノミコト・・・」から始まり、いつの間にか般若心経になっているところを見ると、老人のオリジナルか?その熱心な祈りは、福智山の山頂の雰囲気を厳粛なものにしていた。

Pa0_0319下山ルートは上野越~上野峡ルートにとる。
福智山山頂付近を振り向いてみる。
この画像撮影後、登山道は大塔の滝コース以上の勾配のきつい道。幾箇所もフィックスが張られている。
急な割には登ってくる登山者は多い。九州人は皆ストイックなのだろうか。
この下山ルート、道の両脇はシダに覆われ、恐竜でも出てきそうな雰囲気だ。
歩きながら、何かと東北の山と比較している自分に気がつく。
ここは九州の山。
九州の山として楽しもう。
常緑樹の多い植生も、2月の東北の山には無い瑞々しさがある。
頂上から1時間程で上野登山口に下山。
コミュニティバスはあと2時間待たないと来ない。
せっかくの機会、山麓の集落の様子を眺めながら、最寄りの筑豊鉄道伊田線の赤池駅まで1時間ほど歩く。
Pa0_0317福智山山麓のタンポポは、花の中央だけが黄色く、全体に白い花でした。

Pa0_0316
陶芸窯元が沢山集まった上野集落を過ぎ、振り返ってみる福智山。
標高は千mにも満たないけれど、水も豊富で登りがいのある良い山でした。

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山の名前

アカどもの残滓が、亡霊のように浮かび上がりますな。

'Soviet Latvia' finally disappears from Tajik maps by AFP2/4

タジキスタン領にある「ソビエト・ラトビア」峰の名前が地図上から消え、このたび「ラトビア」峰に変わるそうです。
タジキスタン大統領がラトビア訪問にあわせた措置のようですが。
スターリン峰→コミュニズム峰→イスモイル・ソモニ峰に代表されますが、皆さんご存じのように旧ソ連のパミール山域の山名は政治状況に応じてコロコロ名前が変わっています。
このAFP記事で面白いのは最後の部分、
『ソビエト時代にノスタルジーを感じる人間はご安心、タジキスタン領内には「Soviet officer」(筆者注・ソ連軍将校?)なる旧ソ連由来の地名がまだまだ残っている』と報じています。

さて、パミールだけでなく、アメリカでは北米最高峰「マッキンリー」の呼び名について、先住民の伝統名を尊重して「デナリ」と呼ぶ方が多くなってきました。
山の名前が変わる。
我が日本では、ちょっと記憶にありません。
(もしご存じの方おられましたらコメント欄にご一報下さい。純粋に好奇心から知りたいです)
私の記憶では「剣岳」の「つるぎ」の表記が「剱」とする通達があったこと、「八ヶ岳」の「ヶ」「ガ」の表記など、漢字の表記が問題になりました。
また昨秋、鳥取の大山の登攀ルート名が統一、これに伴いルート名が変わった部分もあるようです。
これら表記や登山ルート名が変わった事例はありますが、山の名前そのものが変えられた、というのは記憶にありません。

先年の日本各地における市町村大合併は、地理学を学んだ者にとっては誠に暗澹たる政策、地名というかけがえのない財産が行政のバカどもに改悪させられた愚行でしたが、山の名前は変わらない。
(最近はブログ上で「殺す」と書くと警察にパクられるようですが、わたしゃ何度でも声を大にして言いますよ。カタカナ地名を嬉々として自治体名に採用するバカは 腹 切 っ て 死 ね !
あれだけ市町村名が改変させられたにもかかわらず、山の名前が不動であることは特筆すべきことではないでしょうか。
と申しましょうか、政治家の都合でコロコロ変わる旧ソ連圏が異常といえばそれまでですが。

それでは、登山愛好者の皆様が普段愛用されている国土地理院の地形図に記載されている山の名前は、誰が決めているのでしょうか。
これは国土地理院の役人が勝手に書き込んでいるわけではありません。
地形図を製作する際に、各自治体の長宛に国土地理院が「地名調書」の作成を依頼します。
この「地名調書」に掲載される地名、すなわち各自治体、役場が用いる公式名称や一般的に用いられている地名が調査された上で地形図に用いられます。
 したがって地名の調査確認方法は各地域で様々なようで、山や沢に詳しい営林署の職員が協力したり、信濃大町の例では山岳博物館も協力していると聞いています。

 人間の歴史・営みや自然の形態を凝縮したものが「地名」なのですが、人文地理の一般書を紐解けばよく書いてありますが、我が日本はお世辞にも地名を大切にしてきた国家とはいえません。
 そんな国にあって、山の名前がこのまま尊重されることを願っています。

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福島側からの飯豊連峰

28日、お仕事で一人で福島・喜多方市へ。
雲もごく少ない快晴。
蔵王・朝日・飯豊・吾妻の山並みがくっきり見える中、山を越えて福島県へ。

あらためて思うのですが、福島・会津側から望む飯豊連峰はとびきり美しい。
山形県人ながら、素直に認めますね。
山麓から「そびえる」ように鋭い雪稜がいくつも並び、そして稜線はたおやか。
あまりに美しいので、
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県外在住の方でも飯豊フリークの方は多いことと思いますが、機会がございましたらぜひ冬季の飯豊を福島側から眺めてみてください。

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上級救命講習

酒田市大浜にある酒田市消防西分署で上級救命講習を受講。
8:30~17:30までお勉強。
なぜ消防の救命講習か、といえば、

○一日で心肺蘇生法と止血・各種応急処置を学べるカリキュラム
 日赤の講習(3日間)に過去二度チャレンジしたが、いずれも呪われたかの如く急な仕事が入って修了できなかった私にはありがたい。
○救命現場の最前線にいる消防の方から、ナマの現場の話が聞ける。実践に即したテクニックが学べる。
 足もげた時って、血あんまり出ないんだよね~、とか(笑)
 
の二点である。
さらに、酒田の消防署はきちんと市報に講習予定を公示してくれるので予定が立てやすい。日赤の山形支部など直前にならないと開催時期がわからず、なかなか不便である。
Pa0_0289細かいテクニックは誤解を招くといけませんので書きませんが、山に関連した情報といえば、県防災ヘリが山形から鳥海山に到着するのに要する時間は30~35分。月山や朝日連峰の小屋にもAEDが置かれるようになりましたが、AEDが無い場合どうするか→地道に心臓マッサージすること、とのこと。

まあ、あがり症の私にしてみれば、もっとも大切なのは非常事態に冷静でいられることですね。
初めて救急車呼んだとき、電話口で自分の住所が口から出ませんでした。
講習中に放映されたビデオでも、実際の119番通報の録音通話が流されてましたが、結構みなさん住所すらしどろもどろになるようです。あー俺だけじゃないんだ、と思った次第。
今日学んだ内容が山で使われませんように・・・
でも、「そのとき」に備えて技量と装備は揃えます。(きっぱり)

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石濱裕美子氏講演会「チベット仏教文化の歴史的展開」

本日、代休。
東北大学・東北アジア研究センターに行く。
『北アジアにおける帝国統治とその遺産に関する研究 第5回研究会』に潜り込む。
目的は、仙台に来られたチベット文化研究の第一人者・石濱裕美子氏の講演「チベット仏教文化の歴史的展開」を聴講するため。
ポスト・ダライラマを考察するベースとして、わずか一時間の概要的な講演とはいえ石濱氏の講義を聴きたかった。
Pa0_0290会場に集まったのは研究者が15、6人くらいだったろうか。一般参加は私だけの様子。
石濱女史は年取った麻丘めぐみ(ぼく何か変なこと書きました?)とゆー感じのキュートな女性であるが、そこは研究者らしく、質疑応答で質問者の曖昧な語義については鋭く問いただしていた。また、あえて書名は明かしていないがチベット仏教の某歴史書に関して「底が浅い」と一刀両断。

シナチク人民凶悪国がなにをもってチベットを併合したと称するのか、そしてその誤り、何より、チベット問題は民族問題という視点ではなく宗教問題として捉えるべき、という考え方は参考になる。
書店の一般書や、粗悪なメディアの解析ではなく、最前線の研究者の知見に触れることができるのは、さすが大都会・仙台である。

講演後の各種報告も聴講したかったのだが本日はパス、すぐに山形に戻り、諸般の事情で文具店巡りで休日を過ごす。

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2009年あけましておめでとうございます

2009年、平成21年あけましておめでとうございます。
登山、クライミング、野外活動に関わるすべての方々にとって、よい年でありますように。

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高校山岳部員、山岳保険未加入53%。

日本山岳協会のウェブサイトに興味深い資料がアップされました。
山をやっている方ならぜひご覧下さい。

平成20年度 全国山岳遭難対策協議会報告書 by 日本山岳協会
(文書ダウンロードのページからクリック下さい。PDFファイルです)

遭難者数の推移等の考察はどっかのマニアックな遭難専門ブログにお任せするとして、私の興味を引きつけたのは大学・高校山岳部の現状報告。(81頁以降)
 学校山岳部が抱える問題点が如実に抽出されている報告である。
 登山指導者自身がスキルアップの必要性を感じている実態、指導者の指導体制整備が求められるという現状に考えさせられる。

さらに議論の中では取り上げられていないが、アンケート対象となった愛知県下の高校山岳部員の53%が山岳保険未加入という現実は、これほどまでに山岳保険の必要性が唱えられている現在に於いて重大な問題を孕んでいると私は考えます。

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蔵王と、芸者と、ベートーベンの、奇妙な関係。

年末、あちこちでベートーベンの第九が演奏されてますね。
クラシック生で聴きたいけど、お金の無い私は今夜もYoutubeでお気軽視聴です。
さて今回の話題は、

Nat003蔵王と、

Img20051211芸者と、

Beethovenベートーベンとの、奇妙な関係。

昨年からスキーで蔵王に通っているので、せっかくなので蔵王に関する参考文献を漁っている。
蔵王温泉の有力企業であるタカミヤホテルグループの創立記念誌が、 裏 ネ タ 満 載 でこれまた面白い。

その昔、日本では芸者という形で風俗産業花盛りの時代がありました。
ま、条例で風俗産業が締め出されて下半身の元気な男性諸氏には不満の多い現在の山形県では考えられないような時代があったわけですな。ははは。

明治時代、山形市内にはその芸者を教育する学校というのが幾つかありました。
その学校の一つ、「小姓町玉梅女学校」では国語・算数・地理・修身を学び、高等部ではドイツ語を教えていたそうな。
政府の高官が女学校に視察に来た際、そこで学んでいた芸者衆が歌ってみせたのが、あのベートーベンの第九だった、と当時の山形新聞が伝えているのです。

ここで注意されたいのは、ベートーベン第九の日本における初演は、現在確認されている限りでは1918年、徳島県にあったドイツ人捕虜収容所における演奏、さらに日本人による初演奏は1924年に九州帝国大学オーケストラによるもの。
山形の芸者達による第九合唱のエピソードは山形市観光協会のウエブサイトにも紹介されているのだが、日本でかなり早い時期に歌われた記録であることは間違いない。

で、この小姓町玉梅女学校で学んだ多数のインテリ芸者達が、蔵王温泉に流れていったといわれています。
蔵王温泉に盃湖という、冬はワカサギ釣りでにぎわう池があります。
まあ何時の時代にもアイデアマンはいるんですね、明治・大正にかけて、この盃湖に屋形船と芸者遊びをセットに売り出して、莫大な利益をあげた方がいるそうです。芸者の需要も多かったわけですね。
蔵王温泉というところは昔は遊興地として栄えた側面もありまして、まあなんですな、客とHした後のその手の職業の女性のアソコには、蔵王温泉の硫黄泉はえらく浸みて痛いらしい、とかそういう生々しい話題が伝わってます。

月山あたりですと、とかく『山岳信仰』という話題がメインで何かと堅い話題が多いのですが、かたや蔵王は遊興地らしく俗な話題が満載。人間を語るなら、宗教もさることながら、やっぱ金と女と飯も真理ですよね。
(僕何か間違ったコト書いてます?)
風光明媚な観光地として、日本のみならず韓国・台湾にむけて大売り出し中の蔵王温泉ですが、歴史の陰に埋もれた男と女のドロドロしたエピソードもいっぱいあるんだろうなあ、とダークな性格の私は蔵王温泉の秘めた一面に惹かれるのでありました。

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表面霜

朝8時に家を出て、10時半には蔵王・刈田の稜線。

Imgp0812

「トップ批判する自民議員は麻生さん以下」と社民の福島瑞穂がまともな発言したからに違いない、冬の山形にしては奇跡的なまでの晴天。
朝はかなり冷え込み、蔵王から月山、朝日、飯豊のすべてが眺めることができる。
その冷え込みのおかげでしょうか、坊平ライザスキー場のリフトから降りた雪面は一面、見事なまで発達した表面霜。長径は1~2cmくらいはあったでしょうか。

刈田岳頂上直下のレストハウスでスノーシューからスキー板に履き替え、ライザスキー場を経由して滑降、駐車場に。昼前に山行をすませ、午後は散髪、書店、山の店で地形図の補充と注文、情報収集。

地元民から、坊平ライザスキー場を目指す人にアドバイス
山形の道路は乾燥していますが、坊平「たいらぐら」直前から乾燥路面から 突 然 に 凍結圧雪路面になります。調子こいて車を飛ばさないで、安全運転でお越しください。

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近くて遠い国

毎朝、通勤途上に聴いているNHKラジオ第2放送『まいにちハングル講座』が終了。
簡潔な講座内容と豊富な題材のバリエーションで人気が高かったようだ。
機内アナウンスの講義は大いに興味をそそられたが、
『イルボン、イルボン』
と聞こえたので
「ん?日本日本ってなんだ?」
と思いきや、機内放送の番号案内で『日本は二番』と言っていたのであった。
嗚呼、韓国語マスターの道は日暮れて道遠し。

ちょうど、大韓山岳連盟の申氏からメールが入る。
その後、急ぎ確認したいことがあり、韓国の申氏の携帯に直接電話。
私「ヨボセヨ~」
申氏「○×△□」(ハングル)
私「ヨボセヨ~」
申氏「○×△□」(ハングル)
私「申さんですかぁっ~」(思いっきり日本語)
嗚呼、日本語の堪能な申氏に韓国語でお話できるのはいつの日か。

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トライアスロンジャパン誌の休刊が意味するもの

月刊誌『トライアスロンジャパン』誌(以下TJ誌と略)が09年1月号をもって休刊となった。

私はトライアスリートと名乗るほどの者でもない。
TJ誌と私の出会いは、体力増強の参考にと古書店でバックナンバーを手にしたのがきっかけだった。
そのTJ誌に掲載されていたエクステラ・ジャパン(水泳、MTB、トレイルランを組み合わせたオフロードトライアスロン)に強烈な印象を受け、翌年、当時パワースポーツ社が主催していたエクステラ・ジャパン塩原に出場したのだ。
カネをかけてウェットスーツを揃え、レース用のマウンテンバイクを買った。
それだけ強い動機付けとなる印象を、TJ誌は私に与えたのだ。

ここで注目されたいのは、ある競技の『唯一の』専門誌が消える、という事である。
最近のブームに便乗してマラソンや自転車の雑誌が創刊されていることを比較して、今回の休刊を惜しむ声は多い。また今後、どこから情報を入手すればいいのか、という不安の声も聞く。
情報提供という側面も、月刊誌というメディアが担う重要な役割ではあるが、私のように一冊のバックナンバー誌に強い印象を受け、競技に興味を持つという「初心者を誘(いざな)う」「次世代の育成」という役割も重要なはずだ。

翻ってクライミングはどうか?
トライアスロンの競技人口は推定で20万人と言われているが、クライミングに関しては10万人という推定がなされている。(私個人はもっと少ないと考えているが)
クライミングを扱うロ糞ノ、あいやロクスノ誌が廃刊になろうとだから何なんですか?と私自身は考えているし、日本の登山者は「岩と雪」「クライミングジャーナル」の休刊・廃刊を経験しているわけだが、今こうしてTJ誌の休刊という現実を目の当たりにし、あらためて月刊誌・専門誌の役割の大きさ、それを失う喪失感の重大さを感じている。

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山のおべんとう(広島県山岳連盟)

さよなら、広島。
17時まで現場作業に従事、その後18時半の新幹線に乗り込み東京に移動。

広島駅にて駅弁を買うことにする。
貧乏のどん底とはいえ、出張の時ぐらいパァッ~と豪勢に行きたいな。
カキ弁か!
穴子弁当か!
と売店で迷っていると、目の前に『山岳連盟が開発!』という弁当のポスターが。
駅弁に、さ・ん・が・く・れ・ん・め・い?!
で、買っちゃいました。

Ben1「山のおべんとう」パッケージ

Ben2「山のおべんとう」の中身

パッケージの但し書きによれば、
『この弁当は広島県山岳連盟と広島駅弁当が共同で開発しました。売り上げの一部は、山岳環境保全基金として山岳環境の保全に役立てられます』と、ある。
開発過程の記事はこちら↓
登山家お墨付き「山の弁当」量は少なめ 容器に工夫 by 中国新聞

中身はおむすび三個、鶏肉照り煮、だし巻き卵、焼き鮭、薩摩芋甘煮、こんにゃく煮物、タケノコ煮物、レンコン煮物、椎茸煮物、にんじん煮物、梅干しという内容。これで750円也。
おむすびが小さめなのに、おかずはボリュームたっぷり。
食べた感想は・・・「山のおべんとう」と題するくらいなのだから、山菜など、広島ならではの地元の食材、山の食材が何か欲しい。新幹線という県外者が多く利用する交通機関・売店で販売されるのだから、もうちょっと「広島色」を打ち出しても良いのでは、と感じた次第であります。
 でも県の山岳連盟がこういう企画を実現するということ自体、私にとっては新鮮な驚きでした。

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或る登山ガイド本のおはなし。

宿直明け、自宅には戻らずそのまま仙台空港に向かう。
日曜潰して出張移動。
リストラに片足突っ込んだ貧乏暮らしの土木作業員の私、子供達が楽しいクリスマス・正月を迎えられるように粉骨砕身でございます。

仙台空港の書店にて、新刊の登山ガイド本を見つけた。
その本を手にして、一瞬凍り付く。

今年、某連峰の主(ぬし)的な存在であるA氏と山行を共にする機会があった。
そこで少し話題になったのだが、その某連峰に関するガイドブックを書くためと称して、A氏はとある人物から取材・原稿の確認を依頼されたのだという。
その原稿を見ると、ガイドブックの内容はA氏管理のウェブサイトの丸写しで、問いただすと「海外の山に行っていて時間が無い・・・」という回答。
怒り心頭のA氏は電話口で一切の協力をお断りしたという。

その執筆者の所在地、海外登山歴から、おおよそ人物の見当はついていたが、今、仙台空港の書店で手にしたガイドブックを読んだとき、すべての点が線となって私の頭でピンときた。
A氏が激怒されたのは、このガイドブックの著者であろう。

とはいえ確証を得た訳ではないし、あくまで私の推定にすぎないので、前述のとおり人物も山域も伏せ字である。
その執筆者とは、以前ある登山を巡って私も一時期おつきあいさせていただいた。
物事を進めるのに、少々(というかかなり)強引な進め方をされる方である。

登山ガイド本を書くという行為は大変な作業である。
以前、山岳写真家で集団の主宰者で、かつて「雪沓(ずんべ)山の会」のクライマーとして数々の初登記録を残している写真家・早川輝雄氏の山行に同行した。
ある登山教室の講師・ガイドとして私たちは鬼首の山を訪れたのだが、時間が空いたので「ちょっと見に行こう」と、早川氏は近場の山の登山口を確認すべく車を走らせ、途中では山麓のバス停の時刻表も丹念に調査・記録されていた。
 そのような細かい、地道な作業を積み上げて完成されたのが、多くの登山者が活用している山と溪谷社のガイドブック「分県登山ガイド」である。
 
早川氏も広い山域をカバーするのに自分一人だけでは限界があるわけで、時には山仲間に情報確認したりすることももちろんあるらしい。
そういった意味では、くだんの執筆者がA氏に協力依頼を求めたところで何も問題は無い。しかし、「ウェブサイトの丸写し」で怒りを買う・・・
これはデリケートな問題なのでオブラートに包んだような書き方しかできないのだが、その執筆者には執筆者なりの言い分があるのだろう。それはA氏にしても同様である。
しかし結果的にその執筆者の行為はA氏の怒りを買うことになってしまったのだ。(A氏は遭難救助隊の指揮者であり、登山道の環境保全活動にも心血を注いでいる社会的地位のある方なので、他人に言いがかりをつけるような方でもない)

普段、私も当ブログで二次情報を頼りに好き勝手なことを書き、「おめーもネット上の記事引用してんだろ」と言われれば返す言葉もなく、あれこれ言える立場には無い。
そのことは十分承知なのだが、あえてこの生々しい話について言及してみた。
書店に積み上げられた、新刊のガイドブック。
この本を手に嬉々として山に向かう人もいるだろう。
文章を書く、出版物として世に問う、という際に「信頼」「信用」「誠実」ということがどれだけ大事なことなのか。
そんなことを思わずにいられなかった。

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『地球の歴史探検隊!』で子供たちと化石を掘る。

山形県朝日少年自然の家の行事『地球の歴史探検隊!』にサポーター参加。
この行事は子供たちと共に化石発掘をするというもの。
現在の日本の野外・環境教育では「地学」に関わるプログラムというものが圧倒的に少ない。
自然の家の活動と関わるようになって7年め、ようやく最も参加してみたいプログラムを経験することができた。

昭和53年8月、二人の小学生が最上川河畔で「魚」の化石を見つけた。
その後、「魚」は実は新種の草食哺乳類、後の「ヤマガタダイカイギュウ」であることが判明する。
プログラムはこのダイカイギュウ発掘地を見学後、化石床のある露頭に移動して化石採掘をする行程。
参加者は親子連れ計65名、いつもの自然の家プログラムとしてはかなり多い参加者で、締め切り前に定員一杯になったらしい。

Imgp0756_3大江町用地区にて、ヤマガタダイカイギュウ発掘地を見学。本日のプログラムの講師は山形県立博物館の石山氏。
ヤマガタダイカイギュウは進化系統でみた場合、現在生息しているジュゴンやマナティとは約2000~3000万年前に別系統で進化した新種であることがその発見の意義である。
その子孫は「ステラーカイギュウ」として18世紀まで生息していたのだが、このステラーカイギュウ、発見からわずか27年で乱獲のため絶滅している。今でこそ捕鯨を非難する毛唐共はそういう極悪な歴史を持ち合わせているようですな。

Imgp0759大江町某地区露頭に移動、参加者は取り付かれたように採掘する。
十数分すると、
「みつけたー」
「おとうさーん」
と、あちこちで子供たちの声があがる。
対象となる葛沢シルト岩層は約700万年前、当地一帯が浅い海であった頃に生成された。
講師の石山氏もプログラム開会の挨拶で強調していたのは「昔海だった証拠を探してみましょう。」
子供たちは地中から「自分だけの発見」をすることに喜びを感じているようだった。

今回のサポーター(ボランティアスタッフ)は若い子が多い。
「これ何ですか?」
と聞かれて見てみるとサンドパイプ状生痕。
生き物の住処、これも立派な化石だよと教えてあげると、
「レアだ~レアだ~」
と、彼女たちは盛り上がっていた。

Imgp0763先生方が採掘したツメタガイの一種。

Imgp0768私の収穫。オオノガイの幼貝。(シジミかと思った・・・)

この化石採掘プログラム、昨年までは教育的要素を盛り込む等、様々なスタイルで行われていたらしいのだが、今年は化石採掘に集中する形式で、昼過ぎには終了する短期集中型の日程で行われた。間延びすることなくよかったのではというのが、反省会での皆の感想。
いずれにせよ、化石採掘という形で子供たちに地学に関心を持ってもらえれば何よりである。

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越王山(こしおうやま) 幻の日本軍地下兵器工場の山を訪ねて

温泉と将棋の街、天童市。
天童には水晶山や雨呼山などハイキングに手ごろな山もあるが、さらに市街地のそばに舞鶴山、八幡山、越王山という低山がある。これら三山を「出羽の三森(みつもり)」と呼ぶ。

標高225m程の越王山(こしおうやま)は、南北に伸びた洋ナシ形の低山である。
この山は太平洋戦争末期、戦後確認されただけでも26箇所の横穴が東西から挟むように掘削され、山全体がいわば旧日本軍の地下兵器工場として建設が進められていた、「秘めた」歴史を持つ。

そんな歴史に魅かれて、越王山に登る機会を狙っていた。
夏季に一度アクセスしたが、取り付きがまったくわからず。地形図に記載されている北側の道は廃道になっているらしい。
晩秋、再び越王山を訪れることにした。

Imgp0751南麓の長龍寺から望む越王山

Imgp0739山麓の干布集落は静かな静かな農村。ずいぶんとアンティークな半鐘が立つ。

Imgp0740山麓の周囲は一面リンゴ畑。見事に実ったリンゴを眺めながら、入山口を探す。

Imgp0742リンゴ畑の細い農道を歩いて見つけた登山口。草ぼうぼうだが、白い看板(越王山の説明板)で登山口とわかる。

Imgp0749草が生い茂っているのは入り口だけで、登山道そのものは明瞭。徒歩数分で開けた場所、鳥居とお社がある場所に出る。
見渡す限り畑と集落。そんな人臭さが、低山・里山の魅力である。

Imgp0747頂上そのものは眺望に恵まれない、静かな神社。越王神社と古峰神社が併設されている。

Imgp0746頂上お社脇の三角点。登山口から頂上まで徒歩10分ほどだが、せっかくなのでここでコーヒータイム。

Kosimap_2天童市街および「出羽の三森」位置図。越王山の北側に至る道は現在は見当たらない。

 さて、この山の数奇な運命を紹介しよう。
 太平洋戦争末期の昭和19年12月、日本軍は仙台市に疎開しておいた東京陸軍造兵廠が米軍の空襲・艦砲射撃を受ける危険性があるとして、天童市の越王山の地下に工場を建設・再疎開するとして地元役場に協力要請という名の命令を下した。
 地下工事は東西からトンネルを掘削、さらに南北に拡幅して工場を建設するという計画であった。地下工場建設に併せ、天童駅から鉄道引き込み線を敷設するという大規模な計画である。この建設工事は当時の井上組、大林組が担当した。
 工事そのものは、最長100mの坑道を掘削したところで終戦を迎えた。そして日本軍の地下兵器工場は日の目を見ることなく、忘れ去られていったのである。

 この工事に関して重要な記録がある。
 『干布小学校百年史』から引用しよう。
 -------------------------------------------
二〇年三月から奈良沢部落に朝鮮人労務者が数回に亘って入ってきた。五月末には奈良沢部落に労務者が充満した。世帯数にして五〇以上、人員にして約二五〇人位、部落内の小屋を借り、または小山の東に数棟の飯場を建設して生活した。
 (中略)
 戦後この労務者が村に後遺症として、いろいろの問題を村に残した。
 干布地区から労務者世帯が完全に退去したのは昭和四七年春である。

--------------------------------------------
(強調文字は筆者による)

この越王山の兵器工場について調べるため、『天童市史』や地元集落の歴史を詳細に記した『干布村史』をひもといてみた。鉄道線を引き込むほどの大規模な計画にもかかわらず、いずれもこの地下兵器工場についての記載は無く、無視されている。
『干布小学校百年史』に記録のある「後遺症」とは具体的に何を指すのか。郷土史編纂者も触れたくない何かがそこにあるのではないか?
一部の研究者は「強制連行」された朝鮮人労働者の現場として越王山を取り上げているが、「強制連行」されたはずの彼らは何ゆえ昭和47年まで、この地に滞在していたのか?
 干布地区では越王山の事実を語り継ぐべく「歴史を語りつぐ会」が作られたらしいのだが、ここでは朝鮮人労働者たちとは友好的な関係であったことが触れられている。
 少なくとも、「強制連行」「虐待」といった左翼関係研究者の振り撒くイメージとは離れた存在であることが伺えるのである。

 「田舎」である山形県は、「疎開先」として戦争の歴史をくぐりぬけてきた土地であるが、それだからこそ、はるか遠いドイツからUボートで運ばれた設計資料を元にメッサーシュミットのロケット戦闘機「秋水」が製作されるなど、田舎ゆえの「戦史」が影を落とす土地でもある。
 草に覆われ、今現在では掘削された横穴の多くが水没・埋没するなどして確認困難になっているが、我々現代人はこの越王山の歴史を忘れてはならない。

 登山アドバイス
 登山口は南麓にある長龍寺東脇の斜面から。
 駐車場は無い。筆者は休日の干布郵便局の駐車スペースを利用したが注意が必要。
 山そのものは安山岩質凝灰岩で、草が生い茂っている登山口以外は露岩の道を行く。雨天後などは滑りやすくなると予想される。
 登山口から頂上まで徒歩約10分ほど。登山に時間を要しないので、観光のついでに登ってみてはいかがだろうか。

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いまだに月山が「楯状火山」だと思いこんでいる日本山岳ガイド協会

今秋、日本山岳ガイド協会が出版した『ガイドマニュアル自然ガイド編』を取り寄せてみた。

Manu関係者各位のご苦労には頭が下がる想いではありますが・・・・地質の項目において、『裾野が広く平たい楯状火山(アスピーテ)は月山にみられる。』

はあ・・・
日本山岳ガイド協会よおまえもかって感じですな。
ネットで検索すると月山=楯状火山という記事がワンサカでてきて、ウィキペディアにもそう記述されていますが、学会では月山は成層火山であり、山体崩壊により現在のたおやかな山容になったというのが通説なのですが、いまだに楯状火山と誤解している方が多いようです。
まして『自然ガイド』のテキストにこんな表記でいいんですかい、日本山岳ガイド協会のえらい人?
(ちなみに、文科省登山研修所テキスト「高みへのステップ」では月山=成層火山として取り上げられている)
ま、月山なんて日本の一地方の山にすぎないけどさ、地質という山の根元的な科学分野で誤った知識が誤ったまま広まっていることが、地質調査に携わる人間としては許せないのでありますよ。

はさておき、自然ガイドのテキストとして読んだ場合、今回出版されたテキストは広く浅くといった感じで、参考文献の項目も「ほんとに著者らはこれだけしか推奨しないの?」という感じの僅かな文献紹介。
北海道アウトドア協会出版の『北海道アウトドアガイドテキスト』基礎編、自然ガイド編に及ばないというのが正直な感想です。
ただし、ガイディングに関する項目はさすがにJMGAの出版物といったところで、私もいろいろ反省させられる記述が参考になります。(少しはお世辞も書いておこう。)

今回出版された第一版は無雪期および積雪期ルートガイディングのページは準備中ということで白紙になっており、いわば未完成のまま発売されたものです。早期の完成版頒布を期待いたします。
あ、月山の項目も訂正してもらいたいものですな。
(当テキストは現在日本山岳ガイド協会会員にのみ販売となっております)

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【映画】バンフマウンテンフィルムフェスティバル インジャパン仙台

念願の「バンフマウンテンフィルムフェス 仙台」を見に行く。
相変わらず「当日券」が「当日に」売り切れというインチキ商売をしている日本バカゴニアが主催であるが、そこは韓信の股くぐりの心境で会場入り。

バンフマウンテンフィルムフェスティバル インジャパン

上映作品と各々の感想は次の通り。

プログラムA

ain't Got No Friends on powder Day.
 健常者と障害者のペアによるバックカントリースキーを描く。
 【感想】
 パンフには『「不慮」のスタイル』などと遠回しな表現が用いられているが、チェアスキーはもはや確立されたスポーツではないのか?(少なくとも私はそう思っているが。)
 チェアスキーが「障害者むけレクレーション」という概念を遙かに越えた、素晴らしい映像。

Ice Mines
 アイスクライミングの第一人者ウィル・ガッドによる地下廃坑におけるアイスクライミングの開拓の模様を描く。
 【感想】
 クライミングエリアの開拓に際して、多くの人脈を頼りに活動している姿が印象に残る。やっぱクライミングの幅を拡げるためには人との繋がりが大切なんですねえ。

Trial & Error
 伐採予定の森でマウンテンバイカー、ライアン・リーチの驚異的なライディングを描く。
 【感想】
 私がマウンテンバイクのマニュアルとして最初に入手した本の著者、ウィリアム・ニーリーの世界を思い起こした。マウンテンバイクでいわゆる「トライアルバイク」に劣らぬ機動力を発揮する姿に、本来のMTBの魅力が描かれている。そして「伐採」という問題がこの短編映画にパンチを効かせている。

Commited to Grid
 イギリスのトラッドクライミングを2人のクライマーを通じて描く。
 【感想】
 プログラムAB通じて、最も印象に残った作品。「最高!」とか「イエー!」とか喚くことに終始する西洋人を描いた映画が多い中、ストイックなまでに精神的に自己を追い込み、完登する姿は、おそらく全プログラムを通じて日本人の精神性に訴えるものがあるのではないか?

Serching for the Coast Wolves
 元トップアスリート、グドルン・プフリューガーによるオオカミの探索と接触を描く。
 【感想】
 長距離ランナーにして生物学者。幅広い人脈。この映画を視ていて、このお方がどうしてもちらつきました。

プログラムB

Respect
 自然への畏敬の念を、バックカントリースキーヤーを通じて描く。
 【感想】
 雪崩シーンの連続。西洋人の「畏敬の念」とは、我々日本人とはちと違うようだ。

higher Ground : Mountain Photographer.
 クライミング専門フォトグラファーの内面を描く。
 【感想】
 前々からクライミングを記録するカメラマン各氏は尊敬申し上げるのですが、写真ではなく自身の言葉で語られるクライミング、それもまた興味深い。

In-Flux
 西欧・北欧・インド洋の孤島でカヤッカー達が遊びまくる。
 【感想】
 カヤッカーが楽しんでいる姿はよく描かれているが、それだけの内容。

It's Fantastic
 新スポーツ「スピードフライング」を描く。
 【感想】
 スピードフライングとはパラグライダーのスピードの出るタイプで、主にスキー滑降時に飛行する。劇中ではスペイン・カナリア諸島でスキー無しでの滑空が描かれる。その行為の紹介だけで、前作の「In-Flux」同様、深い思索は何もない。

King Lines
 クライマー、クリス・シャルマのライフスタイルと軌跡を描く。
 【感想】
 まずパンフの「地球市民としての彼の非常に興味深いライフスタイルを探索する」って何だ?このパンフ作った奴、ホントにこの映画観てんのか? ああ、環境テロリスト支援する左翼偏向カルト企業日本バカゴニアっぽい表現ですね(笑)
 はさておき、50分という長さを感じさせない作品。クリス・シャルマの人となりがよく表されている。
 会場もクライマーが多いせいか、クリス・シャルマのクライミングに「おおっ」とか「ああっ」とか声が漏れ聞こえていました。
 シャルマが古い友人とザイオンのムーンライト・バットレスを登る場面で、シャルマは物事の準備が苦手なのでクライミングの準備もパートナー任せ。パートナー曰く「俺はガイドじゃないんだぜ」。
 こんなところに山岳ガイドが引き合いに出されるなんて、アメリカでもガイドクライミングが定着しているのかなあ、なんて感じながら観てました。

 いやいや、10本も連続して映画を観るとお腹いっぱいです。
 日本では登山・探検・冒険は写真という媒体でよく記録はされていますが、映像という点ではどうでしょう。今回初めてバンフマウンテンフェスを拝見して、これだけの作品が製作されるプロダクション(または個人)の存在の多さに驚いた次第でした。

 参考情報 ブログ「雪山大好きっ娘。」 [映画]BANFF MOUNTAIN FILM FESTIVAL in JAPAN

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ひょう(スベリヒユ)

所用で実家に立ち寄る。
ついでに昼飯、ひょうの煮付けを喰わせてもらう。

Pa0_0268雑草として知られるスベリヒユ、山形では「ひょう」と呼ばれます。
山野草などというものでもなく、都会にもありふれた雑草なので草むしりの際に見かけた記憶の有る方も多いでしょう。
一旦干してから醤油で甘辛く煮付けます。
もともと肉厚な葉と茎に味付けが浸みて、御飯のよいオカズになるのです。
「山形ではこんな雑草を常食にしている!」とどっかのTV番組で取り上げられたらしいですが、うまいものはうまいのだ。

 この草が山形で食べられるようになった由来は不明ですが、近代史において幾度か飢饉に襲われている山形、そのあたりからあらゆる野草が食用として試みられたのではないか、と考えています。

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映画『NordWand』日本公開&映画チケットプレゼント

Nordwand

以前当ブログで紹介した、1938年のアイガー北壁登攀を描いた映画『NordWand』が10/31~11/3、東京の新宿バルト9で開催されるドイツ映画祭で公開されることになりました。

さて、日頃より当ブログをご覧の皆様、たまたま訪れて下さった皆様、深く感謝申し上げます。
年末年始に毎回書いておりますが、書く内容にバイアスを受けたくないためアクセス数は普段全く意識してないのですが、今回確認してみたら24万アクセスになってました。
遠く離れた所にお住まいの山の先輩に酒席で話すつもりで書き綴っているブログですが、多くの方々にご覧戴き、時にはコメントをいただき、ありがとうございます。
インスボンのトポをプレゼントした10万アクセスに続き、20万アクセス突破ということで

映画『NordWand』のチケットを先着・計2名様にプレゼントいたします。

Pa0_0264いや、もともと私がどうしても視てみたくて購入したのですが、諸般の事情で上京を断念したものでして・・・チケットぴあの規定に基づき転売禁止のため、当ブログアクセス20万突破記念にお譲りいたします。郵送切手代は当方負担!
お譲りするチケットは次の通りです。

映画『NordWand』
ドイツ映画祭ウェブサイト
 ストーリー概要はこちら↓(ほぼネタバレなのでご注意)
 「北壁」― ロカルノ国際映画祭 - 
-----------------------------------------
チケットその1
 期日 10月31日(金)
 会場 新宿バルト9 シアター6
 開場 10:50AM 上映開始 11:00AM
指定席(A列 24番)
-----------------------------------------
チケットその2
 期日 11月2日(日)
 会場 新宿バルト9 シアター6
 開場 7:05PM 上映開始 7:15PM
指定席(A列 24番)
-----------------------------------------

なお申込条件として、『山をやっている人』限定です。(ここでいう山とは高尾山でも冬季黒部横断でも何でも可・とにかく登山経験者に見ていただきたいのです。若いアルパインクライマー歓迎。)
チケットはお一人一枚までに限定させていただきます。
チケットをご希望の方は cys01362@nifty.ne.jp までメールを下さい。
先着順・ 早 い 者 勝 ち で チケットをお譲りいたします。上映期日のご指定はお間違えのないように。
それでは、ご応募お待ちいたしております。

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月山、快晴。

一昨日に続き、月山。
姥沢口から牛首(標高1700m地点)まで、関西のA旅行社様のクライアント15名を引率。

A旅行社のツアーは、他のツアーと少々システムが異なる。
月山朝日ガイド協会の担当者が前日の夜、宿に赴いて月山のDVDを放映し、明日の行程をレクチャー。
翌日は我々ガイドがそのクライアントを引率する、という事前説明付きのガイドである。
このA旅行社のクライアントは、どちらかというと観光客風で、バリバリの重登山靴を履いた方もいれば普通の革靴履いた方もいるという、なんとも・・・の傾向がある。
 過去にも何度かガイドを請け負った事はあるのだが、最近は足に自信のない方にはむしろ積極的に途中から下山していただき(もちろんガイドフォロー付)、リフト駅で待機していただく形式で引率している。

 本日、朝は5度前後まで冷え込んだものの、大きく張り出した高気圧のおかげで日本海側の山、月山にしては珍しい快晴。
 今回同行するフルタイム山岳ガイド、鈴木君とも今日の行程について話し合う。
 当初の事前説明では、姥ヶ岳経由牛首を目指す班(脚に自信のある人向け)と下の木道を散策する班(脚に自信の無い人向け)に二分することになっていたが、この抜群の快晴を考慮し、あえて班分けせず、お客様には一旦全員姥ヶ岳を目指してもらうことを提案する。
 この快晴による稜線の絶景を皆に楽しんでいただきたい、という想いからだ。
 旅行社請負のトレッキングガイドというと「只の道案内」とけなす、何か勘違いしているエラい登攀ガイドがいらっしゃいますが、我々トレッキングガイドだって人の言いなりじゃないんですけど?クライアントに喜んでいただくために、それなりに頭使ってます。

 本当に登れるか?
 クライアントの不安を和らげるため、いつもよりさらに速度を落とし、かなりのスローペースで姥ヶ岳に登る。
 月山の姥沢コースはこれから歩く登山道が一望できるため、休憩ポイントではマメにこれから歩くコースを指し示し、解説してから歩く。
 姥ヶ岳で引き返すお客様を鈴木ガイドが引率、残る全員を私が率いて牛首を目指す。
 雲海に鳥海山が頭を見せる。
 この光景は稜線に上がらなければ見ることが出来ない。快適な稜線歩行が続く。
 引き返し地点である牛首に到着する頃には、お客様たちも「ここから頂上すぐなんじゃないの?」とだいぶノッてきた。雨天や視界の効かない日と違い、雰囲気が良い。
 ローカットシューズのお客様には、脚の疲れ具合について必ず声掛けする。帰路は一時間ほどの行程なので、休憩を入れずともすむのだが、足の負担を考慮して途中小休止を入れ、のんびりペースでリフト上駅へ戻る。
 結果、お客様たちにも満足いただく。
 いつもなら、ガイドが良かったのではなく天気に恵まれた・・・と自信なさげに書くところだが、本日は好天を「巧く利用できた」ところが大きい。お客様の不安を和らげ、もちろん安全確保が大前提だが、「引っ張る」こともガイドの役目、と思う。

 無雪期の団体ツアーも、今日明日で今シーズンは最後。
 下山後、快晴下の姥ヶ岳を望みながら、今シーズンの無事故引率を山の神に感謝。
 26日のリフト閉鎖後は、静かな月山に戻ります。
 団体様ご一行引率の任務が途切れる10月以降は、「静かな山」をテーマに自分の山歩きに専念する予定。

Pa0_0262
月山からの帰路、R112沿いに満開の食用菊「もってのほか」。
(背景に大きく月山がそびえているのですが、携帯カメラでは写りません・・・)
山形県人はお洒落なので、食卓を菊の花が彩るのですよ。

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秋深し。

Spas_101109雨風びーぶーな月山へ。

ウエツキブナハムシの大量発生でブナの葉が落ちまくったため、地元ローカル紙の山形新聞が「紅葉への影響が心配」などとネガティブ報道してましたが、ナナカマド、カエデ類の紅葉は見事です。山上は地を這うチングルマの葉が、地面を深紅に染めています。
 例年、多くの問い合わせが寄せられるのですが、紅葉が「綺麗」かどうかは、あくまでも人間の主観の問題で、植物自身にとっては綺麗かどうかは、
 「あっしには関わりねえことでござんす」by木枯らし紋次郎
な、わけでござんす。
 いえ、問い合わせいただくことは大変有り難いことなのですが、紅葉の状況がいかほどでも、美しい光景を「見出すこと」も、山に出かける楽しみの一つではないでしょうか。

Pa0_0260
などと能書き垂れながら、筆者は深紅の紅葉よりも、カエデのふんわりとした橙色が好みです。

雨風に曝されながら木道を歩いていると、寿命を迎えたらしいバッタの死骸が幾つも横たわっていました。
山の上は晩秋というよりも、「冬の気配」がひしひしと感じられる今日の月山です。

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月山・姥沢口のリフト営業は10/26まで

更新休止といいつつ、先日の初冠雪の影響からか『月山』『姥沢』のキーワードで訪問される方が多いので現地情報。
今年の姥沢口のリフト営業は10/26(日)までの予定です。
既にご存じのように今季の月山は降積雪がありますので、登山される方は十分ご注意下さい。
最新の現地情報は月山朝日ガイド協会にお問い合わせ下さい。

八合目まで車でアプローチできるため県外の方に人気の高い月山の庄内側、八合目駐車場に至る月山高原ライン(県道月山公園線)は10/20(月)頃から冬季閉鎖の予定です。
最新の情報は磐梯朝日国立公園月山ビジターセンター又は鶴岡市役所羽黒庁舎産業課 観光商工室にてご確認ください。

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月山、鳥海山で積雪

本日9月27日、月山と鳥海山で降積雪が観測されました。
(報道では岩手山でも。その他東北の山域でも同様でしょう)
10月の秋山を計画されている皆様、寒さ対策はしっかりとして登山をお楽しみ下さい。

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趣味でガイドをやるな

イギリスのThe Independent紙の就職・キャリアプランニング欄に山岳ガイドに関する面白い記事が掲載されてました。

Scaling the heights: Being a climbing instructor offers plenty of career highs by The Independent9/18

記事の内容は、James Thacker、Tim Mosedaleの二人の山岳ガイドを例にして、いかにガイドになったか、どのように生活しているかを取り上げています。Tim Mosedaleはヒマラヤ公募隊も企画しているので、名前だけは知ってました。
 以下引用開始
------------------------------------------------------
 軍を除隊した後、Mosedaleは野外活動への情熱を生かすために、地元の野外活動センターで働きました。
「私は、£2,000から始まり年間£25,000稼ぐまでになりました。」
(中略)
エベレストのサミッターであるMosedaleは、B&B(訳者注・ペンション風の宿)を経営し、定期的に遠征隊を組織します。
「働き始めたときには、私は8つの仕事を持ってました。レストランで働き、トイレ掃除もしました。徐々にクライアントがつくまで、私は何でもやりました」
「クライミングインストラクターとして生計を立てることは非常に困難です。年収は£5,000から£15,000の間と、それはタフでなければなりません。しかし、オフシーズンにリビアやオマーンのような場所で仕事を見つけることは可能です。油田調査の地質学者と働いているとたっぷり稼げますしね。」
------------------------------------------------------
以上記事引用おわり

イギリスのクライミングガイドも喰っていくのは大変ですね。
イギリスの平均年収は日本円で400万らしいのですが、£15,000でようやく年収300万円ですからね。
この記事でもっとも印象深いのは、Mosedaleが語り、記事も最後に強調している次の言葉です。

"Be professional and offer value for money. Don't treat it as a hobby," Tim Mosedale
「プロとして金額に見合う価値を提供してください。趣味でやらないでください。」

 今更ここで山岳ガイドという職業の意味を語るつもりはありませんが、ガイディングの経験を積めば積むほど「好きなだけではやれない」と感じる。
 この記事を読み、日本の田舎のトレッキングガイドとしては色々思うところはあるけど、今日は書かない。
 ただ、イギリスのガイドも頑張ってんだね、という感慨に浸った次第。

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マウンテンハードウェア スクランブラー

いつのまにか廃盤になってしまいました、マウンテンハードウェア社のザック、スクランブラー。
中国人が紹介記事を書いていましたので、私も負けじと紹介しておきましょう。

Mountain hardwear 一款多功能軽量小包簡紹評 by 中国戸外資料網9/22

Sc2_2スクランブラー、重量450gの超軽量な折り畳み式ザックで容量は26リットル。材質は100デニールの超薄型リップストップナイロン製。

Sc1特徴はその軽量さもさることながら、ショルダーベルトはメッシュの幅広テープという大胆かつ斬新なデザイン。

Sc3本来はウレタン製背面パッドがはいっているのですが、パッドを取り外せば、雨蓋に全体が収容できるようになっています。

私がこのザックを選んだのは、海外山行で、現地で使うザックが嵩張ることに端を発する。
私物や着替えを100リットル級の大型ザックに入れ、もうひとつ、現地での行動用にザックが欲しいわけだが、これが普通のアタックザックでは嵩張るわけだ。
そこで軽量なザックを探したわけだが・・・雨蓋に全体が収納できるタイプはたいてい容量20リットル未満のデイパックばかり。
海外でのクライミングなど、丸一日行動できる装備を入れるにはちと小さい。
そこで山用具でお世話になっている天童市のマウンテンゴリラで入手したのが、マウンテンハードウェアのスクランブラー。
背面パッドを入れたままでも、全体が薄いリップストップナイロン製なので大型ザックに入れても嵩張らない。26リットルなので、韓国の山を巡るには十分な容量であった。

ただデメリットもある。
ウエストベルトが無いため、クライミングなど動きが激しいときには大きく背中からザックが振れてしまう。
またリップストップナイロンの生地が薄いため、花崗岩でズリズリすると、穴が開いてしまいます。
私の場合、山行だけでなく普段のお仕事(出張時、宿から現場に行く際に着替え等を入れる)に使う機会も多いです。
まさに『サブ』ザックとしては近年の名作だと思います。
残念ながら、現在はマウンテンハードウェアを扱うコロンビアスポーツのカタログからも姿を消していますが・・・
サブザックを求めている方で、山の店の店頭で見つけたらぜひオススメします。

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福島の山行前には、コンビニへどうぞ。

今日は会社のおしごとで福島に一人で出張。るんるんるん(はぁと)

昼、弁当では少し食い足りないのでコンビニに寄る。
コンビニの書棚になんとっ!

Pa0_0255私が登山ガイドブック執筆者として尊敬する、福島の奥田博氏のガイドブック『ふくしまの高い山50―ハイキングガイド』が週刊誌とともに陳列されているではないか!
恐るべし福島のコンビニ!

しかしコンビニで山のガイドブック買う人ってどんな人でしょうね。
福島の山に遊びに来る皆さん、会津の山とか結構手強いですから、下調べはしっかりね。

ちなみに、以前当ブログでは山用品を売っているコンビニも取り上げています。
山行前のコンビニエンスストアも、なかなか興味深いものですな。

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鉈目(なため)

肘折温泉から月山に入る。
ただし諸般の事情により、念仏ヶ原を往復のみ。

Pa0_0253あまり見ることのない、村山葉山から昇る御来光を望む。

静かに、のんびりと。
肘折温泉から登る登山道は肘折カルデラの末端から登るため、幾つもの尾根と小ピークを越える。山旅と呼ぶにふさわしい。

のんびり歩いていると、コースタイムを気にして歩いている時には気が付かないものに目が届く。
Pa0_0252落ちたばかりのトチの実。

雨上がり、胞子で息がつまるのではと思うくらいに無数のキノコが生えている。しかも毒々しいやつが。
私がわかるキノコといえば、
Pa0_0251ホウキタケ
 食用のはずなのだが、登山道のど真ん中に残っているところを見ると、肘折集落の人々も喰わないのか?

長い道のり、苔むした『湯殿山』なんて石碑もある。
「古(いにしえ)の人々は、こんな道を踏みしめて月山をめざしていたんだねえ」(立松和平調)
と、ブナ林の趣を味わいながら登っていると・・・

Pa0_0248
『ハートに矢』(笑)の鉈目ですか。
大蔵村の村人も、こりゃまた粋ですなあ。

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山岳ガイドのワンポイント・アドバイス
 国土地理院の2万5千図において、月山に至る肘折温泉からの登山道は誤って表記されています。
 登山口からすぐに大森山からの小ピークを直登するように描かれていますが、実際には峰々の山腹を巻いていくように登山道がついています。
 この巻き道は幅が細く、下の沢まで切り立っています。月山から下山する際は疲労が蓄積している頃ですので、足下には十分御注意を。
 登山道は刈り払いはされていますが、小岳周辺から始まる木道は朽ち果て、残っている木道も苔で滑りやすくなっています。雨天時注意。

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フランスの山岳ガイドに業務上過失致死の判決

顧客を死なせたフランスの山岳ガイドに、業務上過失致死(執行猶予付き)の判決です。

法国登山向導因失職獲刑 by ハルピン日報9/20

Quatre mois de prison avec sursis pour un guide impliqué dans un accident mortel de montagne by Nouvelobs.com9/18

フランスおよび中国メディアから得た情報によれば、フランスの山岳ガイドYves Olbrechtは2004年9月16日、モンブランにおいて顧客5名のうち3名を先に下山させ、この先行下山した3名のうち1名が滑落、巻き込まれた2名が死亡、1名重傷という結果を招いたもの。
この事故に対し、法廷でガイド本人も自分の過失を認め、サボィアの刑事裁判所は懲役4ヶ月、執行猶予2年の判決を下した。

 日本でガイドの事故が起こる度にネット上で、欧米とくにヨーロッパのガイドを 神 格 化 し て 扱 う 方 がいらっしゃいますが、彼の地フランスでもこういう事例があるということで。
 どっかの遭難専門ブログとか性格悪そうな雪氷関係者のブログでこのネタ取り上げないんですかね?

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夏と秋の間に

家族サービスから解放され、休日を朝日連峰の某峰で過ごす。

Pa0_0242吊り橋って、ワクワクするのはなぜだろう。

Pa0_0241ブナの小径を行く。体はのんびり歩いているのだが、頭の中はのんびりできない。家庭と、仕事と、資格試験と、もろもろの事が頭にうずまく。

歳ですかね。

Pa0_0239ガス湧く頂上稜線。展望は無いものの、おかげで涼しい登山である。

Pa0_0236稜線は草紅葉の一歩手前といったところ。草はまだ黄色くはないのだが、木々の葉はもう秋色。

Pa0_0240樹林帯で癒してくれる、ホツツジの花。可憐ですが、蜜は有毒です。
女性クライマーみたいですね。ははははははは(棒読み)

Pa0_0235下山して車に戻ると、まだミンミンゼミが鳴いている。木漏れ日の日差しも、夏の名残か。

追記
 帰りの長い車中、退屈しのぎにNHKFMの丸一日かけた「ミュージカル特集」を聴く。
 山の帰りに聴く『サウンド・オブ・ミュージック』の『エーデルワイス』(注・Youtube クリックすると音が鳴ります)はいいですねえ。

 で、しばらくするとインド映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』がかかる。(注・Youtube クリックすると音が鳴ります)
 うあ゛っ、長いドライブでヒンズー音楽がかかると、コスモトレックが手配したコダリ~カトマンズのマイクロバスを思い出す。暑苦しい・・・音の記憶とは恐ろしい・・・

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海を渡った『日本百名山』

以前に当ブログで、大韓山岳連盟ウェブサイトに掲載された「百名山ツアー」の広告を取り上げましたが(お隣の国まで波及している「深田百名山」)、この度ついに韓国でも日本百名山の書籍が出版されたようです。

「日本百名山」発行したユン・バクヒョン百山会会長 by 月刊山8/8
以下記事引用開始
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2008080801039_0「日本の山は雄大さ・壮厳さと自然美が圧巻です」
韓国人によって「日本百名山」が発刊された。
「日本百名山」は日本の深田久弥氏が選定して1964年、山登り案内書として発刊されて以来、日本の登山者から人気をあつめたロングセラーで、今もなお日本の山のガイドブックのモデルとして認識されている。

今回の「日本百名山」の著者は百山会ユン・バクヒョン(77)会長。 91年以後、 2006年に至るまで 16年間にわたり取材を重ねて発行したのだ。案内は北海道、東北、北アルプス、中央アルプス、八ヶ岳、南アルプス、九州など10地域に分けられ日本100名山を紹介している。名山に対する基準は深田久弥氏が規定したとおり、山の品格、 山の歴史、そして個性ある山、付加条件として山の高さを1,500m以上として決まったのだ。
「100名山山行を終わらせる頃まで日本の山(に関する出版)の具体的な計画はありませんでしたが、半世紀の間、山を友として暮して来た境遇で、国内にはない山行記を一冊発行する事も意義のある事ではないかと思って、この拙著を世の中に出してみました。」

俗離山麓で生まれたユン会長はもう 6歳の時には俗離山・天王峯を登った生まれつきの登山者だ。彼が山に本格的に通ったことは、1955年慶煕大法科大学を卒業して社会人生活を始めてからだったし、1967年には山にまともに通って見ようという考えから、山岳同好会である百山会を作った。歳月が経つほどむしろ 山への情熱を燃やした彼は 91年、還暦を記念して 20余日間の日本遠征に赴く。
「初めて踏んだ日本の山は大雪山(2,290m)、利尻岳(1,721m) など北海道の山山でした。高さ 2,000m 内外の山山が本当に美しかったです。特に都市化された我が国の山山と違い、安全施設物をなるべく設置せず自然が生きていました。北アルプスを含めて我が国の山より高さと規模が大きいというのも魅力的です。谷と森は本当に韓国の山に通っている方々には想像もできないほどです。」
日本の山に魅かれて日本の山を尋ねて来たユン・バクヒョン会長は、長年勤めて来た法律事務所を 74歳で退職し、2005年以後は回数を増やし期間も長く取って日本の山を訪れた。
「何より一人で行く時は大変だったです。霧の中で迷ったことも一二回ではなかったんです。それでも日本は適当な間隔で山荘が立っていて, 食事もそこで解決することができて、とても役に立ちました。もちろん山荘がない区間では野営をしなければならなかったけれども。」
ユン会長は写真に対しては自信がないと言う。写真撮影技術がはかばかしくない理由もあって、天気が悪くて写真撮影が難しいことも多かった。撮影できなかった山については、日本の山に通いながら交友を結んだ登山者たちや出版社関係者を通じて解決しなければならなかった。しかし概念図だけは彼の手で直接描いたものだ。
「資料収集が一番難しかった」ユン・バクヒョン会長は「日本は歴史的には憎い国だが、山と自然を愛して保存する姿勢は本当に学ぶに値する」と, 日本の山を探し求める時に注目するよう頼んだ。
「日本の山は韓国の山に比べて危ないです。夏には台風の影響で荒れますし、冬には想像もできない位多くの雪が降ると言います。ヒマラヤの雪山より雪崩が恐ろしい所もありますよ。」
------------------------------------------------
以上引用おわり

前回当ブログで書きましたが、日本百名山は海外の登山者にこそ参考になる本かもしれません。
百名山をこきおろす人も多いですが、自分の価値観さえしっかり持っていれば、なかなか参考になる本です。
ちなみに私の価値観での「名山」とは、深田の唱える個性・歴史・高さとは関係無く「地元の人に愛されている山」です。
時には「ブランド」呼ばわりされる深田百名山ですが、外国人にとっての日本の山へのアプローチとしては、これほど適当な選定はちょっと見あたらないのではないでしょうか。

日本は歴史的には憎い国だが、山と自然を愛して保存する姿勢は本当に学ぶに値する」

忌み嫌われる日本人はお約束といったところですが、韓国人から「山と自然を愛して保存する姿勢」と言われています。信州のどっかの山域みたいに、山は地元の観光業者の所有物ではなく、海外の人々からも注視されていることを意識する必要があるでしょうね。

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日本の名峰

会社のおしごとで夜間作業のため、

Review_dracula 昼 寝 て 夜 起 き る 生 活 。

盆明けからずっとビジネスホテル暮らしでありんすが、一日の数少ない楽しみの一つは、北京五輪で中共の犬に成り果てたNHKBSでやってる『日本の名峰』の再放送。
山岳ガイドが言うのもナンですが、日本には様々な山がありますな。
本日はついにお楽しみ、東北の山々。
フィールドの月山はやはりじっくり見てしまう。
月山の最後の場面、ナレーションが「名峰です」と語る。
日頃は身近な山として考えていた私にとってはちょっと違和感。
いや、はるばる遠方から訪れてくださる登山客の皆様には名峰なのでしょうがね。
ホントに地元の村落の人々が筍取りに入ってたりして日常生活の糧を得ている姿なんか見ると、名峰というよりは生活の山というイメージの方が強いのでした。

今滞在しているところは連日の雨で8月とは思えない涼しさ。
月山もじきに秋の山へと変貌します。

Pa0_0202
ホテルロビーにて、滞在先の名産である絵蝋燭。画像の蝋燭は水に浮かべて灯す球形型のものです。

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朝日連峰 静寂の鳥原小屋へ

昨年に引き続き(静寂の朝日連峰 -ぶな峠から鳥原山をめざす-)、朝日連峰の鳥原小屋を訪問。管理人の鈴木正典氏への差し入れを背負い、今年は古寺鉱泉から鳥原小屋を目指す。
地図やガイドブックをご覧いただければわかるが、古寺鉱泉と鳥原小屋を結ぶ登山道は、大朝日岳を目指すには関係ない位置にあるため、登山者は少ない。そのため藪漕ぎも覚悟していたが、訪れてみるときちんと刈払いされている登山道であった。
折しも低圧前線に湿った大気が吹き込み、大気の状態は不安定。
山形から寒河江に向かう途中、朝日連峰を覆う雨雲がピカピカと雷で光っていた。
登山口の古寺鉱泉に6:30に到着するが、雷による天候待ちのため8:00出発。
そこは性格もダークで嫌われ者の私、雷神様からも避けられたらしい、登っているうちに雷も収まる。

メリハリの無い上り下りを繰り返し、古寺から二時間ほどで鳥原小屋到着。
鈴木正典氏と一年ぶりの再会。
積もる話・・・お互いの近況、そして登山界の展望。高所登山の自慢話ができる者は山形にも幾人もいるが、今後の展望を語れる人物となると限られてくる。鈴木氏はその数少ない一人だ。
インドヒマラヤに造詣の深い氏らしく、今年日本からカメット峰を目指した登山隊の動向と結果を気にされていた。
今年の盆休みは私もタイトな日程で、本日は夕方からカミさんの実家に行く予定のため、「昼飯喰ってったら~?」という鈴木氏のお誘いを泣く泣くお断りし、下山。

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雨の朝日連峰を歩く。雨に濡れたブナを眺めながら。

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ブナの樹幹から雨水が滴り落ちる。そして山々が潤い、キノコ等の菌類が勢いづく。

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ムーミンの「ニョロニョロ」みたいなキノコがうじゃうじゃ生えてきてました。

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鳥原小屋への最後の登り、さあ気合いをいれて顔を上げると、花の乏しい登山道でノリウツギが突然に励ましてくれる。

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湿原の彼方の小山の上に立つ鳥原小屋。メルヘンチック(誉めすぎですか?)

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鳥原小屋手前、管理人鈴木氏お手製の道しるべ。氏の気遣いがよく現れています。

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下山は雨上がりで湿度100パーセント近いながら、木々を吹き抜ける風は涼風。心地よい風に火照った体を冷やしながら、ブナと雑木の道を下る。・・・が、そこは夏山、古寺鉱泉の発電器の音が聞こえる頃には、全身汗でずぶぬれ。

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先日掲載したヤマナメクジ、大きさはこんなものです。(これでもMサイズ。)

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9月1日に富士山に登る方へ。

9月1日に富士登山を予定している皆様へ。
または知人友人が登山を計画しているという皆様へ。
4人組のアメリカ人を見かけたらぜひ応援してあげてください。

あの男たちが帰ってきやした!
しかも今年は「富士登山1日4回登頂」をめざして!

Climb Mount Fuji four times in 24 hours? Sailors raise the stakes to help kids by Stars and Stripes7/24

在日アメリカ海軍の軍人が、チャリティー目的に昨年は「富士登山1日3回登頂」を果たしたもの。
横須賀の養護施設・春光学園支援のため、ジェフ・デ・グロート大尉をはじめとする面々が「富士登山1日3回登頂」に挑みました。上記記事に寄ればチャリティーの結果、8台の自転車、洗濯機とDVDプロジェクターを購入、寄贈したそうな。
今年はDoug Szwarc大尉が計画を引き継ぎ、五合目からの「1日4回登頂」をプランしたもの。標高差ではキリマンジャロのワンデイアタックに匹敵すると記事は報じています。
さらに今年はチャリティー登山のウェブサイトも整備されました↓

Fuji for charity 4-in-24challenge

今年の新メンバーは、登山経験豊富なRob Lovern大尉、横須賀のフィトネスコーディネーターでアイアンマンレース参加予定のトライアスリート、ルーク・ネルソン氏、全海軍陸上選手でマラソンが得意なMichael Raney海曹長という強力メンバー。

1日4回登頂。
単純計算でも24h÷4=6h。
私の現役時代、遠征登山を意識して結構飛ばした際も五合目から山頂まで2時間半かかってるから、一日4回登頂ってかなりハードですなあ。
富士登山の皆様、9月1日に「急いでいるアメリカ人」見かけたらぜひぜひ応援してあげてください。

昨年当ブログで取り上げたFuji challengeの様子↓
7月22日に富士登山を予定されている皆様へ
富士山ワンデイ3回登頂、その後。

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緑化ネット荷揚げin朝日連峰

クライマーと称する性格最悪な連中も「岩場清掃」やら「リボルト」やら、自分達の環境整備には力を尽くしている。
では振り返って我々トレッキングガイドには何ができるのだろう。
そんな疑問から、登山道整備には前々から関心を抱いていた。

最近、環境省と組んで飯豊連峰では「緑化ネット」による登山道整備が盛んになり、この度、朝日連峰でも試験的に緑化ネットによる登山道復元の試験が行われることになった。
しかしながら、私の所属する月山朝日ガイド協会では事実上ノータッチ。
協会の総会でも話題になるのは月山の木道整備だけ、そして行政は予算不足、もっと行政に整備を陳情しましょうという結論でおしまいだった。朝日連峰は話題にもならない。

そりゃおかしいだろ?
月山 朝 日 ガイド協会なんだからさ!
ガイドも現在進行中の登山整備に協力しなきゃ!
とはいえ、飯豊連峰をとりまくウェブサイトで内輪で盛り上がっているあの雰囲気は近寄り難いものがあり、今まで敬遠していたのだが、ここで考えを改めることにする。
今自分に必要なのはシコシコとインターネットばかり眺めている事ではなく、色んな人に出会い色んな事を学ぶこと。
朝日連峰の竜門小屋への緑化ネット荷揚げ公募に申し込む。
山の恵みを享受している山岳ガイドこそ、こういった活動に参加する必要があるのではないか。そんな想いから、登山道整備活動の中心人物である井上邦彦氏の山行に同行、緑化ネットによる登山道整備の実際の一端を学ぶことにした。

参考情報
飯豊朝日連峰の登山者情報
朝日連峰登山道崩壊の現状
登山者情報 第1150号 崩壊地
登山者情報1170号

10日朝、日暮沢小屋にて井上氏と合流。昨日は11名が荷揚げに従事、本日の荷揚げ隊は小国から井上氏、konchangさん、武田ご夫妻、山中さん、私、遅れて西川山岳会の柴田さん。
荷揚げするモノは「緑化ネット」と呼ばれる麻製のネットである。
久々に引っぱり出してきた、私の100リットルザックにすっぽり入る奴を受け取る。
5:20に小屋を発つ。5:45には、腕には玉の汗。視界に何か白いものが走る。鼻とアゴからしたたり落ちる汗の滴だった。
先頭を歩く井上氏と武田ご夫妻の、飯豊の昔話を楽しく拝聴しながら登高。
8月。
盛夏とはいえ、稜線に出ると涼しい風が吹いた。
ああ、山の上は盆を待たずに秋の気配だなあ・・・と、風流な気分に浸っていられるのは短時間で、両側が灌木で遮られた登山道になった途端、また汗が噴き出し現実に戻る。(笑)
ユーフン山の山頂で休憩時、井上氏に緑化ネットによる登山道整備について、その概要をレクチャーしてもらう。
現在試験施工が計画されているのは朝日連峰の三方境と、中岳周辺の荒廃地とのこと。
現在朝日の登山道で用いられている「シュロ」は保水性が無いことが欠点で、麻が最適なのだという。
この登山道整備で最も考えさせられたのが、施工者は行政および土木業者ではなく、登山者自身によって行うとする事。行政発注の工事では決められた設計書が必要となる。それでは融通が効かない、そもそも設計者が山を知らない。山を知る登山者自身で施工を行うという。
それから、歩きながら井上氏から登山道整備にまつわる裏話を聞きながら竜門小屋へ。
管理人の西川山岳会の遠藤さんが待っていてくれた。
遠藤さんの山小屋生活の今の楽しみは、毎日定時に餌場に現れるツキノワグマの観察らしい。
武田ご夫妻は大朝日を目指し別途出発、残った我々は遠藤さん、同じく山小屋管理の安達さんを交え、山小屋生活の裏話に花が咲く。後半、ガイドには耳が痛い話題も幾つか。
下山は山の画像をとりながら帰ろうと、井上氏、konchangさんより先に単独で下山開始。
今日の山行で印象に残った井上氏の言葉、
「山で遊ばせてもらってるから、山に恩返ししたいよね。」
再び全身汗でずぶぬれになりながら日暮沢小屋に戻った。
山の神様、広い人脈とマネジメント能力に長けた井上氏と違い、私ができるのはほんの少し緑化ネットを荷揚げすることだけです。ごめんなさい。と想いながら。

Imgp0537
日暮沢小屋から稜線に登り振り返ると、おなじみののっぺりとした姿とは一味違う、三角形の月山の姿。

Imgp0544
竜門小屋に到着、緑化ネットとその抜け殻。

Imgp0552
終わりかけのマツムシソウ、消える寸前に輝く蝋燭のように、道端を青く彩っている。

Imgp0556
清太岩山手前のピークにて。大型のウサギが胸元をくりぬかれ内蔵を撒き散らして死んでいた。人の見知らぬ所で、厳しい世界があるんですね。

Imgp0558
暑いのでヤマナメクジも日陰で避暑です。

Imgp0561
タムシバの若い実、何回見ても子供向け駄菓子に見える。

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山形の朝と夕べ

あ、k2遭難情報を求めてこられた方、残念でした。
いいかげん暗い情報の検索に飽きました。

Pa0_0196_2
妻に言われて初めて玄関の朝顔が満開であることに気が付く。
夏ですね、でも暦は立秋。

Pa0_0194会社からまっすぐスポーツジムへ。
時はまさに日没の瞬間。
屋上から、夕暮れの朝日連峰の大パノラマのシルエット。
山形盆地からは、空気が澄んでいれば朝日連峰が見渡せます。

以前、当ブログに山形移住に関してご質問を戴いた事がありました。
住んでいてよかったと思う時って、モノや交通などの「利便性」よりも、こんな風景の一瞬に心奪われる時に「住んでいて良かった」と思うものです。
それは山形に限らず、日本全国、そこにお住まいの方が何からの形で感じている事でしょう。
昔の人はそれを「住めば都」と形容したようですが。
「世界遺産」などという型枠にはめずとも、よく周りを見渡せば、誰もが郷土を愛するに足る風景を見つけることができるのではないでしょうか。

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月山で一番熱い夏。【おまけ】

月山登山を終え、キャンプ場に戻ってきた。
大人達は一息入れていたところ・・・

Pa0_0188
登山で飲み終えたペットボトルを使い、「缶蹴り鬼」を始めた男の子たち。
子供のスタミナは無限だ・・・・

その5分後の光景↓
Pa0_0186
大鍋で調理中のあづまやを走り抜けたため、先生に大目玉を喰らっている男の子たち。
これも「ひと夏の経験」ですな~
怒られてる子供達を眺めながら、私は冷たい麦茶飲んでました。
頭の中はジッタリンジンの「夏祭り」が響いてます。ははははは~

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月山で一番熱い夏。【後編】

今日は山形県朝日少年自然の家チャレンジキャンプ2008『ぶっちぎり!!夏・味・感』の登山プログラムの日。
子供達の様子を把握したいので、キャンプ場に前夜入り、朝食を取りながら子供達の様子、そして足周り(靴)を観察。

Pa0_0193←今年のキャンプ村
今回ガイドとしてペアを組むのは、地元西川町の佐藤武敏氏。
姥沢の登山口で、出発式。
「登山をする際の注意をお聞きしましょう」と先生の司会で、私が月山登山の注意点を子供達に話す。
あれあれ、子供達にわかりやすいように要点だけと思ったのに、ついつい長くなっちまったい。
要点は、
 ・リフトに乗るよ!物や帽子を落とさないでね!
 ・歩く道は土の上じゃなくて、木道という木の板の道や、石畳や岩が積み重なった道を歩くよ!決して走らないでね!ゆっくり歩く子がいても急かしちゃダメよ!
 ・トイレはリフト駅と、頂上にしかありません。でも、身体を動かすとおしっこやうんちしたくなるのは自然なことで恥ずかしいことじゃありません。我慢できなくなったら近くのスタッフに声をかけてね!(注・スタッフはポンチョ型ツェルト、トイレセットを装備している)
 ・キャンプの目標は「自分の限界に挑戦する」。だけど、気分が悪くなったら我慢しないで近くのスタッフに声をかけてね!
 以上の点を話す。(7年も自然の家の活動に関わっていると、口調が先生方の話し方に影響を受けてくる)

 今回の登山計画で特に注意したのは子供達26人中、小学4年生が18人もいること。私にとっても未知数の経験である。
 リフト上駅から早速、姥ヶ岳を目指す。
 後ろから、小学4年生らしい女の子の幼い声が聞こえる。
 「どうして月山に登るの~?」
 私が口を出す前に、別の男の子が言った。
 「挑戦だよ挑戦。」
 大人が上から口を挟むより、子供達同士で納得してもらえれば幸い。
 まずは姥ヶ岳に立つ。
 ここで女の子が「あっ!壊れた!」と大声を出した。
 驚いて振り向くと、小さな氷塊を手にしていた。姥ヶ岳の消えかけた雪渓から、大事に持ってきていたらしい。
 姥ヶ岳から稜線を辿り、頂上手前の鍛冶月光も登り切り、子供達全員が月山頂上へ。
 ここで昼食。
 午後からの天候悪化を考慮し、先生方に早めに昼食時間切り上げ、下山開始を進言。先生方も、頂上で時間を持て余した子供達を遊ばせていると怪我になりかねないと用心して15分予定より早く下山。

 月山で最もポピュラーな姥沢コース。
 ガイドブックには書かれていないが、姥沢コースの魅力の一つは、あるポイントからは自分が歩いてきたルートが全て見渡せること。下山中、歩くことに夢中になっている子供達に止まってもらい、朝登った姥ヶ岳、そこから続く稜線、そして今はガスに隠れた月山山頂を振り返ってもらう。
 自分たちの歩いてきたコースを振り返り、自分の目で確認することによって、がんばったことを自覚してもらいたかったからだ。
 牛首からの下山路と姥ヶ岳の登高路が合流する地点で小休止。
 もうリフト駅は目前で30分もかからないところ、通常のツアーでは決してこんなところでは休憩を入れないのだが、今回はあえて子供達の足を休ませる。最後のリフト駅までの下りを慎重に行くためである。
 そしてリフトに乗り、姥沢で自然の家の所バスに乗り、みんなで水沢温泉で汗を流した後、再び志津のキャンプ場へ戻る。
 サポーター(ボランティアスタッフ)のロコちゃんの「おかえりなさーい」という声に手を振りながら、ようやく緊張感から解放される。

 今回の登山であらためて考えたこと。
 月山登山のポイントとなる鍛冶月光の登り降り。足の短さは自慢できる私ではあるが、やはり大人と小学生の歩幅の違いを痛感させられる。(しかも今回は痛恨のコースミスもやらかし、少々子供達には歩きにくい岩場を下ることとなった)
 あるトレッキングガイドの方のブログに書いてあった、「華麗に悪場を歩く姿を見せつけるガイドであるよりも、鈍くさく歩くガイドでありたい」という言葉をあらためて噛みしめる。そのココロは、クライアントの立場にたった歩き方をする、ということだ。
 そして今回最も考えたのは、雪渓の通過である。
 ここのところ、関西の雪渓に不慣れなお客様を相手にしていたこともあり、雪渓イコール悪場、という観念で常に子供達に注意を促してばかりいた。
 牛首からの下山途中、雪渓で転んだ子供の楽しそうな笑顔。
 その笑顔を見た瞬間、姥ヶ岳で氷の塊を大切に持ってきた女の子を思い出した。
 今、引率しているのは雪国の子供達。雪の上を歩くのは慣れている。
 ならば、せっかく真夏の雪の上を歩かせているのに、もっと自然に親しみ触れるという視点で子供達を引率できなかったのか。
 私はガイドとして、登山を通じて、子供達に何を見、何を感じて欲しいのか。
 後悔ばかりが残る、今年の引率登山であった。

 キャンプ場に戻った後は、キャンプ協会の石井御大にくっついてボンファイヤーのやり方を学ぶ。
 本当は登山のふりかえりや反省点を各班のリーダーや先生方からお聞きしたかったが、明日以降の活動の準備で慌ただしい空気を読み、ボンファイヤーが終わった時点で先生方に挨拶し、志津キャンプ場を離れた。
 生活苦で最近購入を控えていたスタバのエスプレッソコーヒーをコンビニで買い、帰宅途中の車中で一人打ち上げ(暗い。)
 明日以後の行事がうまくいきますように!
 子供達はもちろん、先生方やスタッフも皆元気で乗り切れますように!

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月山で一番熱い夏。【前編】

6月某日、携帯に電話が入る。
山形県朝日少年自然の家でお世話になっている先生、「彦さん」からだった。
今夏のチャレンジキャンプ(夏キャン)の登山にぜひ参加してほしい旨の内容。
え゛え゛~
Gosimei ご 指 名 で す か っ ! !

ちょうどメンタル的に落ち込んでいた時で、登山プログラムにご指名を戴き、山岳ガイドとしては至福のお知らせである。
さて、ちょうど現場稼働の時期と重なり、休暇の確保が問題。
私の勤務先、教育機関と無縁ではない。
入社した当時の直属の取締役は、山形県自然博物園の地質展示の執筆者であり、かつて某短大で地質学の講師をしていた。博士号を持つ某社員は、某田舎大学からの要請文書が会社に届き、臨時に実習講師を務めていた。
んが、そこはリストラ寸前ヒラ社員の私。
少年自然の家という県の教育機関からの依頼といえ、所属部署の偉い人から「趣味の山は仕事に差し障りないように!」と丑の刻参りのワラ人形なみに釘を刺されているので、目立つことは一切できない。なんとか同僚諸氏の皆様のご協力で、登山プログラム当日の休暇を一日だけどーにかこーにか確保。

 私が毎夏の山形県朝日少年自然の家「夏キャンプ」の登山ガイドにこだわるのは、それが「登山で社会に貢献する」という私の目標を具現できる数少ない機会だからである。
 自然の家の先生方からみれば、行政の経費削減の折、ボランティアスタッフとしてガイド協会の人間を利用できるのは願ってもないことである一方、私にとっては野外教育の on the job trainig の貴重な機会である。ヘンリーの「賢者の贈り物」状態ですな。私は賢者じゃないけど。

今年は月山の姥沢から姥ヶ岳経由の周回ルート。
参加する子供達の人数は26人、うち小学4年生が大半を占める16人。
かつてはザックにスイカを忍ばせたりというパフォーマンスもやったが、今はしない。子供達のリスク管理が自分に課せられた使命だと考えているからだ。
コースと人数、年齢を考慮して装備を決め、あらゆる可能性を模索しているうちに、明日が登山日。
前夜、いつもどおり仕事を終え、夜の高速を飛ばして月山山麓の志津キャンプ場に到着。
まずは先生方のいる本部テントに挨拶に向かう・・・・が。

 先生方の表情は皆一様にお疲れのご様子。
 聞けば本日はちょっとしたアクシデントがあり、対応に追われていたらしい。
 明日の登山は絶対に事故は許されない状況。
 夜のミーティングでまず子供達の様子、特徴(落ち着きのない子供、個性の強い子など)を把握。
 挨拶とミーティングを終え、今夜の宿となる自分の車に戻り、それからしばらく夏キャンプの計画書と名簿をにらめっこ。
 少年自然の家の行事は緊急連絡体制にしても独自に確立されている。また、日程は細かく決められているため、自分はいつどこでどう動けばよいか、日程の中でどんな事が予想されるか、再度頭の中で一日の流れを整理し、再構築する必要がある。

 NHKニュースの半井小絵おねえさんは「明日は強い寒気が入り込むため、北日本でも雷が多く発生するでしょう」と断言しやがっていた。
 星空を見上げる。
 志津から見る星空は満天の星。天の川まで、うっすらと確認できるほど。
 視界の片隅に流星が流れた。
 とっさに「明日の子供達が無事・・・」と願い事を唱える。
 唱え終わる前に、流星は燃え尽きて消えた。

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山形県警、ウェブ上での登山届け受理開始

本日23日より、山形県警ウェブサイト上から登山届け受理が開始されました。

インターネットによる登山届の受付開始 ~登山届は、あなたの命綱~ 山形県警察署

・・・という情報は先に飯豊朝日連峰の登山者情報に流れていましたが、運用開始された23日現在、山形県の『やまがたe申請』はちと取り扱いが面倒なようです。(アドビリーダーでPDFファイルとして申請)
 行政にはもっと簡単な方法、本音をいえば全国の県警で統一した窓口を設けてもらいたいものですが、これも一つの前進として上手く活用していきましょう。
 県内外から山形の山を目指す皆様、どうぞご活用のほど。

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今日は熱い男だぜ。【前編】

19日→会社の現場仕事。
20日→月山ガイド。
21日→会社の現場仕事。
・・・「三連休」?
何それ、麻雀用語ですか?

20日朝。
体調不良は自覚していたが、自宅出発。
何が有ろうと請け負ったガイドは遂行するのがプロガイド。
(あんた、プロなら普段の体調管理が大事でしょ、といわれりゃ返す言葉はございません)
本日は月山中腹の『牛首』を往復するトレッキングガイド。
パートナーは月山朝日ガイド協会のM田さん。
クライアントは大阪からの添乗員含む20名。
M田さんは同じ旅行社で同行程のガイドを昨日も済ませていたので、M田さんペースのガイドとなる。
クライアントは一昨日は鳥海山の鉾立を散策、昨日は月山・庄内側の弥陀ヶ原を散策、と、旅行色の強いツアーである。
参加者の服装、靴も、しっかりした格好の方もいれば街歩きの格好の方もいる。
こういうツアーのクライアントは高山植物がお目当ての方が多く、M田ガイドのM田節が炸裂。花の知識の乏しい私はついていけず、先方を歩くM田さんの解説に耳をダンボにしながら(笑)引率。
私に引率されたクライアントの皆様はさぞストレスがたまったことで、大変申し訳なく思います。
牛首からは比較的急な雪渓の下り。
雪渓のフォローは俄然、大学山岳部出身の私めが張り切ります。
M田ガイドが先頭、添乗員をラストにして、私は隊列の横を歩き、雪渓歩きがおぼつかない人、アイゼンが外れた人に駆け寄ってフォローする。
ツアーは午前中でおわり、クライアント達は宿泊先に戻って蕎麦の昼食。ガイドの私たちは解散。

M田さんの花の知識には脱帽。
名前だけなら図鑑でガイドネタを仕入れることはできる。
M田さんの場合、「例年に比較して今年は○○だ」とか、「この地域とあの地域でこの花の▲▲が違う」など、豊富な知識を豊富な経験が支えているのだ。
書籍だけではなく、フィールド踏査と年季をかけて植生の知識を習得しなければ、と思いを新たにする。

さて、ツアー解散後、緊張が解けたのか、体がだるく、重い。
自宅まで一時間半ほど車を運転して帰る。
あまりの悪寒に、梅雨明けで外気温28度だというのに車窓は締め切りエアコンもつけないまま。
自宅に到着、玄関口では意識を失いかける。
え~、変だな~と、体温計で計ってみると39.8度。
よくこの体温で運転して帰ってこられたなー。
人間ってすごーい(笑)
と、内心ジョークをとばす余裕があったのは初めだけで、布団に横になる頃にはウンウンうなされることになる。
明日は休めない現場仕事だよー。

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【山岳ガイド立ち寄り処】ゆみはり茶屋

大人数のツアーを見送り、精神的に疲労した私。
月山山麓にできた待望のカフェに立ち寄り、心の洗濯。

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ペンションポレポレエコプロでお世話になっている田作さん経営のカフェ「ゆみはり茶屋」。

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39名ものクライアントをガイドした後のアイス・ブラックコーヒーがメチャメチャうめぇ~
団子は「ぶた団子」。
三種類の違った味わいの肉団子なのだ。

まわりは見知った顔ばっか。
向いは鍛冶月光ですれ違った山仲間のYさん家族。
斜め向かいは月山のヌシ、あかねずみさんがおしゃべりしている。
月山の帰りにゆっくりできるトコが増えました。
月山登山の帰りにぜひどうぞ。

ゆみはり茶屋ウェブサイト

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1984mの孤独

月山の縦走登山ガイドのオファーを受けた。

山行前日。
予定では二名でガイド予定だったのが、もう一名のガイドS氏が体調不良を理由に行けない、ということになった。
夏山繁忙期の今、代わりのガイドが見つかるはずもない。
私が単独で引率する決意を固める。
前夜判明したのだが、このツアー、蔵王、鳥海とハシゴしてきているらしい。
いわゆる百名山駆け足ツアーである。
普通、山岳ツアーで知られるA社などは参加者の疲労を考慮し、鳥海往復→月山縦走→最終日に軽く蔵王、といった難→易というパターンなのだが、今回の某旅行社は最終日に月山縦走をもってきた大胆なプラン。
参加者の疲労度が心配、様々なリスクに思いを巡らす。

体調不良のS氏、JMGAの試験・検定を受検中の方で、とてもマジメな方。
大変申し訳ないとのことで、月山庄内側の羽黒国民休暇村まで送ってくれ、さらに仏生池小屋まで、あくまで個人行動として同行してくれることになった。私の精神的な負担もいくばくか助かる。
んで、当日朝、宿で添乗員と打ち合わせ。
その結果、

・参加者は当初聞いていた34名ではなく39名。
・本日中に仙台空港から飛行機で帰るので、絶対に行程は遅らせたくない。

すなわち、昨日まで蔵王、鳥海を登って疲労した中高年39名を、一人で率いて月山越え。しかも飛行機の時間が決まっているため、一人の落伍者も許されない。
今回のツアー、添乗員が二名なので、彼らにもうまく動いてもらうしかない。

軽く体操を終え、歩き出す。
隊列が長い。長すぎる。
月山の庄内側ルートでは、休憩ポイントは決まっているのだが、人数が多すぎる。
私がよく最初の休憩に利用する、広いガレ場。
大人数なので道の端にクライアントを寄せていると、講(山岳信仰の行者さんの集団)の隊列が嫌がらせのようにクライアントの真ん中を歩いてくる。
近くで休み始めた、講の法被を着た爺が「道の真ん中で休むなよ」と、誰にいうともなく、声をあげる。
こんなに踏み跡が無数にある広い場所で、一方に隊列を寄せているのに?
「どこに目ぇつけてんだ糞爺、てめえこそ蹴躓いて死ね!」
と、叫びつつ(心の中で)、ジェームズ・ボンド並に紳士な私は
「あ、すみません!ありがとうございます!」
と、謝罪と感謝の意をわざと大声かつ笑顔で返しサラッと受け流す。
39名の大人数を引率する大事の前に、小事に関わり合っているヒマはない。

仏生池小屋に到着。
ここで後尾を守ってくれたS氏と別れる。体調もよくない中、来てくださったS氏に感謝。
小屋の前で一人の男性参加者が近づいてきた。
「月山の一等三角点に触れてみたいんですが・・・」
大きなマップケースを首から下げ、三角点好きな方らしい。
今の大人数を勘案して、とても対応は無理に思える。
月山の三角点は山頂から北側に少し離れた稜線にあり、登山道からは外れているのだ。
山稜の植生保護のためにも、とてもこの大人数で三角点を訪れることはできない。
かといって、ホスピタリティという点で、一人のクライアントのリクエストを無碍に断っていいものか。
私も地理学科出身、三角点を見たいという気持ちはよくわかる。
「一等なのでどうしても見てみたいんですが・・・」
そうつぶやく男性に、まず現地で立ち寄れるか判断しますので、隊列の先の方についてください、と指示する。
また一つ、プレッシャーが増える。

山頂に近づいてきた。
私のかすかな記憶にある三角点の位置に、他のパーティーが休んでいた。
幸い、我が隊列は先頭と後方の間隔が空いていた。
後ろの隊列を待つ口実でいったん先頭の数人を待たせ、私は走って稜線に登り、三角点を確認。
三角点マニアの男性に位置を教え、写真撮影が済んだら隊列の後方に戻るよう指示する。
これで一つ、クライアントの要望をパス。

頂上には10時前に到着。
山頂神社前の広場は私たちのパーティーだけでいっぱい。
ここで休憩の指示。
トイレの位置など細かい指示を与える間にも、クライアント達からは
「次のトイレはどこですか」
「リフトまで休憩とります?」
「飯豊山どれですか?」
「あの山はなんですか」
と、息つく間もない問い合わせ。
ああ、聖徳太子になりたい。
山の眺望の質問にしても、今回の関西からのお客様はよく勉強しておられ、「船形山ってどれですか」とか「摩耶山は見えますか」とか、えらいマイナーな山名を聞いてくる。どうも日本200名山というやつで勉強されているようだ。
休憩とはいえ、ガイドの私は 全く 休む間もなく出発。
月山山頂のクロユリは萎みかけていた。
一昨日は風雨の中、さりげなくその黒い花を咲かせていたのに。
もう今年のクロユリは終わりである。

月山縦走のキーポイントともいえる鍛冶月光の下り。
急なだけでなく、時間帯からいってどうしても大混雑になってしまうのだ。
登ってくる集団とすれちがうたび、
「すみません、40人の集団です」と声をかける。そのたびにギョッとされる。
下山途中、以前北アルプスの山行に同行させていただいたY氏と遭遇。
こんなに大勢の集団の先頭に立っているのに、知り合いに出会うとホッとする。
ガイドとは孤独な業務なのか、私の修行が足りないのか。

登山道の別れ道である「牛首」で休憩兼早い昼食。
一人、ペースが遅く息の荒い女性の脇に座り、積極的に話を聞いてあげる。
そしてこのツアー最後の山頂、姥ヶ岳。
ここで月山仲間のI氏と姥ヶ岳頂上で出くわす。
姥ヶ岳を下山、歩けば5分程度の短い雪渓があるのだが、最後のツメで気を引き締めさせるためにも、全員にアイゼンを装着させる。
「はい練習です練習、せっかく買ったアイゼンに月山の雪を味わせてくださ~い」
そしてリフト駅から姥沢へ。
姥沢で待つバスに乗り込み、めでたく私の役目は終わる。
車中での挨拶で、ガイドが一人減ったことをお客様達にまず詫びる。
下山が当初の予定時刻どおりだったこともあり、添乗員の稲葉氏からは
「じゅうぶん2人分働いてくれましたよ!」と笑顔で言われる。
それはそれで嬉しいが、ガイドは添乗員を喜ばせるのではなく、安全を確保した上でお客様に喜んでもらうべきだろ、と心の中で自戒する。

姥沢でツアーと別れ、デポしていた自分の車に乗り、クライアントがレンタルしていたアイゼンを返却するため自然博物園に行く。
偶然、姥ヶ岳山頂で出会ったI氏も事務室を訪れていた。
「いやあ、ガイド一人だけで大変そうでしたよ」
と、 し み じ み と 言われる。
他者から見て大変そう、と感じるほど、私は動き回っていたのだろうか。
大変なことを大変だと思わせるようでは、ガイドとしてまだまだ、とも思う。

今回のツアー、JMGAのガイドレシオを大幅に超過した人数を引率せざるを得ない状況に追い込まれての登山だった。
私は以前から当ブログで主張しているように、ツアー登山については肯定的な立場である。
しかしながら、さすがに今回の登山では大人数のあり方を考えざるを得なかった。
最近は私もある程度のガイドスタイルを確立しつつあるのだが、その基本である「声による指示」が全員に行き渡らないのだ。
それよりももっと重大な問題がある。
登山中、女性客がこうおしゃべりしていた。
「月山には樹林帯がないのねえ」
そう、月山の庄内側から縦走してバスに乗り込んでしまえば、月山の目玉の一つである豊穣なブナ林の存在にも気がつかず、帰って行ってしまう。
限られた行動範囲の中で、どうやって月山の魅力を伝えればいいのだろう。
ツアー登山の限界と可能性について、改めて考えさせられる一日であった。

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梅雨

本業では蒸し暑い中、外仕事の毎日。
山形盆地を取り囲む近郊の山でさえも、高湿な空気で霞んで見えない。

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ガイド仲間のS氏の奥様より、梅の実を戴きました。
梅雨ですね。
山歩きをされる皆さん、こんな高湿な時期こそ、日差しは強くなくても水分はしっかり取りましょうね。

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時計修理

先日のツアー中に、腕時計がポロッと地面に落ちた。
バンドと本体をつなぐ軸が斜めに曲がってしまっていた。
速攻でカシオの修理部署に発送。
私が使っている時計はカシオ・プロトレックのPRT-41SJ-1JF型。↓
Pa0_0149

ホントはHardOffで売っていたアナログタイプのプロトレックを購入しようか迷った挙げ句、新品のこっちを買ったのであるが、こうも早く壊れるとは・・・
バンド修理だけかなと思い、気軽に発送。
突然カシオから連絡が入り、本体カバーがやられているので交換と防水テストで消費税込み8190円ですよ~と、家計赤字の私に死刑宣告が入る。修理そのものはスピーディーに、5日ほどで代金引換便で帰ってきた。

国際ガイド某氏もブログで語っていますが、山行にはやはりアナログタイプの時計が欲しいところですね。
私の場合ツアー引率では、歩き始めからの経過時間が知りたいため表示画面をストップウォッチにして歩いています。
過去の遠征登山でもやはり経過時間を容易に知ることができるダイバーウォッチでストップウォッチ無し、カレンダー表示のみのシンプルなタイプを使っていました。
プロトレックのウリの高度計はあんまり魅力は感じないですね。遠征登山ではトーメンの高度計持って行くし、もう6000mなんて高いトコ行くつもりもない(ことにしておこう)し、ツアーのおばちゃんに「今標高どれくらい?」って聞かれた時に重宝する程度でしょうか。

今の腕時計のラインナップって、やたらと多機能が強調された携帯電話と同じく、デザイナーの自己満足が先走ってシンプルさを欲する消費者のニーズが無視されていると思うのは私だけでしょうか。

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ヒマラヤンシェルパティー

最近の物価高につき、山行前はまず百均に直行。
そこでこんなの見つけました。

Pa0_0148日東紅茶『ヒマラヤンシェルパティー』

自宅で作ってみると・・・
ただのブドウ風味の砂糖水だろうが!(怒)

でもこれ、某大型掲示板ではメチャメチャ評判が良かったりします。
粉末ワイン入りが売りのようですが・・・う~む。
そういや映画『グランブルー』で極寒のペルー山中でヒロインが紅茶にドボドボとウイスキー注ぎ込んで飲むシーンを思い出すぞな。
ちなみに私、シェルパとは長らく遠征登山で過ごしましたが、こんなお洒落な飲み物飲んでるところ見たことがありません。
好奇心の強い方はぜひ買っておためしあれ。

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『握手』 ~08年ガイドシーズン Kick Off !!~

朝日連峰山開きの22日、今年の先頭を切って北陸某県からのクライアント22名を引率して大朝日岳。
ガイドの師匠とペアを組んでのガイド山行である。
師匠とは短くないつきあいながら、一緒にガイドするのは今回初めて。

ヒメサユリは残念ながら蕾状態。
熊越を下りたところに、たった一輪だけ花開いていました。
満開よりも、かえって印象に残ったのではないでしょうか。
さて、ガイドの様子は・・・・

Don師匠の私に対する態度(模式図)

Jani私の師匠に対する態度(現実)

Doctor私と師匠を見守る登山ツアーのおばちゃん達の態度(推定)

 実は、昨年末からガイドの更新制度、自分のガイドとしての資質、「自分の山」、いろいろな事から、JMGAを休会しようか悩んでいた。今の試験制度の下、必死に資格取得を目指している方々には大変申し訳ないのだが、今回のガイド山行の結果によっては、すっぱり資格を返上しようとも考えていたのだ。
 12時間かけて下山、拠点の古寺鉱泉に到着。
 師匠は鉱泉の玄関口に立ち、クライアント一人一人に握手をして声をかけ、労をねぎらう。
 事実上サブガイドだった私は出しゃばるまいと、少し離れた場所で、下りてくるクライアント達にお疲れ様、と声をかける。
 一人の女性クライアントがタオルで目頭を押さえながら、「ようやく大朝日登れました、ありがとうございます」と私にも握手を求めてきた。
 十数年勤めてきた会社の仕事とはまた違った喜び、充実。
 今の資格で今年も頑張ろう、と思い直した。

 クライアント達とも別れ、帰り際、師匠と反省会も兼ねて話し込む。
 師匠「今日のガイディングは・・・70点」
 今日の●●は▲点、という言い方は師匠の口癖。
 私「ええっ!70点  もらえるんですかっ!」
 と切り返す。
 話は具体的なガイディングからガイド倫理まで、広範囲に及ぶ。
 一番印象に残ったのは、
 「握手って大事なんだよね。ツアーだと大勢のお客がいて、一言も会話しない人もいるわけでしょ、だから最後には握手して声かけるようにしてるんだよ」という意味のことを言われる。下山時、師匠より引っ込んだところでクライアント達を迎えていた私は、改めて自分の不明を恥じ入る次第。
 その他いろいろ指摘されたことはあるけど、私自身のガイドノウハウなので、ひ・み・つ。

 どんより曇った空の下、厚い雲に覆われた月山方面を眺めながら、また今年もガイドシーズンが始まるな、と気分を新たにする。

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山大でおべんきょ。

9日間の出張を終え、山形に帰県。
会社から自宅には寄らず、脳天気な天下り役人が学長を務めている田舎大学・山形大学に行く。
080616社会人講座『中国を深く知るための5つの方法-人文学部教員が語る「とっておきの中国」』受講のため。
小腹が空いたので、会社から退出間際、中国出張チーム土産の中国産チョコと甘栗を鞄に入れて大学へ。
今宵は脳味噌の中も胃袋の中も中国漬けになりそうだ。
勤務先が中国に合弁会社を展開していることもあり、会社の図書室には中国関連の書籍は充実しているし、中国経験者も周囲に多いのだが、その多くは所詮一個人の『体験談』に過ぎない。
一部の山岳関係者にみられるような、中国の登山組織とのコネを自慢げに吹聴する爺はもう時代遅れ、と私は見ている。
変化の激しい中国社会の広範な知識を得るためにも、中国研究者の知見に触れておきたい。なぜならば、中国の登山界は「国家」という存在に大きく影響されているからだ。
まあそこは社会人向けの公開講座、あまり過大な期待はせず教室の一番先頭の席を陣取り、中国産チョコを喰いながら講座に臨む。

開講式を終え、初日の今日は、新宮学教授の『首都北京の中軸線とオリンピック会場』。中国近代史と都市学の観点から北京をという都市を再認識する。
新宮教授、「チベット問題に関しては欧米の価値観で報道され・・・」とか、言葉の端々に左がかった視点がちらつき私としてはウハウハ楽しみながら聴講。
最後の質疑応答では受講者から「今の中国は北京に一極集中ではないか?その背景は?」という質問に対し、新宮教授は「東アジアの安定という観点から、中国は一つでありつづける事が望ましい」という意味の回答。
 キチガイ左翼の巣窟AMLもそうだが、ソ連崩壊・ユーゴ紛争を例に中国の民族問題をひとくくりに否定的に語る方がいらっしゃるのは実に興味深い。
 今日の講座で、北京の歴史と都市構造、そしていかに北京虐殺五輪が競技者を無視して構築されたイベントかよ~くわかりましただ。
 参加費2000円で、中国寄りの研究者の楽しいお話が当分楽しめそうです。

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遠くにありて想うもの

Pa0_0139
本日は公休。
子供と共に、アンパンマンショーの人混みの中にいます。しくしく。


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足腰の神様

トライアスロンを終え、さあ山形に帰ろうと館林ICに入る直前・・・

Pa0_0117
ええ!?
足腰の神社!?
なんだそれ!?
と、車をUターンさせて奥の路地に入る。
国道からすぐ、その「足腰の神社 子の権現」はありました。

Pa0_0119群馬県館林市 子神社

祭られているのは大国主命で、非常に旅好きな神様で、鉄の草履を履いて旅するほど健脚だった、とい話にちなんでいるらしい。
神社の裏にまわると、
Pa0_0121薄い鉄板でできた絵馬ならぬ草履がいっぱい。願掛けのため、鉄製草履には様々な願い事が書いてある。
ほとんどが「足腰が楽になりますように」「丈夫になりますように」といったものだ。
その膨大な数から、足腰の痛みに悩んでいる人が多いんだろうなあ。
この願掛け草履は境内の無人掲示板に掲げられ、希望者は500円を賽銭箱に入れ、鉄製草履に願い事を書くシステムになっている。
東北山岳ガイド協会の不肖・私め、当ブログ読者の皆様はじめ山をやっている皆さんがいつまでも楽しく山歩きできますように・・・と一足願掛けしてまいりました。
Pa0_0118私も含め、いつまでも足腰丈夫でありますように。

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やすらぎ

Pa0_0125
泳いで、自転車こいで、走って、なんとかゴール。
ゴールした選手にはアミノ何とかいう飲料500ccが配られ、それを飲み干す。
軽食として焼きそばの無料配布あり。
疲労した体には暖かい食べ物が意外と合います。

Pa0_0124
冷やしトマトが激ウマでした。
これは開催地・板倉町の農家の方が販売していたもの。一個100円。

駐車場でベースにしていた自分の車の陰にキャンピングチェアをひろげ、もたれかかりながら薄曇空を見上げる。
こののんびりした時間が、私を癒してくれます。

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第17回遊水地ふれあいトライアスロン大会

Tra第17回遊水地ふれあいトライアスロン大会のビギナー部門(スイム750mバイク20kmラン5km)に参戦。
知らない方のために説明すると、日本国内でポピュラーなトライアスロンの距離はスイム1.5kmバイク40kmラン10kmの五輪競技と同じ「オリンピックディスタンス」。今回のビギナー部門はその半分。
03年、釜石国際トライアスロンで腰痛のためラン4kmを残し断念した私にとっては念願の復帰戦。
先月から続く、鈍い喉の痛みとしつこい痰の変な風邪、そして精神的な鬱々に悩まされ、今週はコンディショニングだけで精一杯だった。
 私がトライアスロンを始めた理由は長くなるので省略するが、次に目指す海外登山は~鬱に悩まされている自分が言うのもなんだが~肉体的にもメンタル的にもタフネスが要求されるルートなので、トライアスロンはその修行にぴったりである。
 なぜ山形からわざわざ群馬まで遠征するかといえば、ビギナークラスの大会が東北で開催されるのは水ぬるむ6月以降から。私はここ関東で早くシーズンインし、経験を積んで置きたかった。

Pa0_0128_2渡良瀬遊水池・谷中湖の緑色の水面からスタート。
泳ぎだしてから思い出したが、体の軸がぶれているのか、私はプール以外ではまっすぐ泳げないのであった(笑)
途中コースロープに顔面をぶつけ、ゴーグルが外れる。
あわてずマニュアルどおり、立ち泳ぎになってゴーグルの水を排水し、スイムに復帰。
スイムを終え、自転車のあるトランジットまで走る途中は
「よく泳いだぞ!」
と、これまた初心者向けに優しい声援が飛ぶ。
今回、私が自分に言い聞かせたのは『完全燃焼・一人でも追い越したる』。
バイクで同じビギナー部門の選手を数名抜く。

この大会、初夏に開催されコースも初心者向けにフラットであることから、大学のクラブの参加が非常に多い。
沿道からは下級生らしい学生たちが
「○○先輩ファイトでぇす!」
「明治ファイトす!」
と、様々な叫び声が聞こえる。
体育会系とはよく茶化されるが、大学体育会出身の私としてはこういう声援を聞くとムラムラと燃えるものがある。
思えば、冬の後立山で聞こえたのは雷鳥の声ぐらいだったよなあ・・・
こんな女の子の声援受けて槍穂縦走したかったよなあ・・・
という妄想を振り払い、20km全力疾走。
バイクも無事済み、最後のラン。
ベルトコンベア上で逆送してるのではないかという位、もどかしい走りであるが、「必ず着く、必ず着く」と言い聞かせ、ゴール。
鬱々な自分には感動も無かったが、やり遂げた安堵感には素直に浸る。
ゴールで計時用のアンクルベルトを係員に渡し、大会スタッフに御礼を言いながらゴールゲートから離れる。
こうしてトライアスロン復帰戦が一つ終わった。

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スローライフその2

Pa0_0111え?
GWって何の略?
というわけで、今日もカミさん実家のブドウ畑のお手伝い。
ジベレリン処理・・・みんな「ジベ処理」と呼んでます。
この赤い液体に、実が数ミリ程度に育ったブドウ(デラウェア)の房を浸すと、あーら「種なし」ブドウに育つワケですね。
ジベレリンとは植物ホルモンの一種で、稲の病原菌から開発されたらしい。
いやはや、人間サマの勝手と申しましょうか、「自然の利用」の歩みには改めて脱帽ですな。

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スローライフ

3日、連休後半の初日。
宿直で会社で一晩過ごし、自宅に戻らずまっすぐカミさんの実家へ。
今日はブドウ畑のお手伝い。
カミさん実家からは米・野菜などもらっており、低下層の我が家としては家計上ずいぶん助かっている。
たまには手伝いしようということで、ブドウの間引き作業に加わる。
Pa0_0110ほんの数ミリ程度の実がついたブドウに栄養がまわるように、余計なブドウの枝を切除していく。
果樹栽培はじめとする農業って、究極の自然利用だよね。
ブドウはべつに人間のために実を成すわけではないが、人間は人間の都合で成った実をハサミで切り落としていく。
午前中はウグイスの声を聴きながらのんびりと。
昼は食事後、1時間ほど昼寝の時間。
午後は灼熱の中(ブドウ畑はハウスの中にある)、汗をたらしながらの作業。
午後の作業を終え、外にでるとまだ8割方雪をかぶった蔵王・熊野岳が見える。
山形市からは前衛峰の竜山に遮られて見えない熊野岳が、ここからはよく見える。
汗にまみれた体で望む雪の蔵王は、一服の涼。

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みそたんぽ

秋田名物キリタンポって、本来は鍋物にして食べるので、一人旅ではなかなかありつけません。
そんな一人旅の味方が『みそたんぽ』

Pa0_0109秋田県鹿角市 花輪SAにて

甘味噌仕立てのキリタンポです。
東北自動車道 花輪SAにて150円也。

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氷上山 ~宮沢賢治『雪渡り』の山~

弘前から長いドライブの後、岩手県の陸前高田に到着。
ここに位置する氷上山(ひかみさん)標高874mが、かねてから登りたい山であった。

皆さん、国語の教科書で宮沢賢治の『雪渡り』という童話をご存じ無いだろうか。
雪国を舞台に兄妹と狐達の無垢な出会いを描いた、悲劇色の強い賢治の童話ではホッとする話である。
キックキックトントンという特徴的な擬音、そして物語のクライマックスとなる、狐に勧められて兄妹がお団子を食べる緊張の場面。
この話に登場するのが、氷上山なのである。

青白い大きな十五夜のお月様がしずかに氷の上山から登りました。
雪はチカチカ青く光り、そして今日も寒水石のように堅く凍りました。

宮沢賢治『雪渡り』より

氷上山中腹には、遊覧目的も兼ねた林道氷上山線が立派に舗装され整備されている。
私は今回、この林道から通じる中央コースをたどった。
Hika4林道から臨む氷上山の山並み

Hika1中央コースの登山道。登山時間45分とあるが、実際には1時間はみておいたほうが良い。

登山道は幅広く踏み固められており、歴史を感じさせる。
かつて金鉱